第11戦・プライド事変(後編)
あらすじ
魔族の青年が刺殺される事件が発生。
勇者ハナコが疑われている中、この騒ぎを収めるために魔王まで現れる。
勇者VS魔王の戦いの火蓋が切って落とされる。
城塞都市プライドの開けた往来に集まっていた民衆は、蜘蛛の子を散らすように何かから逃げていく。その何かとは、魔王一行と勇者一行とのぶつかり合いだった。
四天王が死戦アングリフと僧侶ジューディア、禁戦ケラヴスと賢者アンネ、補欠レイドと狩人ナディス、そして、魔王と勇者ハナコ。各々が戦闘に入ったのだ。魔王は自らの命令の責任を清算するため、勇者は自らの疑いを晴らすため、互いに自らの誇りを賭した戦いである。
先手を取ったのは、勇者ハナコ。固く握った拳を振りかぶり、魔王の顔面目掛けて振り下ろした。雷光に匹敵するその拳を、魔王は全力で受け止める。
筋力(STR)が突き抜けている勇者の拳に砕けぬものはない。それは、魔王とて例外ではない。拳を受けた手に全魔力を集中させてようやく止めることができたのだ。
「どうした、ハナコ。今日は剣を抜かんのか?」
ハナコの拳に押され腕の骨がギシギシと軋もうと魔王は余裕の表情をして見せる。こちらの不利を覚らせ調子付かないようにするための軽口だ。拳だけでようやくなのだ、剣など振るわれようものなら両断されてしまうだろう。
「剣は使わない。まわりに被害が出ちゃうから!」
勇者は周囲を気にして全力を出していない、というのが魔王は気に入らない。ここは城塞都市とはいえ商店もあれば家屋もある。ここを守るべきは魔王の側である。自らの魔力で衝撃を相殺しているものの、相手に気にかけられるなど屈辱以外の何ものでもない。
「余裕だなぁ! ハナコぉッ!」
魔王は受け止めた掌とは別の拳を作って勇者の顔面に叩き込んだ。しかし、ダメージは全くない。分厚い鋼鉄の壁を殴っているようで、こちらの拳が砕けそうな程であった。
ハナコの『筋力(STR)で解決できないことはない』という脳筋理論は魔王の魔力を込めた拳程度に崩されるような脆弱なものではない。拳の威力では顔面はピクリとも動かせない。まるで鉄でできた人形のように、痛みで顔を歪めるようなことはない。むしろ、彼女の目力を強めるだけだった。
「魔王がなんぼのもんじゃーい!」
ハナコは全身をばねのように伸ばし、魔王の拳を押し戻しながら頭を突き出してきた。魔王とハナコにはそこそこの身長差がある。下から上へ頭を突き上げれば当然、魔王の顔にぶつかるはずだった。
しかし、魔王も勇者の行動を覚って、上から下へと頭を振り下ろした。
「早まったな、ハナコォッ!」
『ゴン』という鈍い音がお互いの頭の中で鳴った。ダブルノックアウトになることはなく、魔王の頭が後方へと弾かれた。全身を使った勇者の頭には、限界突破した筋力が上乗せされて砲丸よりも高い威力を叩きだした。
脳がぐわんぐわんとかき混ぜられる魔王であったが、次の行動を思考する。しかし、真っ白になった頭では考えが追いつかない。このまま後方へと倒れんとしたとき――
「そこまでよ!!」
魔力で強化された爆撃のような破壊を伴うような大声が往来に響きわたった。それを発したのは、この場にいなかった四天王が絶戦、ロザリクシアであった。
あまりの破壊力をもった音に、四天王と勇者一行は戦闘の手を止めた。そして、当然のごとくロザリクシアに視線が集まる。
「今度の刺殺事件、こいつが犯人よ」
そう言って往来の中央に放り投げたものは、魔法の縄でエビ反り状態で縛られて身動きができなくなった魔族の男性であった。その男は縄から逃れようともがいていたが、当然抜け出せるわけがなかった。
「痛たたた……よくやったぞ、ロザリー」
割れそうなほどの痛みを伴う頭をさすりながら、魔王は愛娘に礼を言う。
ぽかんとしているこの場にいる人にわかるように、魔王は縛り上げられた男へと歩み寄る。
「此度の事件、勇者一行の仕業でないことは知っていた。凶器に使われたナイフ……こんな刃物を使うのは、そこの金髪エルフくらいしかおらん。しかも、そのナイフはエルフが使っていたものとは別物だ」
遠くに避難していた衆人からざわめきが起こる。今魔王が言ったことなど、所詮可能性に過ぎない。それこそ、容疑を晴らすのにはあまりにも弱いものだ。
