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第二話

キャラの名前を考えるのが一番時間かかったという話

陽射しの眩しさに意識が覚醒する。


重い瞼をゆっくりと開けると、視界には真っ白なシーツが広がる。お日様の匂いがするそれは、ずっと汚い石畳で寝てきた私にとって、抗いがたい魅力があった。


私が寝心地の良さに負けてしまい。そのまま二度寝してしまおうかと思ったところで、あの男の声がした。


寝起きに胡散臭い声を聞いたわたしは、一気に機嫌が急降下してしまった。


「やぁ、おはようお嬢さん。ゆっくりと眠れたかい?」


「……おはよう」


「ふむ、どうやらご機嫌斜めのご様子。まだ体調優れないのかな?」


誰のせいだと文句を言おうとして、私は口を閉ざした。


意識を失う前の経緯を振り返って見るに、彼は私をここまで運んでくれたのだろう。


そもそも、死にかけだった私がこんなにも体調がいいのは、彼が手を尽くしてくれたと見るのが妥当だろう。


ならば、私が取るべき態度と口にするべき言葉は違うはずだ。


「失礼な態度をとってごめんなさい。死にかけてた私を助けてくれて……」


「おっと、そこまで」


ありがとうございますと言う前に、彼に手で制されてしまった。彼は露骨に意地の悪い笑みを浮かべて言う。


「この際はっきりと言っておくとしようか。私が君の命を助けたのは、何も良心が傷んだわけではない。私なりにゆえあってのことゆえに感謝は不要だとも」


男はどうせすぐに貸した分が帰ってくるからねと締めくくった。


彼の言葉を聞いて、これから何をさせられるのだろうかと不安になる。


どう転ぶにしても死ぬよりはましだけど、こうして現実を目の前にするとそれなりの覚悟は必要だった。


私は思いきって直接疑問をぶつけた。


「……それで、結局私は何をすればいいの?」


学もなく、それといった専門技能を持たない私が今できることと言えば、せいぜい体を売ることくらいだろう。


それを踏まえてもわざわざスラムの小娘を拾う意味がわからなかったけれど、これだけははっきりさせておかなければならない問題だった。


「どうやら君は少し思い違いをしているようだね。自分がなにか悪事の片棒を担がされる。あるいは娼婦の真似事でもさせられるとお思いかな?」


「違うの? そうでもなければ私を助けた理由が見えないのだけれども」


第一、そうでもなければ理由があって私を助けたという彼の言葉に矛盾するではないか。


「ふむ、どうやら君にはいくつか事情を説明しておく必要があるだろうね。私はね、君の才能を見込んでいるのだよ」


……才能ときたか。


ほぼ初対面のあの時点でどうやってそんなものを見極めるというのだろうか?


「納得できていない顔だね。無論、理由もなくこんなことをのたまう訳ではないとも」


「では何故?」


「ここで話しても良いが……ただ口で語るだけというのも面白味がなかろう。来なさい」


そう言って手招きする男に従って私は部屋を出た。


男を見失わないようにしながら、興味をそそられた私は周囲を見渡すと、いくつも教壇と取り囲むように椅子がある部屋を見かけた。


昔、没落貴族の子供だったスラムの仲間が言ってた話を思い出すに、ここはいわゆる学校と呼ばれる場所なのだろうか。


そんな私の疑問に答えるように、男はどこか愉快気に語る。


「ここは、君のように才ある人間を集めて教育を施すために作った学園でね。光る物があれば誰にでも門を開いていることを売りにしているのだよ」


「……実は凄い人?」


「私一人の力ではないがね。ここが成り立っているのは、講師を快諾してくれた皆の力が大きい。私がしたことと言えば、せいぜい金を出して場を整えたくらいさ」


 そういって男は肩を竦めた。目的地に向かう途中、何人かの人とすれ違う。年齢や、人種はかなりバラバラで普段森から出ないというエルフまで居たことに驚いた。


 どうやら、誰にでも門を広いているという男の言葉には嘘がないようだ。

 

