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お祓い屋 京助  作者: 浮子 京
3/3

果て亡き空の色

側人達を乗せたパジェロと、彰子のバイクに乗った京助が、本条葛城家の門をくぐったのは、夜もすっかり明け、庭先に日がたっぷりと降り注ぐ頃だった。

「おお! 御苦労だった。ほんに、御苦労だったな」真っ先に幸三が出迎えた。

 パジェロから飛び出すように降りた側人達が、直ぐに、皆の前から消えて行った。

 残った与一が深々と、幸三に向かって頭を下げた。

「ええ。ええ・・・頭など下げんでええ。よくぞやってくれた。事の詳細は、西方の彰子から聞いたで、みんな、ようやってくれたな、ほんに、有り難い」

幸三が深々と頭を下げた。

 何食わぬ顔でその場を通り過ぎた京助は、楠木の下に拝借したバイクを止めると、塀伝いに遠回りしながら、母屋の勝手口へと向かった。

 辿り着いた勝手口の中をそっと覗き込み、誰もいない事を確認すると、静かに忍び足で入って行った。

 炊事場の横に置かれた水瓶の所まで来ると、いきなり首を突っ込み、溺れるのではないかと思うくらいに、ゴクリ、ゴクリ、と、水を飲んだ。

喉の渇きを潤し満足すると、今度は腹に詰め込もうと物色し始めたのである。

キョロキョロと見回していると、上がり間に長めの膳が置かれ、その上に大きな寿司桶が有る。すかさず近づいた京助は生唾をのんだ。

真っ白な布巾が掛けられたそれは、甘酸っぱい寿司の香と共に、砂糖醤油で甘辛く煮込んであるのだろう、お揚げの匂いも漂わせている。もしや? いやいや、間違いない。これは、コンコンさん! 

そう、京助の、この世で一番の大好物! 稲荷寿司。

飛びついたのは言うまでもない。掴んだ布巾をひっぺ返すと、大当たり。

照りの効いたコンコンさんが、桶いっぱいに並んでいる。胃酸なのかヨダレなのか判断出来ないくらいに、口の中が大洪水を起こしている。

理性を失った人間は、時に、自分の醜さに気が付かない。

いきなり両手で掴み取ると、余程腹が減っていたのだろう、むしゃ、むしゃ、食べ始めた。まだ口の中で噛み残されているにも係わらず、次から次へと押し込んでゆく。その光景は、まるで食い物に在り付いた餓鬼の如くに見えた。

夢中になって食べていると、後ろから声がする。何か言っているようだが、自分の咀嚼音(そしゃくおん)で良く聞こえない。すると、大声がした。

「京助さん! そんな食べ方してたら、死にますけんね」美佐江だった。

 我に返った京助が、耳たぶまで真っ赤にして恐縮したのは、言うまでもない。

 口の回りに飯粒をつけ、奥の座敷へと通された京助の目の前に、未だ意識の無いまま横たわる、圭子と里美の姿が在った。

 与一から聞いたと言う葛城家の重鎮達が揃う此の奥座敷で、緊張したまま木偶のように突っ立っている京助が、哀れだった。

「ささ、早ように。京助どの」西方の彰子が、目配せしながら言った。

 元気そうな彰子の姿を見て安心するのだが・・・何せ、こんな人前でやった事などない。京助は、只々戸惑うばかりだった。しかし、やらなきゃ帰して貰えそうもない。意を決して腹を括った。

「すみませんが、この二人の背中を・・・」言うと、すかさず美佐江と孝子が傍らに寄り、横たわる二人の肌着を捲り上げ、紋章の入った背を見せた。

 すると、彰子が悪戯っ子のように言うのだった。

「綺麗でしょ、圭ちゃんの背中」予想外の言葉に、京助は卒倒しそうになった。

「茶化したらいかんよ。京助さんが困っとるでしょ」美佐江が窘める。

「はい、はい。ごめんなさいなぁ」ぺろりと舌を出す彰子だった。

 その様子を見て、此処に居る葛城家の皆が、にこやかな顔で笑っている。

 まるで、京助の事を疑いも無く、全面的に信頼しているかのようだ。

(与一の奴、何を吹き込んだぁ? ここの連中に)

