第19戦・結果発表
あらすじ
ついに開始したゲーム大会であったが、その内容は酷いものであった。
野次馬たちの熱狂を以て始まった『幸せラブラブちゅっちゅ大家族計画ゲーム大作戦』
温泉の街『グリード』をマップとして街中を巡り歩くという体感型ボードゲーム。勝者は敗者に何でも命令ができるという、魔王と勇者の対決である。
最初は大盛り上がりであったが、終盤となり熱が冷め、凍りつくまで盛り下がっていた。その理由はゲーム進行役である大臣の暴走であった。
独裁者として君臨した大臣は思うがままにゲームを支配し、ルール変更まで行う始末。プレイヤーが止まったマスのイベントはことごとく不幸で不穏。人間の醜さを生々しく表現した、どろどろの人間関係を見せつけるものだった。
「はい! 結果発表~!! 皆さん、お疲れさまでした!」
ゴールに集ったプレイヤーとギャラリーは元気なロザリクシアの声とは反対に、疲れ果て生気を失い笑顔もない。ただ、やっとゲームから解放されたという安堵しかない。
「では、優勝者発表となります! 栄えある勝者、第一位となったのは――」
マイクを片手に台詞を溜めて観客を焦らす――つもりだが、結果は解り切っており、全員は真顔でその宣言を待っていた。
「勇者、ハナコちゃんです! いや~素晴らしい。魔王と不倫して手切れ金で大金をせしめ、その後もセクハラを耐え抜き慰謝料を巻き上げてきたその様子は、まさに魔性の女! 少年を思わせるその顔は男を虜にする魅力を秘めていた!」
褒められているのか、けなされているのか、判然としない結果発表であったが、勇者は意外と楽しそうに笑っている。諸手を上げて勝利を喜ぶその姿は、この凍てついた大地を溶かす太陽のようだ。
「やったー、あたしが優勝! ねぇねぇ、凄いでしょ?」
「ええ、確かに凄いけど、将来そんな風になっちゃダメよ。真っ当な恋愛をしなさいよね」
無邪気に喜ぶハナコにナディスが嘆息する。まだ少女であるハナコに魔女の如き所行を真似しないように、ナディスは釘を打っていた。成長したら本当にこんな女になるのではないかと心配でならなかった。
「では、第二位は――エルフのナディスさん! 魔王が浮気したことで慰謝料をがっぽり稼いだ後、夫婦は破局。離婚をしたのち、子供の教育費をせしめました。絵にかいたような不幸な家庭! 彼女の性格を考えると、こんな人生を送りそうで今から心配です」
「余計なお世話よ! 私は絶対に幸せになってみせるわ!」
二位という高順位にも関わらず、ナディスは不機嫌に顔を歪めた。優勝できなかったとか、ハナコに負けたとか、そういうものではなく、ただただ酷い夫婦生活だったことが理由だった。
「第三位は――ロリババアのアンネちゃん! 度重なる魔王からの痴漢を耐え抜き、多額の賠償金をがっぽがっぽ稼いだ不遇のお子様。いくらお金を貰ったとしても、その被害は彼女を不幸にしたことでしょう。これからは男性に近づかないようにして、痴漢されないよう気をつけてね」
「……こんな幼子に手を出さねばならん人生を送らぬよう気をつけるんじゃぞ」
痴漢被害に遭い続けたアンネは誰に言うともなくそう呟いた。それは、まだ見ぬ相手に対してのアドバイスであった。彼女は自身の不幸より他人の不幸を思いやることができる心優しい独身女性だった。
「さて、このまま順番に結果を発表したら敗者が丸分かりなので、このタイミングで最下位の発表するよ! このゲームで最も不幸な男性は誰なのか――ダラダラダラダラ……」
結果発表を少しでも楽しめるように、ロザリクシアは口でドラムロールの代わりをした。敗者を隠すようなことをしているが、今までの結果発表で誰もが理解している。いや、これまでの結果発表で敗者が判らないのは、ミドリムシぐらいなものだろう。その証拠に、単細胞生物以下の知力しかないハナコだけが発表を心待ちにしていた。
「魔界一、最も不幸な男は、魔王に決定! 浮気、離婚、セクハラ、痴漢、借金。まさに、ダメ男のストレートフラッシュ! 借金は一〇億魔界ゴールドに達する勢い。正直、可哀想になる程の人間のクズ。だけど、わたしはパパを見捨てないからね」