「だから、真の犯人をこうやって連れてきてもらったというわけだ」
見下ろす魔王に男は身震いした。
「ち、違う……俺は犯人じゃ……」
「解っておる。ほら、依頼した奴を告発すれば、命だけは助けてやる」
この場すべての視線が縛られた男に集中した。
「あいつだ! そこにいる、黒ずくめの男だ! 俺はあいつに命令されただけだ! 俺は悪くねぇ!」
男の視線は、黒ずくめの魔王ではなく、ナディスと戦っていた補欠のレイドだった。
「な、何を言い出すのだ。この四天王である、漆黒の魔術師がそんなことする訳が――」
「おい! この中にもサクラがいるだろ。ハナコたちに罵声を浴びせた奴が」
群衆がさらに騒めき立つ。
「あいつだ! レイドってやつだ。あいつの命令だ!」
サクラはあっけなく雇い主の名を暴露した。もう魔王にバレたのなら、命乞いをするほかになかった。
「……らしいぞ? レイド。馬脚を現すのが早すぎたのではないか?」
黒の魔術師に視線が注がれる。進退窮まっておかしくなったのか彼は逆ギレしたかのように、怒声を発した。
「うるせぇ! すべては貴様のせいだろうが、魔王! 人間が魔界にやってきただけでは飽きたらず、戦うことも許さなかった! 限界なんだよ! 人間が我が物顔でうろつくのはさぁ! すべては人間にへつらう魔王が悪いんだろうが!」
レイドはもう何もかもぶちまけていた。ただ、人間憎し、魔王憎し、それだけしか頭にないかのように。
「はぁ……言いたいことはそれだけか?」
「ぐぅ……」
魔王の不遜な態度にレイドが気圧される。魔王は口調こそ平静がだ、身体から溢れ出る怒気は誰もがその身に感じている。
「あまりにもお粗末だ。貴様のような奴の命令で、あの青年が死んだとはな。許せるものではない」
魔王はレイドへ歩いて寄って行く。黒い魔術師は震える手を魔王に向けた。
「『五指裂空』!!」
風の魔法『五指裂空』。レイドの手から五つの風の束が吹き荒れ、集まり結び合い暴風となって地面を削りながら疾走していった。しかし、その風の束は魔王を逸れて背後の建物を吹き飛ばした。
「もっと良く狙え、無能か貴様」
魔王の眼光が鋭くなると、レイドの手は余計に震えて呼吸まで荒くなっていく。
「『漆黒激雷』!!」
レイドの魔法により、天空より黒い雷が降ってくる。その雷の太さは魔界マンモスの全身を包むほどのもの――おおよそ直径六メートルで、焼け焦げた巨大なクレーターができあがっていた。人ひとりには過剰なほどの高威力である。だが、当然のごとく魔王は無傷であり、纏っているマントに焦げ一つない。
「水と風の合成術か……あまりに程度が低い」
魔王がそれだけ言うと、先ほどの魔法より激しい雷鳴と共に巨大な白い雷が六つ同時にレイドの周囲に落ちた。焦げたクレーターはもはや穴になっており、どこまで大地を穿ったのか判らないほどだ。
魔王はレイドのすぐ前までやってくると、レイドの顔に手をかざす。
「……な、何をする気だ」
「ほれ」
中指でレイドの額をぺしっと弾くと、後方へと吹き飛び家屋に激突して気を失った。
あまりの弱さに魔王は深い溜息をついた。いくら適当に選んだとはいえ、あんな奴を四天王にしたことを海より深く後悔した。これからは人事に手を抜いてはいけないと、胸に刻んだ。
「ハナコ! こいつの処遇は我に任せてもらえぬか?」
呆然としていたハナコがハッと自分を取り戻す。声の主が先ほど頭突きを食らわせた人物と同じようには思えなかった。
「いいよ。今度だけだからね」
勇者は大仰に頷いた。
「寛大な対処に感謝する。しかし、覚えておけ。魔界にはお前たちを快く思っていない魔族はごまんといる。今回はただの馬鹿のたくらみだったからよかったが、一歩間違えば魔界全土を巻き込むほどの大戦争になっただろう。それだけは、覚えておけ」
魔王は勇者にそれだけ言った。その後は、何事もなかったように、いつもの様相に戻っていた。
「おい、アングリフ。この馬鹿と、その関係者を縛り上げろ。連れて帰る」
魔王と四天王は下手人を連れて城塞都市を後にした。
残ったのは、あっけにとられた勇者一行と、呆然と佇む群衆だけであった。
これにて、今回の事件は幕を閉じた。しかし、その残り火は全て消えたわけではなかった。




