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第9戦・四天王選抜テスト

あらすじ

勇者一行の足止めをするため、傲慢門を閉鎖。

その後、わりとあっさり突破された。

 雷が轟く漆黒の魔王城。その玉座が鎮座する大部屋と議論に使う円卓の部屋は、以前魔王の怒りの雷撃で破壊し尽くされていた。玉座の間は天井と床を、円卓の間は、壁と円卓を。

 それから数日と経たぬうちにそれらの損傷は綺麗に修復されて、破壊される前より豪華に改装されていた。これも魔王城に勤める者共が有能であることを示していた。


 見事に復活を遂げた円卓の間に、いつもの五人が集まっていた。大臣に四天王の絶戦、死戦、禁戦それに、魔王である。円卓は緊張が張り詰め、魔王が遅れてもゲームに興じていることはなかった。何故なら、魔王が呼び出したわけではなく、魔王は呼び出された立場にあったからだ。


「それで、我を呼び出すとはいったいどういう要件か?」


 魔王は専用の椅子にゆったりと体重を預ける。そのうえ、胸の前で腕を組んで見せた。これは不愉快というわけではなく、自らを呼び出した精鋭たちがどんな議論を繰り広げるかを楽しみにしているが故である。


「前回、傲慢門を打ち破られたことで我々の勇者への認識の甘さが露呈しました」


 大臣が粛々と話を進めていく。

 魔界マンモスが一〇〇匹乗っても大丈夫と呼び名の高い『傲慢門』は、難攻不落で魔界にその名を轟かせていた。しかし、その門が拳ひとつで破られたというのは、魔界全土を震撼させるに足る出来事であった。


「そこで、戦力の強化を考えました。まず、欠員している四天王を補充してはいかがでしょう?」


 大臣の抑揚のない言葉に魔王は眉を顰めたが、少し間をおいてからその言葉の真意がわかった。魔王は四天王を呼び出す際、常に大臣も含めていた。よって、認識として四天王は四人揃っていたと勘違いしていたのだった。


「ああ……そういえばそうだな。――で、誰だったか、その最後の四天王は?」


 一瞬で円卓の間が凍り付いた。

 魔王は口にしてはいけないことを口にしたのかと、きょろきょろと辺りを見回した。向けられる視線はいずれも冷たく魔王に注がれていた。


「魔王様、我らはこれでも魔界に名だたる四天王です。その一人を忘れてしまうのは、いかがなものかと」

「パパったら、ひどーい。こんなの、ダメな上司ナンバーワンじゃん」


 ケラヴスと愛娘のロザリクシアが魔王を非難してくるが、意外とアングリフは動じていない。自分に自信のあるアングリフは忘れられる奴が悪いというスタンスのようだ。


「魔王様、その最後の一人は地上界の駐屯部隊を指揮していて、勇者が襲撃してきた際に死亡しております」


 大臣の説明を受けて、たしかに地上界へ送り出した部下がいたことを思い出した。しかし、どんな相手だったのか、記憶の中にある顔に霞みがかかってはっきりと思い出せない。


「……で、どんな奴だった? 薄っすらと、土属性だったような記憶があるのだが……」


 再び円卓のメンバーが凍り付いた。

 今度の雰囲気は魔王が悪いというものではないようだ。円卓を囲む精鋭たちの額に汗が浮かんで見えた。


「そうですね。たしか……土属性でしたね」

「あー……そうですな。土属性には違いないのですが……」


 大臣もケラヴスも歯切れが悪く、具体的な名前も能力も出てこない。魔王を含めこの場にいる全員が、その死亡した哀れな四天王を覚えていなかった。


「忘れられてしまう程度の奴など、たいしたことが無いというだけのこと。忘れられる方が悪いのです」


 アングリフは名前も忘れ去られた最後の四天王をバッサリと切って捨てた。それに反論する言葉が上がらないということは、つまりはアングリフが正しいと受け入れていたということだ。


