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今日はテナントが入っているビルがメンテナンスとなり終日休業ということで、仕事先の人達と珍しく居酒屋に来ていた。正直言うと本当は来たくなかった。だが、付き合いが悪いとのことで、後々陰口を言われる方が面倒だと思い、仕方なく参加した。最近こういうのは酒ハラというらしいが、そこまでのことではなかった。
働いている場所がショッピングモールの飲食店ということもあり、メンバーは僕を含め、若い人が多い。だからか、他人の恋愛事情に興味を持ってしまいがちであり、結構話が盛り上がっていた。出会いがないだの、どこで知り合えばいいのかなど。面倒臭いと思った僕は端っこでその光景を眺めていた。
その時、誰かがふと口にした。
「私、出会い系アプリって気になってるんだけど、誰かやってたりしないの?」
それに対してアプリってねー、ヤリチン多いってよく聞くからあんまり良いイメージないんだよねと誰かが言っていた。
それを聞いた瞬間、僕はこの秘密を貫き通さなければという謎の決心が湧いた。
実は半年前から暇つぶしとして、ある出会い系アプリを利用していた。
別に誰かと付き合いたいとか、誰でもいいから性欲を晴らしたいとかそんな下世話なことではなく、自分の好きなものについて遠慮なく話したい。趣味の話をしたい。ただそれだけの理由だった。
だが、端から見ればそんなものは建前の一つであり、結局はヤりたいだけだと思われるのはどうも腑に落ちず、しかも僕の普段の振る舞いからして、アプリをやっていると知られたときは、どんな目で見られるかわかったものではない。だからこそこの秘密を貫き通そうと思った。
先ほど、ヤリチンと言うワードが出てきて揶揄われたりするのが嫌なのか、絶対アプリインストールしてるでしょという見た目の男でも、誰一人として居なかった。
大学生が多いため、そんな場所で出会わなくても、サークルやこうした職場で出会いは十分に有り余るほどあるだろう。それに就活生も多いので、そんなことに時間を割いている暇があるのなら、少しでも良い企業に就職する努力する方がマシだと思っているのかもしれない。実際あのアプリに割いている時間は、きっと将来の何にもならない。時間の有り余って困る人々がするひと時の暇つぶしのようなものだと思った。
そんなことを頭の中で考えながら、ゆっくりお酒を飲んでいる僕の目の前に、何故かちょっとギャルっぽい見た目で可愛いと噂されていた女の子が移動して来た。
そこまで会話をしたことがなかったので不思議に思っていたのと同時に、嫌な予感がした。
残念ながら、僕の嫌な予感はよく的中してしまう。
「ねえ、意外とこういう落ち着いた人程さ、意外とやってたりするんじゃないの?あっ、ちょっとスマホ見せてよ!」
そう言いながら僕の許可も得ず、勝手にテーブルの上に置いてあった僕のスマホを取り上げ開こうとしたが、パスワードを設定していたため、女の子は開くことが出来なかった。パス教えてよと何度も鬱陶しいほど繰り返し聞いてきたが、僕はやんわりと受け流した。
女の子は一度気になったことは知るまで気が済まないタイプなのか、何度もしつこく僕を問い質した。
普段穏便な僕もお酒を飲んでいたこともあり、理性を上手く制御できず苛々して、
「そんなことするキャラじゃないから!!!」
と騒がしい空間の中、柄にもなく声を張り上げ、スマホを強く握ったまま離さなかった。
周囲の人々は僕が怒る姿を一度も見たことがなかったからかびっくりした表情でこちらに振り向き、さすがにしつこかったのがよくないと思ったのか、隣にいた同年代の男がその女の子を宥め、僕に軽く謝罪をしてきた。
大きな安堵と少しの罪悪感を得た。
違う意味で怒っていたのだが、そう解釈してもらえたなら有難いと思い、僕も最近スマホの調子が悪くて、お金がなくて機種変が出来ないから、あんまり乱暴にされると困ると嘘をついた。
誰かの中で「僕」と言うイメージに染み付いた偶像を崩さず、生真面目でつまらない人間のままで、こっそり周囲の人を裏切ったままでいたい。僕は僕のことを一番分かっているような顔をする人間が一番嫌いで、そいつらのことを心の底で馬鹿にしていた。いつだってそうだった。そんな僕がこんなことをしているなんて知ったら軽蔑するだろうか。でも、人間は心の中に幾人もの誰かが存在していて、切り替えているだけなのだ、だから僕はどの僕も僕でしかない。
そんな中、画面上に一件、通知が表示されたのに気づいた。音もバイブも鳴らなかった。常にサイレントマナーにしているからだ。
「ごめん、そろそろ終電だから帰るね。」
と僕は告げ、先ほどの謝罪も含め少し多めの会費をテーブルに置いた。
「え〜、残念。せっかく久々に集まったんだから、朝まで飲もうよ〜。」
と大して言葉も交わしてない誰かに引き止められたが、
「明日、朝からバイトのシフト入っててさ。皆は楽しんでね。」
と軽い謝罪と取り留めもない挨拶をし、店を出た。
その瞬間、溜息と一緒に毒づく言葉が溢れ出した。耐えきれず、スマホを開き、百人もいないフォロワーに向けて、同意を得たい訳でもなく、限られた文字数の中で感情を全部表現できるように考えながら、淡々と思いを書き出した。
「何故仲良くもない人間の集まりに安くもないお金を払ってストレス溜めて帰んなきゃ行けねえんだよ。あんなクソつまんねえ飯も腹一杯に食えねえところに二千五百円払うくらいなら、好きなバンドのCDを買ったり、ライブに行く方が有効活用だよ、金返せ。」と。
その後、面識のないフォロワーから一件いいねが来ていた。