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第13戦・第四回勇者対策会議

あらすじ

事件が落ち着いた頃、勇者は夜空に想いを馳せていた。

 円卓の間には、魔王と大臣、そして三人に落ち着いた四天王が揃っている。

 皆が囲む円卓の中心には、樽を模した玩具が置かれている。その樽の中には蜥蜴男とかげおとこのフィギュアが入っており、数本の短剣が刺さっている。

 魔王はおもちゃの短剣を樽に挿そうとしていた。数舜悩んでいた魔王だったが、意を決して樽に差し込んだ。だが、蜥蜴男に何の変化もない。


「くっ……また失敗か……」


 次の順番である大臣が短剣を拾い上げて、何の躊躇もなく樽に差し込んだ。すると――


「『グゲェェェェッ!!』」


 蜥蜴男が醜い断末魔を上げると、樽から飛び出ていった。


 今遊んでいる玩具は、『抹殺まっさつ蜥蜴男とかげおとこ』というもので、樽に隠れた蜥蜴男にとどめを刺すというものだ。勝者は当然、とどめを刺したプレイヤーである。さきほどの勝負は大臣の勝ちという流れである。


「ぐぬぬ……また大臣の勝ちか……」


 魔王は澄ました顔の大臣を睨んで歯噛みをする。

 現在の勝敗は


 魔王     0勝

 大臣     4勝

 ロザリクシア 3勝

 ケラヴス   7勝

 アングリフ  1勝


 であり、魔王は未だ一勝も成しえていない。アングリフでさえ一勝していることが、魔王をさらに追いつめていた。

 他のメンバーならいざ知らず、アングリフに関しては完全な運で一勝をもぎ取っている。それが、魔王は気に食わない。


「……魔王様。実はこのゲーム、必勝法がございます」


 多芸でかつ手先の器用なケラヴスが魔王に告げた。

 そんな方法があることに魔王は怒りと驚きを込めて、紅い目を大きく開いた。必勝法があるのなら、勝ちようがない。ここまで負けが込んだのも仕方ない。


「で? 必勝法とは?」

「は。この玩具、蜥蜴男をセットする際に、当たりの場所がわかるのです。僅かですがナイフを刺しこむ口から音が聞こえます。常人では無理ですが、拙者らの聴覚と冷静な判断力があれば探し当てるのは容易いのです」


 自らが知らないことであったこと同時に、自分がディスられているような気がして魔王は口先を尖らせた。しかし、魔王はすぐに喉を鳴らして控えめな含み笑いをした。


「ククク……タネさえ知れれば、我に負ける要素はない! もう一度勝負だッ!」


 その後、数回プレイしたが、結局魔王は一勝もできなかった。




 魔王は肘掛に頬杖をついてつまらなさそうに視線を放り投げている。明らかにやる気のないその様子に、四天王たちは苦笑いを浮かべてしまう。


「何でもいいや。始めてくれ」


 魔王の投げやりな言葉で、大臣はすっくと立ちあがった。大臣は魔王の様子をまるで気にしない風で平静なまま報告を始めた。


「勇者一行はプライドを離れて、次の街であるグリードへと向かっているようです」


 報告を終えた大臣はすっと静かに着席した。大臣の報告はある程度予測できたことだ。

 プライドでの刺殺事件。

 いくら容疑が晴れたとはいえ、そこに留まるには居心地が悪いのだろう。当事者ではない魔王ですらそう感じるのだから、勇者にとっては一刻も早く離れたいに違いない。


「次はグリードか……あそこには、温泉があったな」


 魔王がぽつりと漏らす。


「いいですなぁ、温泉」


 それにつられてケラヴスも同じようなことを口にする。


「久しぶりですね。オレの鱗も温泉を求めています」


 アングリフも口を揃える。


「……温泉の何がいいんですか? 広いだけなら銭湯で充分なのでは?」


 大臣の一声で円卓の間が凍り付いた。何と大臣は温泉のよさをこれっぽっちも理解していなかったのである。その衝撃は魔王と四天王の口を塞ぐほどのものであった。大臣はそれがどれだけ重大なことなのか分からず首を捻っていた。


