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メロンソーダ、カフェオレを飲み干し、お互い今日の目的を終えたことで満足していたのか、何も言わずとも駅に向かって歩き出していた。

僕は彼女のこういうところが好きだと思った。

異性だからと変な意識を持たず、ちゃんと友人としての距離を保っていてくれること。

お互いに性的な意識を持っていない、もし仮に持っていたとしてもそれを相手に知られないように振る舞うことができる。

こういう人が僕がずっと、東京に一人でもいいから居て欲しいと思っていた。

それがこうして出来たこと、それだけが純粋に嬉しかった。

何でもない話が出来る君が、すぐ近くに居てくれることが嬉しかった。


前回会った時と同様に彼女を改札まで見送り、次の約束は取り付けず、またと言って別れた。

人の波に飲まれて消えて行った彼女は、今日は飲まれる前に一度振り返って僕がまだいることを確認して、一度手を振って去って行った。

確実に僕らは心の距離が近づいていると感じた。


彼女の姿が見えなくなったところで、普段電車で帰るところだったが、歩いて帰れなくもないので、今日の思い出に浸りたくて歩いて帰ることにした。

大通りから一本外れた道を歩いて、人気が少なくなったことを確認し、スマホを取り出した。

先ほど彼女に教えたTwitterのアカウントのツイートに変なことは呟いていないか確認するためだった。

我ながら女々しいなとは思った。

とは言え、既に彼女は僕のツイートを見かけているであろうから今更削除したところで何も変わらないのだが、僕の気持ちを落ち着けたい。所謂自己満足の為だった。

特に変なことは呟いていなかったが、割と愚痴っぽいことを呟いているなと客観的に見て思ったので、今後は気をつけたいと思った。

ふと、僕は思い立った。

彼女は僕のアカウントを知っている。そして僕は今日、彼女のアカウントを知った。

彼女が何を呟いているのか、SNS上ではどういう人間なのか知ることが出来ると分かると、少しだけ気持ちが高ぶった。

普段そこまでSNSを活用していないのか、フォローもフォロワーも、どちらも少なかった。

ツイート数もそこまで多くなく、好きなバンドの話や、行ったライブの感想、看板の写真が多かった。

その中でたまたま見つけてしまった。

僕のバンドがライブを行った時の看板だ。しかも他のバンドに比べてライブ本数が少ない僕らの中で、一番最近のものだった。とは言え数ヶ月前のものではあるが。

ということは、彼女はもしかしたら僕がバンド活動をしていることを知っているのかもしれないと思った。

いや、他にたまたま好きなバンドがいて、それだけ見て帰ったかもしれない。

インディーズバンドのライブは対バン形式のものが多く、基本的に5〜6バンドが出演する。

大体二十〜三十分の持ち時間の間に、曲を五、六曲とMCをやるケースが多く、その為なんせ時間がかかる。

興味がないバンドの時は正直、お客さんからしたら地獄だと思う。

だから目当てのバンドだけ見て帰る人も数少なくはない。

もしかしたら彼女もそのタイプかもしれないと思った。いや、むしろそうであって欲しいと心の底から強く願った。

もし、仮に彼女が僕のバンドのファンであったとしたら、僕の中にあるバンド活動における、バンドマンとしてのポリシーみたいな、絶対的に守ってきた何かが全て崩れる気がした。

他人からすればそんなことはどうでもいいと思うかもしれないが、だからこそ僕は人一倍その部分を大事にしていきたいと強く思っているのだ。日々の行動をファンは意外とよく見ている。そしてそれがどのように広まって、どのような目で見られてしまうか。それは周囲を見て、よくわかっている。

ザワザワする心を落ち着かせながら、彼女のフォロー欄を見れば全てが解決するのではないかと気づき、フォロー欄をタップしようとした。

その時、自転車に乗ったおばさんが猛スピードでこちらに向かって走ってきており、ベルを何度も鳴らされた。

僕はスマホの画面に夢中になっていた為、道の真ん中を歩いていたことに気づいていなかった。

迷惑そうな表情を浮かべたおばさんにすみませんと言いながら会釈し、改めて道の端に寄った。


ベルを鳴らされ、謎の間が生まれたことによって、先ほどよりは心が落ち着いていた。

ドクドクと脈を打っている数が減った気がして、改めて深呼吸をした。

一度スマホの画面を閉じ、流石にこのまま真っ直ぐ家に帰る気分ではなくなったので、公園に向かうことにした。

僕は昔から勇気がいることに向かい合うことになった時、全てを後回しにしてしまう癖がある。

どちらにしたって見なければならない事実は変わらないし、早く済ませてしまえば、心も落ち着くのに、それができない。臆病なのだ。弱いのだ。

今日の思い出に浸っていた数分前に戻りたいと思いつつも、頭の中では余計なことを沢山考えていた。

これ以上何も考えられなくなるくらいに、いっぱいいっぱいだった。


公園に到着すると、夕方から夜に切り替わる時間帯だったからか、小学生はじゃあなーと手を振り帰ってゆく姿があちらこちらで見受けられた。

空いていく公園の中、より人気のないベンチに腰をおろした。

突然面接の前の緊張のようなもの、さらにカフェオレを飲んでからトイレに行っていないことを思い出し、近くのトイレに行った。

また、向き合う時間が遅くなってしまうが、生理現象には勝てないのだから仕方ないと心を鎮めた。


今日何度目か忘れるくらいした、深呼吸をし、スマホをポケットから取り出し、画面を開いた。

水色のアイコンをタップし、彼女のフォロー欄を指でスクロールしていく。

ありませんように。ありませんように。と心の底で願いを重ねながら、目で追っていく。

僕らのバンドのアカウントはフォローされておらず、一安心した、

だが、次のスクロールで、僕は目を見開き、一瞬呼吸をすることを忘れてしまった。


彼女は僕がバンドマンとして登録しているアカウントをフォローしていた。

しかも、僕のプライベート用のアカウント、アキヤマよりもずっと前に。

彼女は知っていたのかもしれない、いや、きっと知っていた。

僕がバンドをしていることを。


これから僕はどうするべきかと頭を悩ませつつも、家に帰って曲を仕上げなければという気持ちの方が強くなってきたので、とりあえず早急に家に帰ることにした。

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