「とにかく、欠けた四天王を補充しようというわけです。既に私と四天王で候補を選出いたしました。最後の選定を魔王様にしていただきたく存じます」


 何から何まで話が整っており、魔王は感心して顎を触りながら頷く。

 四天王の一人の正体は不明なままだったが、新しい四天王を選ぶための面接が行われることになった。



 魔王城に数ある部屋の中、大きな面積を占有している場所がある。そこは、訓練室。

 いつもは汗臭い男どもが肉体を鍛えるために日夜利用しているのだが、今日は面接のためにそのスペースが使われることになった。

 汗の染みついた男臭い部屋であったが、侍女が徹底的に掃除をして、その上花を生けるなどして消臭対策もばっちり行われたため、新築の会議室のように生まれ変わっていた。


 訓練室の会場づくりはすでに終わっており、魔王が座る豪奢ごうしゃな玉座に、四天王と大臣が座る審査席、後は面接を受ける者が座る質素な椅子が三つ置かれていた。

 全員が席に着くと、面接を受ける三名が訓練室に入ってくる。


 一人目は、緑色をした矮躯わいくのゴブリン。その辺にいるゴブリンと違いが判らない外見をしている。

 二人目は、真面目そうな面構えをしたベージュのスーツを着た女魔法戦士。履歴書によると、かなりの良家の出身のようだ。

 三人目は、ニヒルな顔の黒いローブを羽織った魔術師。色とか、顔つきなど、魔王と被っている部分が多い。


 魔王には色々と言いたいことがあったが、ここはぐっと言葉を飲み込んで面接が始まるの待つ。


「では、一番、アルバート。自己アピールをお願いします」


 大臣に呼ばれると、アルバートとやけに格好いい名前のゴブリンが立ち上がった。そして、ゴブリンはガッツポーズを決めながら、こちらにアピールしてくる。

 魔法『能力解析』を使用してその基礎ステータスを確認すると、ただのゴブリンとは思えない高水準の能力に魔王は驚いた。筋力などの戦闘ステータスは、竜人であるアングリフに迫るものがある。充分に四天王入りを果たせるだろう。しかし――


「ギ、ギギ、ギィッ!」


 言葉を発することができない。こちらの言葉の意味は理解してるようだが、こちらは何を言っているか解らない。もしかしたら、このゴブリンを候補に入れたのは大臣ではないかと、魔王は訝しんだ。


「『どうですか、俺の肉体凄いでしょ』と申しています」


 大臣にはその意味が理解できているようだが、魔王にはさっぱり解らない。今も「ギィ」と決めポーズを取っているが、何を示しているのかを汲み取ることができない。


「……アルバートよ。申し訳ないが、魔族にも解る言葉を使えない者を、四天王に入れるわけにはいかん」


 今まで自信満々だったゴブリンだったがダメだと判ると肩を落として見るからにしょんぼりとしてしまった。能力は素晴らしかったので惜しいと魔王は思った。


「アルバート。最近『ゴブリンの嫁』に相応しい奴を見つけてな。いずれお前に紹介してやろ――」


 耳にヒュンと風を切る音が聞こて魔王の背筋に悪寒が走った。何となく既視感があったが、気のせいだろう。

 肩を落としていたゴブリンだったが魔王の言葉で急に元気を取り戻し、小躍りしながら訓練室を出ていった。


「次に、二番、エレジア。自己アピールをお願いします」


 ゴブリンが脱落し、残る候補は二人。

 立ち上がったのは赤毛のボーイッシュな女性だった。面接ということで、リクルートスーツを着てきたらしい。魔族らしからぬ礼儀の正しい人物のようだ。

 真っ直ぐに魔王を見つめており、その切れ長の目に何の迷いもない。真面目一徹といった感じで、この世の悪を許さないと言わんばかりの意思が感じられる。

 エレジアは背筋を伸ばして姿勢よく立ち上がった。


「はい。私は常に己を鍛えるために鍛錬を重ねてきました――(中略)――というわけで、この度、四天王の候補に選ばれたことを光栄に思います」


 エレジアの話は長かった。この時間帯に昼寝をしている魔王が眠くなる程であった。話が終わって、ようやくかと魔王は目を擦り、眠気を振り払う。

 話をまるで聞いていなかった魔王であったが、それは彼女のステータスは確認済みで興味を失っていたからだった。真面目はいいことだが、能力が伴わない。あまりにも凡庸すぎる。