「ふう・・・」大きく息を吐くと、右のポケットから組み紐を取り出し、ゆっくりと、横たわる背の上で回し始めた。

 回転の上がった組み紐が例の音を奏でると、意識の無い二人の瞳から涙が溢れ出た。それと同時に、鱗となった背の部分から立ち昇る銀色に輝く小さな粒が、奏でる音と共に回転を続ける組み紐に、あがらう事も無く絡みつき始めた。

 静かな振動を繰り返す背の紋章が、光の粒となって組み紐に吸い込まれてゆくうちに、段々と薄くなり、時を掛けず、やがて消えて行った。

 隠しポケットの中・・・微かな音をたて、ゆっくりと蓋が閉まった。

 背の上で回り続けた組み紐が回転を止めた。覗き込んでいた孝子が叫んだ。

「消えてるよ! 背中から、二人の背中から鱗が消えてるよ!」

 感極まった孝子の号泣が、此の奥座敷いっぱいに響く。

 全員が覗き込んだ。

「おお! 消え取る。何と・・・本当に消えとる!」歓声が上がった。

 孝子が里美を力いっぱい抱きしめる。すると、

「痛いよう・・・おかあちゃん」意識がはっきりと戻った。

「里美!」母の両手が、里美のほっぺを包み込む。

「良かった」京助が呟いた。

「圭子は、まだ起きんかのう」幸三が心配そうに見ている。

「ほら、京助どの。呼んでやらんと」彰子にせかされ、何故か京助が圭子を覗き込み、声を掛けた。

「圭子! あ、いや、圭ちゃーん、分かりますかぁ?」照れくさいのだろう、作り笑いが何処かぎこちない。まるで笑う変態のようだ。

「圭ちゃーん」

 いきなりむくっと起き上がった圭子の見た物は、にやけた顔でこちらを見ている京助の姿だった。

 状況が分からないまま、不思議そうに眺めていた圭子の視線が、やたら涼しい自分の胸元へと移った。

「ギィャアー!」絶叫と共に、思い切りぶん殴られた京助の体が、鼻血を吹き散らしながら遥か後方へと、飛んで行った。

「ああ・・・圭子、何て事を・・・」幸三の溜息が大きく聞こえた。

 皆、この惨劇が夢で在る事を願いながら、目を覆う。

 誰にも介抱されず横たわっていた京助が、ようやく意識を取り戻すと、大騒ぎの歓喜渦巻く奥座敷をこっそり後にし、楠木の在る駐車場へと向かった。

「あれ、バイクが無い・・・誰のだったんだろう?」首を傾げながら、一言お詫びしたかったと思うのだった。

 振り返りながら、アルピナへと向かった。すると、

 ドコン! ドコン! ドコン! おかしな音をたてながら一台の車が庭先を抜け、母屋の玄関先に止まった。

 ドアが開き、男が一人降りた。と、母屋から飛び出した影が、いきなりその男に飛びつく。

「おかえりぃ! 真一」飛び出した影は孝子だった。

「ただいまあ! びっくりしたろ。あははは」どうやら孝子の夫、真一だ。

「どうしたのぉ、突然! 早いんじゃないの。大丈夫?」

「うん、ほら、里美が熱出して大変て聞いたから心配でさぁ、予定早めに切り上げて帰って来たよ。ほんとは昨日着く予定だったんだけど、ゼットのエンジン壊れちゃってさ」そう言いながら、銀色のゼットを指差した。

「えー! どうしたのぉ?」

「いやぁ、白いアルピナの奴に大井松田から絡まれちゃってさ、あんまりアオルもんだから、富士川でぶっちぎってやった。そしたらエンジンおかしくなっちゃって、しかたなく清水で下りて、ほら、矢島モータース。前に二人で行ったろ、そこで取り合えず走れるように直してもらったんだ」

