表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/63

第15戦・勇者一行勧誘作戦

あらすじ

温泉地で閃いた!

勇者を勧誘してみてはどうだろうか、と。

 和風情緒あふれる温泉の街「グリード」

 街を行く人々は観光客が多く、景色を眺める人々の雑踏で溢れている。

 旅館や食事処があり、この街に住まう人もいるのだから、必然的に日用品の需要がある。それを解決するのが八百屋「めっちゃほしい」である。

 この八百屋は主に食品を取り扱っており、いつもお値打ち、チラシを持ちこめばさらに割引と、人々の生活の要となっている。

 いつもは買い物客でにぎわっているのだが、今日はその賑わいとはひと味違う。野次馬が殺到して、周囲を囲むように人垣ができている。


 八百屋の入り口には、何かを隠すように覆われた白い布があり、加えて魔王とその精鋭が長机に座っていた。それだけでも、大事おおごとなのだが、魔王たちと対面する形で、勇者一行も指定された座席に着席していた。


「ハナコよ。われの呼び出しに応じてくれたこと、まずは感謝しよう」


 礼を失さないように、魔王は軽く会釈をした。


「別にいいよ。温泉巡りしてただけだし」


 勇者ハナコは畏まる魔王に対して、別段変わりない様子で応えた。

 ハナコの言ったことは真実であり、暇を持て余していて温泉をはしごしていた時に、魔王からの招待を受けたのである。断る理由がなかった勇者一行はその誘いを受けて、八百屋の前に集ったのだった。


「色々と経緯があったのだが、率直に述べよう。ハナコ、われの仲間にならぬか? 当然、待遇は保証しよう」

「いいよー」


 魔王の物々しい言葉とは裏腹に、勇者は買い出しを頼まれたがごとく、気楽に答えた。


「ちょっと待って! ハナコ、あんた何言い出してるのよ! 魔王の部下よ! 相手は敵なのよ! そんなの断って当然じゃないの! ねえ、そうでしょ、みんな!」


 故郷を焼かれたナディスは魔王の誘いに猛抗議した。彼女の生い立ちを考えれば、魔王と手を結べるはずもない。して、他の仲間はというと――


勇者ハナコ……魔王を悪い人だと思っていない。

僧侶ジューディア……想い人であるロザリクシアと一緒になれるのなら問題ない

賢者アンネ……甥とは仲良くしたい。


 一行はナディスの怒れる視線から目を逸らした。


「あんたたちぃぃーッ!」


 顔を真っ赤にしてナディスは奇声を上げた。その剣幕に野次馬たちもたじろいでしまう。


「ま、まあ、そう簡単にいくとはわれも思っておらん。そこで、これを見よ!」


 魔王が立ち上がり、手をかざす。その様子を見て、大臣が何かを覆っていた白い布を取り払った。そこには、朝に収穫してきた果物、生肉、鮮魚、その他調味料が姿を現した。そして、魔王はどうだと言わんばかりに鼻をならした。


「この素材で極上のスイーツをプレゼントしようって、わけ。ちなみに、これはわたしの発案ね」


 自信満々で魔王の娘であるロザリクシアが胸を反らす。その様子を見て、ナディスは言葉を失った。

 魔王が食べ物で勇者を釣るなど、聞いたこともないし、そんな発想は出てこない。

 しかし、食いしん坊なハナコを相手にするなら、存外効果的かもしれないと、思い始めていた。それに、何が出てくるのか少し楽しみでもあった。


「よし、ケラヴス! アングリフ! エプロンを着用せよ!」


 魔王の号令で男性三名はいそいそとエプロンを身につけて、その姿を披露した。


「待って! 何で、男三人なの? そっちの二人は?」


 ツッコミ上手なナディスがいい反応をしてくれて、魔王は満足だった。


「あいつらは、普段料理に慣れているからな。今回は特別感を出すために、われが自ら包丁を振るおうというわけだ。魔王の手作りスイーツなど、そう食べられるものではないぞ」


