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短編小説

滅びの勇者と涙の魔王。

作者: 弓木

 ここは、王城の謁見の間。

 

この国の王と数多の家臣、そして諸国の王と聖職者たちが見つめる中、一人の男が目を覚ました。

 

 

 男は頭を押さえつつも、周囲を見渡して呟いた。

「ここは……どこだ?」

 

 知らない場所に、見た事もない人たち。

「何だ、夢か。」

そう言って、再び眠りに就こうとする男。

 

 

 その時、法衣を纏った男の一人が声を上げた。

「待たれよ。」

そう言って、眠た気な男に近付く。

「私はこの国の神官長、ササダ。

 貴方の名を、お聞かせ願いたい。」

 

 男は寝惚けたままに答える。

「ソーダ。

 …眠い……」

ソーダと名乗った男は、そのまま寝落ちした。

 

 

 翌朝、ソーダはベッドで目を覚ました。

(知らない天井、ってヤツだ……)

そう考えたソーダは、自分が何故ここに居るのか考える。

(記憶が繋がらない。

 拉致られた、か?

 取り敢えず……部屋には誰も居ない様だが……)


 

 声を出す事なく周囲の状況を探っていたソーダの耳に、部屋の外から物音が聞こえた。

次第に物音がハッキリとする。

足音と、話声だ。

「いい加減、起きてもらわんとな。」

「全くだ…」

 

 部屋に入ってきたのは、二人の兵士だった。

「おい、いい加減起きろ!」

その声を無視し、ソーダは寝たふりを決め込む。

「仕方ない。

 このまま連れていくか……」

そう言って兵士たちは、それぞれソーダの手首をつかんで引き摺り始める。

 

 ソーダも思わず声を上げた。

「痛ぇーな!

 離せや!」

その声と同時に、両手が自由になる。

但し、喉元に剣を突き付けられて……

 

 兵士の一人が告げる。

「これから、国王陛下がお会いになる。

 お前の様なクズには不相応だと自覚しろ!」

 

 ソーダは間の抜けた声を出す。

「国王陛下って…王様?」

「そうだ。」

 

 ソーダ、改めて周りを見る。

(そういえば、ここって何処だ?

 この建物だけならともかく、窓の外の街並みがおかしい。

 大体、オイラの国は共和制だ。

 国王なんて存在しない。

 そもそもこの剣、真剣っぽいよな……)

 

 ソーダは、言葉に気を付けて兵士に尋ねる。

「国王陛下は、一体どのような御用で?

 失礼が無いよう、説明を聞かせてもらえませんか?

 あと、事前にお手洗いを済ませて、水を飲ませてもらいたいんですけど……」

 

 兵士の一人が吐き捨てる。

先程、ソーダをクズと呼んだ兵士だ。

「生意気なクズだ。」

 

 もう一人の兵士が、それを宥める。

「生意気だが、便所に連れて行く方が、礼を欠くよりはマシだろう。

 万一、陛下の御前で漏らされでもしたら……この者だけでなく、我らの首まで飛びかねん。」

「チッ!

 仕方ないか……」

 

 

 こうして、再び謁見の間に連れてこられたソーダは、再び大勢の人間に囲まれる……

(これ…マジか……)

ソーダは、絶望にも似た感覚を覚えた。

 

 広間に、厳かな声が響く。

「ソーダとやら、面を上げよ。」

「ははーっ。」

(これ、素直に上げるのが正解だったよな。)

顔を上げるソーダ。

 

 王命はひとつ。

「魔王を倒せ。」

 

 詳細は、昨日のササダから説明される。

尤も、寝惚けていたソーダは、ササダの事を全く覚えていなかったのだが……

 

 この世界の人々の命を蝕む魔王を退治するため、異界より勇者の器を呼び出した、と。

見事に魔王を退治すれば、報奨は思いのまま、と。

そして……元の世界には戻れない事を……

 

 説明が終わり、一本の剣が用意された。

「これが、魔王殺しの為の聖剣である。

 勇者の器にしか、扱う事は出来ない。」

 

 ソーダは、道具の様に呼び出され、故郷への帰還の路を断たれた怒りと憎しみと絶望を隠して振舞い続ける。

「それでしたら、オイラが本当に勇者の器かどうか、試す必要がありますよね?」

「そうであるな。」

 

 その言葉に応える様に、聖剣を手に取るソーダ。

そして、一つ呟く様に質問する。

「ところで、勇者の器の装備品は、この聖剣だけなのですか?

