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「もう着いてますか?」
「ごめんなさい、ちょっと前の用事が押しちゃって、今、電車に乗ってます。でも、もう少しで着きます。」
「わかりました。私は欲しい本があるので、駅前の本屋さんにいますね。焦らずゆっくり来てくださいね。お気をつけて。」
「ありがとうございます。」
そんな簡易的なメッセージのやり取りをし、僕は急いで目的地に向かっている。
終電なんて本当はまだまだ先の時間だった。
だが、あの場のに居続けることは苦痛でしかなかったし、今はただ、言葉を直接声にして交わしたことのない画面上の情報でしか知らない彼女に早く会いたかった。
いつまで経っても好きになれない東京。
数年住んでみても未だ東京に受け入れられている気がしない。・・・むしろ僕が東京のことを嫌っているのか。
どこもかしこも人で溢れていて、いつも誰かに見張られているような気がする。
その窮屈さを心地よく、いや、何も感じられなくられる日が来るのだろうか。
乗り込んだ電車の窓から外を眺めながらそんなことを考えていたら、耳につけたイヤホンからきのこ帝国の「桜が咲く前に」が流れ出し、いつか地元に帰りたいなと思った。
「桜が咲く前に」は地方から上京する人が3月くらいに、地元を離れる時、思いを馳せながら聞く音楽だと思う。音楽なのに、頭の中でその世界観が映像として再生される。実際に真夜中の校庭に忍び込んだりしたら、今の時代セコムがすぐ駆けつけてきて、大事になって、世間体がなくなってしまうほどだろう。
沢山のものや人を大事にしたいと決まりごとを増やすのは仕方のないことかもしれないが、経験としてある程度の自由は許して欲しいという気持ちもどこかしらにある。
そんなことを思ったりもしながら、何百回とこの耳に音を流しているのだろうか。
過去の思い出は美化することも、誇張することもできる。だから過去の思い出に心を悩ませたり、浸りたくはない。だけどそれに縋っていないと心のバランスが取れなくなってしまうこともある。そんな時に僕はよくきのこ帝国を聞くようになった。いつからだろう。
僕に似合うねって教えてくれたもう思い出せない、誰か。今の君にそっくりだねって、「海と花束」を大音量で流してくれた誰か。もうすっかり、その面影は思い出すことはできないけど、今はただ感謝をしている。
彼女たちの音楽は陽だまりのように優しくて、空気に溶けてなくなってしまいそうなほど儚い。だけど、ちゃんと物語の中にいる主人公の意思は強く、固い。そういう人に酷く憧れてしまう。
そういえば、これから会う彼女もきのこ帝国が好きだって言って仲良くなったような気がする。