 大臣の言うとおり、広いだけなら銭湯でいい。それを言うなら、魔王城には銭湯にも負けない巨大な浴場がある。誰もが利用できるわけではないが、魔王が温泉を有難がる理由が見当たらない。


「大臣よ。お前は解っていない。温泉は気持ちがいいぞー。一度入ったら忘れられないくらいだ」


 うっとりと顔を綻ばせる魔王に、大臣はやはり眉を寄せたまま理解できずにいた。


「魔王様! これはいけませぬ。大臣に温泉のよさを知らしめるためにも、拙者らも温泉に赴くのがよろしいかと!」


 ケラヴスの声に、その手があったかと、円卓の間に緊張が走った。この空気を逃してはならないと、大臣以外がそう感じた。


「オレも賛成です。ここは、”大臣のため”にも、是非温泉に行きましょう!」


 アングリフも畳みかけるように温泉を推す。


「いいよねー温泉。わたしもジューディア様と一緒に入りたーい」


 語尾にハートマークが付きそうなほど甘ったるい声に、魔王の額に青筋が立つ。もう一歩で温泉行きが決定する、というところで大きく水を差す発言が飛び出した。


「ダメだ! ダメだ! 混浴などと、断じて許せん!」


 温泉一色が一転して魔王の怒りに塗りつぶされた。このままでは温泉旅行が夢と消えてしまう。円卓の間の空気が焦りに変わる。

 そんな中、ひとりだけ冷静な人物がいた。


「……別に混浴ぐらいいいのではないですか?」


 その人物は大臣であった。温泉を否定したと思えば、混浴を支持するという大臣の発言は、メンバー全員を混乱させた。そのざわついた空気を大臣は敏感に感じ取っていた。


「好き合っている男女が同じ浴槽に入るのはいけないことではないはずです。父と母も一緒にお風呂に入っていた記憶があります」

「それは……そうなのだが……」


 若干、常識を踏まえた大臣の発言に、魔王は歯噛みした。その通りではあるが、そうじゃない。魔王の言いたいことと致命的な食い違いがあった。


「け、結婚前の男女が肌を見せ合うなどと、けしからんことではないか……」


 魔王は少し頬に朱を差して口をもごもごと動かした。


「そうでしょうか? 私は別に魔王様に肌を見せてもいいと思っていますが?」

「わたしが言うことじゃないけど、その言い方はどうかと思うよ? もっと自分を大切にして!?」


 暴走する大臣を止めようと、ロザリクシアも口を挟んできた。魔王は娘の言い方に少し棘があるように感じたが、娘への言及は伏せることにした。


「と、ともかくだ! 混浴は認められん! 大臣よ! グリードにある混浴施設を一定期間凍結させよ! これは命令だ!」


 大臣はまだ納得していない風だったが、命令であれば従うしかない。命令を受けた大臣は短く返事をすると、さっそく行動に移しはじめる。


「待て、大臣よ。まだ決まっていないことがあるだろう? 我々が温泉に行くかどうかだ」


 魔王が腕組みしながら、尊大な態度でそう言い放った。勇者が魔界にいるという非常事態に、魔王軍幹部が揃って遊びに行くわけにはいかない。ただ魔王が温泉に行きたいだけなのだが、何かしらの口実が必要である。


われは……大臣に温泉の良さを知ってほしい、と思う。きっといい勉強になる」


 魔王の言葉に四天王は皆一様に頷いて肯定する。

 問題の大臣はと言うと、自分をだしにされて眉を顰めていたが、魔王の命令とあれば従うほかにない。


「解りました。グリードにある有名店に予約を入れておきます。段取りは私にお任せください」


 大臣のこの反応には、魔王もにっこりであった。


「温泉に行くのは久しぶりですな」

「今から鱗を洗うのが楽しみです」

「ちょっとつまんないけど、温泉に行けるのは嬉しいなー」


 四天王も乗り気で実にいい雰囲気になってきた。次回は温泉回だと、魔王は胸をときめかせた。

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