娘のフォローが痛々しくて魔王は両手で顔を隠していた。
大臣の思惑で大量の犯罪行為と借金をさせられて、魔王にはケツの毛一本も残っていない状態である。これが現実なら『生まれてきてすみません』と祖先に詫びることになるだろう。
「大丈夫ですよ、魔王様。私がずっと面倒を見てあげますから、私に貢ぎ続けてください」
魔王の口からヒエッという小さな悲鳴が漏れた。完全に魔王を支配した大臣は慈愛に満ちた視線を向けていた。大臣の独裁はもう誰の手にも止めようがないので、誰もが魔王を生贄にして我が身を守った。
「もう盛り上がりがないので、一気に二人の順位を発表! 第四位は埋蔵金を掘り当てたアングリフ! そして、第五位は盆栽コンテストで優勝を果たしたケラヴスさんでした!」
手短にさらっと終わった結果発表に、当の本人たちは表情を変えることなく、死んだ昆虫のような濁り切った目をして呆然と立ち尽くしていた。
「ケラヴス殿、まったく楽しくなかったですね」
「そうだな」
アングリフは竜の顔をした赤子の人形を抱いたまま、そう呟いていた。
「はい! それでは『幸せラブラブちゅっちゅ大家族計画ゲーム大作戦』はこれにて閉幕、皆さんお疲れ様でした――って、終われるわけないじゃない!」
唐突に叫んだロザリクシアはその場で崩れ落ち、地面を両手で何度も叩いた。
「なんで、こんな展開になるの!? このゲームはみんなが楽しくて、誰もが幸せに満ちたものになる筈だったのに! もっとお互いの仲を深めて欲しかっただけなのに!」
その叫びは魂からの悲鳴、目尻に溜まった涙は彼女の悲しみ。彼女は魔王一行と勇者一行を仲良くさせたい一心だった。自分とジューディアのこともあり、魔族と人間は解り合える、想い合えると伝えたかった。ただそれだけのために、この大規模なゲームを催したのだ。
「ロ、ロザリーよ。そんな哀しいこと言うんじゃない。我は結構、楽しかったぞ」
「嘘ばっかり! もし、本当にあんな犯罪者に仕立て上げられて楽しいなんて言うんなら、そんな倫理感が壊れたパパを父親だと思いたくない!」
ロザリクシアの発言は至極もっともなものだった。
これには、さしもの魔王も何もしてやることができなかった。それに、ロザリクシアの想い通りにゲームが進行しなかったのは大臣が原因であり、彼女に落ち度はほとんどない。
「ロザリクシア様……」
その元凶である大臣が口を開いた。
「そのようなゲームを目指すなら、ゲーム進行で有利になるようなイカサマめいたことをするべきではありませんでした。この発案をした段階で、貴女の思惑は既に道を外れていました。本当の意味で楽しいゲームにするのなら、公平であるべきだったのです」
大臣の正論にロザリクシアは言葉を失った。
大臣の無茶苦茶なゲーム進行はこのことを教えるものであり、決して魔王が夫婦めいたことをしたことに腹を立てたわけではない。即ち、これは私怨ではなかったのである。
この場にいるほとんどの人にはその意味が解らないので、ただの詭弁にしか聞こえなかったのだが。
「ごめん、大臣。わたしが間違ってた」
今にも目から零れ落ちそうな涙を拭い、ロザリクシアは立ち上がる。そして、可愛い服に着いた汚れを大臣が払ってやる。
「解ればいいのです。これで、私がしでかしたことも無意味ではありませんでした。私も悪いことをしたと思っています」
何となく、いい感じの雰囲気を出して、めでたしめでたしで終わりを迎えようとしていた。
かなりの数の参加者はポカンと呆けるしかなかったが、二人の間では今回の件は片付いていた。
「ですが、私は謝りません」
「いや、流石に大臣は謝るべきだと思うぞ?」
大臣の余計な一言に、つい魔王は口を挟んでしまった。
なんか、こう、美しい感じに終わりを迎えようとしている現場に、一人の魔王軍兵士が必死の形相で割り込んできた。その様子は酷く慌てており一刻も早く伝えたいことがあるようだった。
「何事だ?」
「ま、魔王様! 人間が! 人間の軍隊がこの魔界に攻め入ってきました!」
作戦の終わりは誰もが予想できない方向へと向かっていく。