 勇者一行は思った。そんな経験は意外とレアなのではないかと。

 納得したナディスは居住まいを正して、素直にスイーツが出てくるのを待つことにした。


「え? 俺はロザリクシアさんのが……」


 恋するジューディアの口は、すぐさまアンネの手で封じられた。つまりは、空気を読めということである。


「よし、行くぞ! アングリフよ、まずはタマゴをかき混ぜろ!」

「はい! 今すぐ!」


 アングリフは巨石のような手で、小さなタマゴを器用に割ると、ボウルの中に落とし込んだ。そして、泡だて器を使い、猛烈にかき混ぜ始める。

 すぐに泡だったので、ケラヴスが調合していた液体を注ぎ込む。すぐにかき混ぜるスピードを落とし、気泡を減らすように気をつける。


「よし、いい感じだ。出来上がった生地を容器に入れるッ!」


 ボウルを受け取った魔王はし器を通して、滑らかな生地をお椀に注ぐ。


「とどめだ! ケラヴス、蒸し器にかけろ!」

うけたまわった」


 ケラヴスはお椀を受け取り、アルミホイルの蓋をして、蒸し器にならべる。火を点けて、数分後……


「完成だ。良く味わえ、魔王特製のなめらかプリンだ!」


 勇者たちの前に、ひとつずつプリンが運ばれる。それを見た観客から感嘆の声が上がる。

 ハナコはスプーンを手にプリンを一口食べてみた。


「!?」


 そのとき、勇者の顔色が変わった。


「茶碗蒸しだよ、コレ! 異世界にほんでよく食べたよ!」


 いつもはほうけているハナコだが、今回だけはツッコミを入れてしまった。


「ん? そうなのか? ケラヴス?」

「さて、そうでしょうか? やはり、出汁だしが違ったのですかな?」

「どちらにしても、美味しかったですよ」


 魔王側の男性達は円陣を組んで談合する。その様子は、何がいけないのか判らない様子である。


「あーッ! もう、見てられないわ、いい? プリンはこう作るのよ!」


 ナディスは素材をささっと選ぶと、ボウルと泡立て器を使い、すぐさま、蒸し器でプリンを完成させた。それを、魔王と他二名に手渡した。


「これが、本当のプリンよ。変なアレンジを加えないで」


 スプーンですくって一口、世界が変わった。あまりの衝撃に、魔王の手からスプーンが落ちる。

 なめらかな生地が口の中でとろけて、程よい甘さが舌を喜ばす。物足りなさげな甘みはカラメルが混じり合い、抜群の風味を醸し出していた。これは、いつも魔王城で食べていたプリンより遥かに美味しい。


「そ、そんな……我らが作ったプリンは、一体何だったのだ……」

「いや、アレは茶碗蒸しでしょ」


 プリンにがっつくアングリフに、感涙に咽び泣くケラヴス、そして、天に召されようとしている魔王。聖地はここにあった。


「ほら、全員の分作ったから、食べなさい」

「え? 俺はロザリクシアさ――」

「お前は、黙るのじゃ」


 再び空気を読まない発言があったが、野次馬を含めた全員が無事プリンを食することができた。

 その味は、全員が認める程のものだった。文句を言っていたジューディアも口を閉ざした。


「おいしかったー。ナディスは料理もできるんだ」

「当然よ。一人で冒険してる時期もあったからね」


 元冒険者のエルフは満足げに微笑んだ。


「エルフよ! 素晴らしいプリンだった」


 魔王はご機嫌なナディスの手を取ると、一直線にその碧い瞳を見つめた。その真剣な眼差しに、エルフは応えて見つめ返した。


「素晴らしかった。これからは、我のためにプリンを作ってくれないか?」


 まるで告白するかのような言葉にナディスは心奪われた――


「そんなに言うなら……」


――のは、一瞬だった。


「とでも、言うと思ったの? 誰があんたなんかに! バーカ、アホ! おたんこなす!」


 語彙を失ったナディスは魔王を突き飛ばすと、背を向けて勇者一行へと向かっていった。


「ほら、行くわよ、ハナコ。魔王と手を組むなんて、有り得ないから」


 顔を赤く染めたナディスに手を引っ張られたハナコは、渋々といったようすで魔王たちから離れていく。


「じゃあね、魔王さん。茶碗蒸し美味しかったよー」


 勇者は手を振り、八百屋の前から去った。残った二人もその後を追ってその場を後にした。


「なぁ、ロザリー。パパが作ったのは、プリンではないのか? 我々でアレンジしたのだが」

「うん、アレはプリンじゃないかな」

「そうか……」


 魔王は遠ざかっていく勇者を見送った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