 防具も必要そうですが……」

「防具は伝わっておらん。

 防具は、魔王討伐へと至る道中にて、その者一人の為の物が与えられるとされておる。

 そして……魔王討伐後は失われる、と。」

 

 ササダの答えを聞き、更に考えるソーダ。

「聖剣だけが例外、という事ですか。

 では、魔王討伐後は……防具と同じ様に勇者の力も失われるのですか?」

「そう伝えられておる。」

 

 ソーダは内心で溜息を吐く。

(参った……

 オイラの人生をオモチャにしやがった連中を滅ぼすつもりが……

 魔王を殺す前に、この世界の人間を根絶やしにしないといけないのか……)

 

 動きを止めたソーダに、ササダが声を掛ける。

あくまでも、おだやかに……

「ソーダ殿、どうかされましたかな?」

 

 ソーダは答える。

「いえ、それでしたら、魔王以外に問題がある様でしたら、そちらを先に片付ける必要がございますね。

 それと先程も申しましたとおり、勇者の器である事の確認が必要だと考えていただけですよ。

 さて、それでは力試しは先程の兵士の方々にご協力願いますかね。

 世界を救う勇者を、罪人の如く扱った兵士共に、ね!」

 

 言い終わると同時に、ソーダは剣を抜いた。

次の瞬間、ソーダの足元には二つの死体が転がっていた。

胴体を、上下に真っ二つにされた死体が……

 

 ソーダは、聖剣を見ながら呟く。

刃毀れは当然、汚れ一つ付いていない刀身を見ながら……

「流石、聖剣。

 とんでもない斬れ味だな……」

 

 

 ソーダは、ササダに問い掛ける。

「斬った実感がないと言うか、どう動いたのか全く覚えていないんですけど?」

 

 ササダが説明する。

「当然そうなるでしょう。

 何しろ、ソーダ殿が聖剣を使ったのではなく、聖剣がソーダ殿の体を使ったのですから。」

 

 絶句するソーダ。

だが、すぐに気を取り直し言葉を絞り出す。

「成程、まさに『勇者の器』というわけですね。」

「勇者」ではなく、「勇者の器」と呼ばれる理由を理解したソーダ。

(本当に、オイラをオモチャにしてくれやがる!

 腹立たしい!)

 

 

 ソーダはここで国王に向き直る。

「さて、それでは陛下。

 魔王退治の命、謹んでお受け致します。

 そして、報奨の件でございますが……貴方方全員の命で払って頂きますのでそのおつもりで。」

 

 喧騒と、怒声と、罵声に包まれる謁見の間。

だが、聖剣を手にしたままのソーダは、平然と言い放つ。

「貴方方の手に負えない魔王を退治する勇者の器に、貴方方が勝てるとでも?」

 

 一瞬の沈黙が訪れる。

その期を逃さず、ソーダが続ける。

「よしんば、オイラに勝てたとして……その『勇者の器』とやらは、そう簡単に替えが利くものですか?」

 

 ソーダにも予測は出来る。

おそらくは、替えは利く。

但し、そう簡単ではない。

ならば、ひと時の脅しとしては十分だ、と。

 

 

 血と死肉に塗れた謁見の間を、一人の男が立ち去った。

男は、誰にも見られる事なく城の外に出る。

 

 

 男は、人気のない裏路地で立ち止まり呟く。

「まさか、オイラが人殺しになるとはね……

 初めて殺したが、気持ち良いものではない、な。」

自分で斬った記憶も実感もなく、その手に残るのは不快感と罪の意識のみ。

男は足を止め、吐いた……

 

 ひとしきり吐いた後、男は再び歩き始める。

これからどうするか、それが問題だった。

 

 

 一年後、男は再び知らない天井を見ていた。

「また倒れて…しかも助けられた、か……」

 

 そこに、一人の女性が入ってきた。

まだ若い、少女でも十分に通用する年齢だ。

 

 少女は男に声を掛ける。

「あら、気が付いたの?

 気分はどう?」

 

 男は答える。

「ああ、悪くな…いや問題ない。

 ところで、ここは?」

 

 女が説明する。

「ここはユリウスの村よ。

 森に入ってすぐの所に貴方が倒れていたから、ウチに運んだの。」

 

 男が礼を言う。

「そうか、世話を掛けたな。

 礼を言う、ありがとう。」 

 

 今度は女が男に問う。

「どういたしまして。

 ところで…貴方が持っていたあのやけに長くて軽い剣って、聖剣でしょ?

 そんな人が、何であんな所に倒れてたのよ?」

 

 

 男は、王城に呼び出されてからこれまでの、一年間の話を聞かせた。

 

 

 話を聞き終わった女が男に問うた。

「ふーん……アンタも災難だねぇ……。

 それで、人を殺したご感想は?」

 

 男は答える。

「碌なモノではない、な。

 殺した記憶どころか実感すらなく、この手に残るのは不快感と罪悪感のみ。

 しかも、元の世界だか国だか知らないが、自分が住んでいた町に戻る方法も完全に失った。

 ……アイツらを生かしておけば、帰る方法を見付けさせる事も出来たかもしれんのに、な。」

 

 女は更に問う。

「それで、アンタはワタシも殺すのかい?」

 

 男は答える。

「ああ、助けてもらって悪いが…殺す。

 そして、魔王とやらも殺す。」

 

 女はニヤリとして言い放つ。

「聖剣を扱えるのが、アンタ一人だとでも思っているのかい?」

 

 男も負けじとニヤリと返す。

「まさか、そこまで自惚れてはいない。

 だが、そうそう替えが利くモノではないだろう。

 だからこそ、わざわざオイラが呼ばれたのだからな……」

 

 女は更に言い放つ。

「ワタシは、先代の『勇者の器』だよ。」

 

 これには男も驚いた。

「何だと?」

 

 女が続ける。

「こう見えても、アンタよりずっと年上さ。

 見た目が若いのは、聖剣を使った副作用ってヤツさ。

 それで、だ。

 聖剣は今、アンタではなくワタシの手にあるんだが……今でも抜けるかどうか、試してみようか?」

 

 

 その晩、男と女は同じ鍋をつついていた。

「…………。」

「…………。」

二人とも、無言である。

 

 不意に、男が呟く。

「旨いな……」

 

 女が答える。

「そうかい?

