第15戦・勇者一行勧誘作戦
あらすじ
温泉地で閃いた!
勇者を勧誘してみてはどうだろうか、と。
和風情緒あふれる温泉の街「グリード」
街を行く人々は観光客が多く、景色を眺める人々の雑踏で溢れている。
旅館や食事処があり、この街に住まう人もいるのだから、必然的に日用品の需要がある。それを解決するのが八百屋「めっちゃほしい」である。
この八百屋は主に食品を取り扱っており、いつもお値打ち、チラシを持ちこめばさらに割引と、人々の生活の要となっている。
いつもは買い物客でにぎわっているのだが、今日はその賑わいとはひと味違う。野次馬が殺到して、周囲を囲むように人垣ができている。
八百屋の入り口には、何かを隠すように覆われた白い布があり、加えて魔王とその精鋭が長机に座っていた。それだけでも、大事なのだが、魔王たちと対面する形で、勇者一行も指定された座席に着席していた。
「ハナコよ。我の呼び出しに応じてくれたこと、まずは感謝しよう」
礼を失さないように、魔王は軽く会釈をした。
「別にいいよ。温泉巡りしてただけだし」
勇者ハナコは畏まる魔王に対して、別段変わりない様子で応えた。
ハナコの言ったことは真実であり、暇を持て余していて温泉をはしごしていた時に、魔王からの招待を受けたのである。断る理由がなかった勇者一行はその誘いを受けて、八百屋の前に集ったのだった。
「色々と経緯があったのだが、率直に述べよう。ハナコ、我の仲間にならぬか? 当然、待遇は保証しよう」
「いいよー」
魔王の物々しい言葉とは裏腹に、勇者は買い出しを頼まれたがごとく、気楽に答えた。
「ちょっと待って! ハナコ、あんた何言い出してるのよ! 魔王の部下よ! 相手は敵なのよ! そんなの断って当然じゃないの! ねえ、そうでしょ、みんな!」
故郷を焼かれたナディスは魔王の誘いに猛抗議した。彼女の生い立ちを考えれば、魔王と手を結べるはずもない。して、他の仲間はというと――
勇者ハナコ……魔王を悪い人だと思っていない。
僧侶ジューディア……想い人であるロザリクシアと一緒になれるのなら問題ない
賢者アンネ……甥とは仲良くしたい。
一行はナディスの怒れる視線から目を逸らした。
「あんたたちぃぃーッ!」
顔を真っ赤にしてナディスは奇声を上げた。その剣幕に野次馬たちもたじろいでしまう。
「ま、まあ、そう簡単にいくとは我も思っておらん。そこで、これを見よ!」
魔王が立ち上がり、手をかざす。その様子を見て、大臣が何かを覆っていた白い布を取り払った。そこには、朝に収穫してきた果物、生肉、鮮魚、その他調味料が姿を現した。そして、魔王はどうだと言わんばかりに鼻をならした。
「この素材で極上のスイーツをプレゼントしようって、わけ。ちなみに、これはわたしの発案ね」
自信満々で魔王の娘であるロザリクシアが胸を反らす。その様子を見て、ナディスは言葉を失った。
魔王が食べ物で勇者を釣るなど、聞いたこともないし、そんな発想は出てこない。
しかし、食いしん坊なハナコを相手にするなら、存外効果的かもしれないと、思い始めていた。それに、何が出てくるのか少し楽しみでもあった。
「よし、ケラヴス! アングリフ! エプロンを着用せよ!」
魔王の号令で男性三名はいそいそとエプロンを身につけて、その姿を披露した。
「待って! 何で、男三人なの? そっちの二人は?」
ツッコミ上手なナディスがいい反応をしてくれて、魔王は満足だった。
「あいつらは、普段料理に慣れているからな。今回は特別感を出すために、我が自ら包丁を振るおうというわけだ。魔王の手作りスイーツなど、そう食べられるものではないぞ」
勇者一行は思った。そんな経験は意外とレアなのではないかと。
納得したナディスは居住まいを正して、素直にスイーツが出てくるのを待つことにした。
「え? 俺はロザリクシアさんのが……」
恋するジューディアの口は、すぐさまアンネの手で封じられた。つまりは、空気を読めということである。