「ほんとにぃ! とんでもない奴がいるねぇ。今度会ったら、ぶっ飛ばしちゃえ!」おねえちゃんも、過激であった。

「あら、真一さん、おかえりなさい。さあ、そんなとこに居らんで、中にはいりなさいな」

 美佐江が出迎えると、真一の後ろに回った孝子が、背中を押しながら母屋へと入っていった。

「えー! あいつだったのかぁ。しかし・・・とんでもない事言ってたなぁ。あれじゃ、まるで俺が悪者じゃん! ひどい奴だ」楠木の影に隠れながら、一人、ぼやいた。

「帰るのかあ?」・・・突然の声に急ぎ振り向くと、君子を連れた与一が立っていた。

「あー、びっくりしたぁ。相変わらず気配が無いな」

「京助さん、大変でしたね。お疲れ様でした」横に立つ君子が労う。

「いえ・・・君子さんこそ。もう、大丈夫なんですか?」

「はい、すっかり」にっこりと笑い、深くお辞儀をした。

「それは良かった・・・頭の事は・・・残念でした」

「気持ちの整理は、つけるつもりです」

「そうですか・・・」

「おい、嬢ちゃんは連れて帰らんのか?」

「圭子の事かぁ? あいつは、来月の祭りをきっちり取材してから、帰るそうだ」

「そうか、お払い箱か。一人じゃ寂しいだろ・・・道に迷うなよ。クックッ」

「ふん! あの女がいないから大丈夫だ。あいつは災いの元だからなぁ」

 そう言うと、ヤバイ形で中指を立てた。

「じゃあな! もう、会うことも無いだろう」与一が言った。

「ああ・・・会いたくも無い」京助が悪態を吐く。。

「もう、ふたりとも! ・・・じゃあ、京助さん、気を付けて」君子が小さく手を振った。

 振り向かず、京助が右手を挙げ、アルピナに乗り込む。ルームミラーで後ろを覗くと、もう、二人の姿は消えていた。

「もう、会うことも無い・・・か」呟きながらキーを回す。

 少し、おかしな音をたてながら、アイドリングに入る。

 エンジンの回転が落ち着いたところで、スタートさせる。

 段差のある門までのアプローチをバウンドしながら抜けてゆくと、すぐさま門をくぐり、外へと出た。

「さらばじゃあ! 葛城家!」叫ぶと同時に、加速するアルピナであった。

「さぁーて、急いで帰るとしますか」言うと、アルパインのナビを起こした。

 音声ボタンを押しながら、

「自宅!」正面、メーターの前に取り付けた小型マイクに向かって言った。

 日もだいぶ上がった昼頃、居候先の屋敷では、京助の帰りを美代さんが待っていた。

「遅いですねえ、どうしたのかしら。電話が来たのは朝七時でしょ、もうお昼ですよ。いくらなんでも三時間あれば着くでしょうに。何かあったのかしら、あの人は割合ドジですからねえ。でも、せっかく京助さんの大好物、稲荷寿司を沢山作ったと云うのに。まったく」広い食卓に、魔女の呪文が響いた。

 その頃、京助はまだ月夜野の山の中に居た。

「あっれぇー、おっかしいなぁ。確か、こっちの道だよなぁ・・・あれ! このナビ! フリーズしてやがんの!」迷っていた。

 段々と不安が増してゆく中、更に追い打ちを掛けるように、ガソリンメーターの針が、エンドを示す・・・赤ランプがついた。

 アルピナのハンドルを握りしめた京助が叫ぶ!

「圭子おー!」                         


                  完


御愛読有難う御座いました。素人ゆえの拙い文面、お恥ずかしい限りで御座います。

この作品は、十数年前、過去の記憶を辿りながら書きしたためたもので御座います。

故に、時代考証などはあまり気にせず書き上げました。

すっかり忘れていたある日、冷蔵庫の掃除中、裏側から出て来た埃まるけの愚作が、

何故か時が経つ様相に少しだけセンチメンタルを感じ、では、投稿してみようと張り付けてみた次第で御座います。

少しでもお楽しみ頂けましたなら、とてもうれしく思います。

では、次回、「続・お祓い屋 京助」・・・お楽しみに・・・現在、執筆中。

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― 新着の感想 ―
[一言] 投稿ありがとうございました。 多少、文体が読み難くありましたが一気読みした!
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