 毒は入ってないから、しっかり食べたらいい。」

 

 男が疑問を口にする。

「器に……毒が効くのか?」

 

 女が答える。

「さあね。

 何なら、毒茸でも食べてみるかい?」

 

 男が答える。

「……遠慮する。」

 

 こうして、二人とも久しぶりの「一人ではない食事」を続けたのであった。

 

 

 十日後、男は女の家を出る事にした。

「すっかり世話になったな。」

「気にするような事ではないよ。

 突然呼び出されたのは、ワタシも経験済みだしね。」

「違いない。」

 

 男が最後に告げる。

「オイラの名は、ソーダ。」

「ワタシの名前は、サオリンだよ。」

女も名乗った。

 

 

 更に、五年の月日が過ぎた……

 

 

 男は、ついに魔王の居城に辿り着いた。

 

 男は、魔王の城を見て呟く。

「城というより、大きめの民家だな。

 お屋敷、という表現が似合いそうな広さだが……」

 

 その時、玄関扉が開き、よくわからない生き物が出てきた。

よくわからない生き物が告げる。

「あ~ら、待ってたわよ~ん。

 当代の…勇・者・ちゃん。」

甘ったるい声だった……

 

 男は、客間に通された。

食べ物と飲み物も出される。

だが、手は付けない。

当然である。

 

 目の前の魔王は、よく喋る……

「……。

 そんな訳でさぁ、アタシは人間なんて殺してないのよォ。

 それなのに、アタシが生きてるだけで人間が死ぬからって、『魔王』なんてよんでさ、アタシを殺そうとするのよ。

 ねぇ、アタシと人間、どっちがヒドイ?」

 

 男は、状況に呆れつつ答える。

「オイラに言わせれば、どちらも酷い。

 人間のやる事は酷いが、言い分は理解出来る。

 魔王が生きている限り、人間が死に続けるのだからな。」

 

 ここで一呼吸置いて、男は続ける。

「そして、魔王も酷い。

 化粧の臭いがキツくて、一緒に居たくない。」

 

 魔王は、落ち込んだようだ。

「化粧が理由って……

 そんな、ヒドイ!」

 

 だが、魔王はすぐに立ち直る。

流石、魔王。

「まぁ、アタシの話はいいわ。

 今度はアナタの話を聞かせて。」

 

 男は、王城に呼び出されてからの事を話した。

 

 魔王は、涙ぐんでる……

「ヒドイ、ヒドイわ。

 やっぱり、人間なんてヒドイ生き物なのよぉ!」

その「ヒドイ生き物」には、目の前の男も含まれている。

 

 魔王が告げる。

「ねぇ、アナタ。

 人間なんてヒドイ生き物なんて放っておいてさあ、アタシとここで暮らさない?」

 

 男は拒絶する。

「オカマに用はない。」

 

 諦めない魔王。

「あーら、オカマなんてヒドイわぁ。

 アタシは男でも女でもないのよーん。」

 

 男は冷たく問い返す。

「だったら何だ?」

 

 魔王が説明する。

「アンタたちから見たら、見た目はオスっぽいかもしれないけれど、アタシたちに性別はないわ。

 一人でも子どもを産めるし、誰とでも子どもを残せる。

 も・ち・ろ・ん、勇者ちゃん、ア・ナ・タ、ともよ。」

 

 背中に嫌な汗を感じつつ、男は答える。

「フザケてるのか?

 オイラはお前を殺しに来たんだぞ?」

 

 魔王はどこまでも態度を変えることなく答える。

「それよ、それぇ!

 アタシが何をしたって言うのよぉ!

 アナタたち人間が死ぬのは、アタシが何かしているわけではないのにィィ!

 アタシの何が悪いのよォォ!」

 

 男は目の前の魔王を、自分と同類だと感じていた。

人間の支配者階級の都合で使われ……殺される存在だと。

「そうだな、同情ぐらいはしてやる。

 『魔王』と呼ぶよりも、『死王』と呼ぶ方がしっくりくるし、な。」

 

 魔王が嬉しそうに言う。

「アラ、流石勇者ちゃん。

 他の人間よりは、分かってるじゃない!

 ねぇ、アタシを殺すなんて止めなさいよぉ。」

 

 男が答える。

「悪いが、そうもいかん。

 何しろ…報酬は前払いさせたのだからな。」

 

 魔王も諦めない。

「ねぇ、その依頼に『締切り』ってあるのかしら?」

 

 男は逡巡して答える。

「いや、なかったな……」


ソーダは、本当に大量殺人を行ったのか?

先代勇者や魔王はどうなったのか?

 

全ては読者の想像のままに……


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