「よし、行くぞ! アングリフよ、まずはタマゴをかき混ぜろ!」
「はい! 今すぐ!」
アングリフは巨石のような手で、小さなタマゴを器用に割ると、ボウルの中に落とし込んだ。そして、泡だて器を使い、猛烈にかき混ぜ始める。
すぐに泡だったので、ケラヴスが調合していた液体を注ぎ込む。すぐにかき混ぜるスピードを落とし、気泡を減らすように気をつける。
「よし、いい感じだ。出来上がった生地を容器に入れるッ!」
ボウルを受け取った魔王は濾し器を通して、滑らかな生地をお椀に注ぐ。
「とどめだ! ケラヴス、蒸し器にかけろ!」
「承った」
ケラヴスはお椀を受け取り、アルミホイルの蓋をして、蒸し器にならべる。火を点けて、数分後……
「完成だ。良く味わえ、魔王特製のなめらかプリンだ!」
勇者たちの前に、ひとつずつプリンが運ばれる。それを見た観客から感嘆の声が上がる。
ハナコはスプーンを手にプリンを一口食べてみた。
「!?」
そのとき、勇者の顔色が変わった。
「茶碗蒸しだよ、コレ! 異世界でよく食べたよ!」
いつもは惚けているハナコだが、今回だけはツッコミを入れてしまった。
「ん? そうなのか? ケラヴス?」
「さて、そうでしょうか? やはり、出汁が違ったのですかな?」
「どちらにしても、美味しかったですよ」
魔王側の男性達は円陣を組んで談合する。その様子は、何がいけないのか判らない様子である。
「あーッ! もう、見てられないわ、いい? プリンはこう作るのよ!」
ナディスは素材をささっと選ぶと、ボウルと泡立て器を使い、すぐさま、蒸し器でプリンを完成させた。それを、魔王と他二名に手渡した。
「これが、本当のプリンよ。変なアレンジを加えないで」
スプーンですくって一口、世界が変わった。あまりの衝撃に、魔王の手からスプーンが落ちる。
なめらかな生地が口の中でとろけて、程よい甘さが舌を喜ばす。物足りなさげな甘みはカラメルが混じり合い、抜群の風味を醸し出していた。これは、いつも魔王城で食べていたプリンより遥かに美味しい。
「そ、そんな……我らが作ったプリンは、一体何だったのだ……」
「いや、アレは茶碗蒸しでしょ」
プリンにがっつくアングリフに、感涙に咽び泣くケラヴス、そして、天に召されようとしている魔王。聖地はここにあった。
「ほら、全員の分作ったから、食べなさい」
「え? 俺はロザリクシアさ――」
「お前は、黙るのじゃ」
再び空気を読まない発言があったが、野次馬を含めた全員が無事プリンを食することができた。
その味は、全員が認める程のものだった。文句を言っていたジューディアも口を閉ざした。
「おいしかったー。ナディスは料理もできるんだ」
「当然よ。一人で冒険してる時期もあったからね」
元冒険者のエルフは満足げに微笑んだ。
「エルフよ! 素晴らしいプリンだった」
魔王はご機嫌なナディスの手を取ると、一直線にその碧い瞳を見つめた。その真剣な眼差しに、エルフは応えて見つめ返した。
「素晴らしかった。これからは、我のためにプリンを作ってくれないか?」
まるで告白するかのような言葉にナディスは心奪われた――
「そんなに言うなら……」
――のは、一瞬だった。
「とでも、言うと思ったの? 誰があんたなんかに! バーカ、アホ! おたんこなす!」
語彙を失ったナディスは魔王を突き飛ばすと、背を向けて勇者一行へと向かっていった。
「ほら、行くわよ、ハナコ。魔王と手を組むなんて、有り得ないから」
顔を赤く染めたナディスに手を引っ張られたハナコは、渋々といったようすで魔王たちから離れていく。
「じゃあね、魔王さん。茶碗蒸し美味しかったよー」
勇者は手を振り、八百屋の前から去った。残った二人もその後を追ってその場を後にした。
「なぁ、ロザリー。パパが作ったのは、プリンではないのか? 我々でアレンジしたのだが」
「うん、アレはプリンじゃないかな」
「そうか……」
魔王は遠ざかっていく勇者を見送った。