 剣術と魔法を嗜むようだが、技術はケラヴスに遠く及ばず、魔法はロザリクシアに肩を並べることもできない。つまり、中途半端なのだ。この程度の人物が入れるほど、四天王の敷居は低くない。


「最後に、三番、レイド。自己アピールをお願いします」


 最後の四天王候補。

 大臣の声で立ち上がったのは、黒いローブを纏った長髪の黒い男性。不遜な態度でローブを翻して格好よく振る舞っている。見ていて痛々しい。まるで、身近な誰かを見ているようで魔王の背中がむずむずと疼いた。


「ふっ……俺は漆黒の魔術師。黒の魔法を受けて立ち上がった者はいない。この力はあまりに強力で今まで封印していたが、四天王になるために、ほんの少しその力を解放しよう――」


 話を聞けば聞くほど、魔王は誰かを見ているような既視感を覚えた。

 立派なことを言ってはいるが、大言壮語も甚だしい。漆黒の魔術師と名乗ってはいるが、ステータスは娘のロザリクシアと比べるのが失礼なほど貧弱だ。結局、この男も四天王には相応しくない。



 四天王候補全員の面接が終わった。しかし、最も相応しいゴブリンのアルバートは除外してしまった。残る二人は四天王に相応しくない。こんな人物しか候補に上がらないとは、魔界の人材不足は深刻のようだ。


 全員不合格としたいところだが、大臣と四天王が選んできた人物なので無下にするわけにもいかない。

 それに、この魔王城で四天王に相応しい者へと鍛え上げれば、四天王の末席に入れるかもしれない。

 そう思った魔王は、エレジアとレイドのどちらを選ぶのか困ってしまった。決定的な能力差があるわけではないし、好感を持てる人物でもない。


 ここで魔王は候補者二人に最終課題を言い渡した。


「どんな負け戦であっても、勝敗は最後まで判らぬもの。では、何故最後まで判らないのか――それは、最後にものを言うのは『運』だ。我に選ばれるのも、結局は運だといってもよい。つまり、最終選別はジャンケンだ。勝った者を四天王の一員にしてやる。まぁ、仮にではあるが」

「え? 何ですか、それは……」

「流石にそれは、ないんじゃないっスか?」


 魔王の言葉に候補者二人は驚き目を剥き立ち上がった。予想だにしない選別に予定が狂ったとでも言わんばかりだ。

 それに対して大臣と四天王は平静を保ったままだ。おそらく、魔王が運に任せた理由を察しているのだろう。ゴブリンはさておき、他の二人が候補に挙がったことに何か裏があるのではないかと、魔王は疑ってしまう。


「ほら、早くしろ。我が行司を務めよう。じゃーん、けーん……」


 運を測るためのジャンケンだが、ただ単純なものではない。相手の心を読み取る心理戦、駆け引きによって勝率を高めることはできるだろう。しかし、結局のところ勝率を十割にすることは不可能である。つまり、最後には運がものを言うのだ。


「ま、待って――」

「俺の黒のまじゅ――」

「ポン!」


 二人の候補者が同時に手を出す。エレジアがパー、レイドがチョキ。

 ここに勝者が決まった。


「そ、そんな……こ、こんなこと……」

「フフフ、俺の黒の魔導書にはこの未来が記されていたぞ」


 勝者と敗者、運が決定を下した。


「よし、そこの漆黒の魔術師が新しい四天王だ。大臣よ、あとは任せた」


 完全にやる気を失った魔王は全てを大臣に放り投げた。このレイドという魔術師はただの補充要員であり、数合わせだ。

 こんな瑣事さじに魔王はその手をわずらわせたくなかった。早く終えてふかふかベッドで昼寝をしたい。その事しか頭になかった。



 数日後、この適当な人事がある事件へと発展することになる。

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