「さて着いたよ。君に光輝く才能が眠っているその証明が、ここにある」


辿り着いたのは、建物の片隅にある小さな部屋だった。人の気配が希薄で、ある種の寂しさを感じるほどに静かな場所だった。


男が扉を開けるときしきしと軋む音がした。すると、古びた書斎がその姿を見せた。


開いた扉が積み上げていた本にあたったのか、ドサドサと本が大量の埃を巻き上げながら落ちた。


「ううむ、どうやらそのうち整理が必要なようだ」


「けほっ、けほっ、随分と埃っぽいけど何時から掃除してないのよ」


床を見れば、そこらに埃が溜まっている。本棚や無造作に本が積まれた机も汚く、窓ガラスは外の砂埃で曇ってしまっている有様だ。


「私の蔵書を片っ端から突っ込んでるからね。管理を他人に任せるわけにもいかないから、暇がないと必然こうなる」


「私の才能ってのは司書のってこと?まぁ、それならそれで精一杯やるけどさ」


「くく、魅力を感じなくはないがやめておこう。この本を読みたまえ、そうすれば自ずと運命は開かれる」


差し出された重厚な本を見て、私は眉を顰めた。残念ながら、こんなものは私の人生には縁がなかったものだ。


「……私、字が読めないんだけど」


スラムにおいては字を読める子の方が貴重だろう。


字が読めるだけで必ず職にありつけるものではないみたいだけど、それでもまっとうな仕事にありつける確率はだいぶ上がる。


そうなれば、多くのスラムの子供達のように盗みやゴミ拾いで僅かな金を稼ぐ必要はなくなるわけで、目出度く地獄から一抜けできる。


何が言いたいかというと、私に文字が読めたならああやって死にかける前に、仕事のひとつやふたつ見つけてたという話だ。


「安心するといい、その本に書かれている文字は少しばかり特殊なものでね。素質があるものならば知識なくとも読めるし、逆にないものはいくら努力しても読めないものだ」


半信半疑で本を受け取って開く、そして次の瞬間には私は驚きに目を見開いた。


「あれ……読める」


まるで、最初から知っていたかのように本に書かれている文字に関する知識が私の記憶に存在していた。


そのことに驚愕しつつも、私は初めて体験する読書に夢中にされられてしまった。


自分が柄にもなく高揚しているのを実感しながら、私は本を読み進めた。


本に書かれていたのは、かつて両親が健在だった頃に聞かせてくれたようなおとぎ話だった。


むかしあるところに、というお決まりの文句から始まるその物語は、なんの変哲もない青年が不老不死になるところから話がスタートする。


不思議と続きが気になった私は、頁をめくる手を早めた。

「どうやら読めたようだね」


「あっ、ごめんなさい、つい夢中になって……」


「気にすることはないよ。私の見立てに狂いはなかったとわかっただけでも、君をここに連れてきたかいがあるのだから」


ここにきて、少なくとも私の才能を見抜いたという男の言葉を疑う余地はなくなっていた。そうなると別の疑問ができる。


「なぜ、私がこれを読めるとわかったの?」


「この眼さ」


男が自分の瞳を指差した後に起きた変化に、私は息を飲んだ。


まるで蛇の目ように、男の瞳が縦長に変化していたのだ。


黒目は金色に変色していて、ずっと覗き込んでいると深淵に引きずり込まれるような、怖気のはしる何かを感じた。


本能的な恐怖を感じた私は、急ぎ眼を逸した。ずっと見ていたら、よくない何かに惹きこまれる予感がしたのだ。


「勘のいい子だ。この眼を長く見ていると精神に異常をきたす者も多い。その感性は大事にしなさい」


「……龍眼」


龍眼、それは私のような無知な子供でも知っている一種の伝説だ。


いわく、破壊神を討滅した伝説の勇者がそうだった。


いわく、7つの国を滅ぼして大国を統一した覇者がそうだった。


かつて母さんが私に聞かせてくれた童話や昔話の類には、龍眼をもった偉人達が多く登場する。


おそらく、私以外のスラムの子供達に聞いてみても、一つや二つは龍眼も持った人間の伝説を知ってるだろう。


それだけ、龍眼の伝説はこの国に生きる人々に知れ渡っているのだった。


「古より伝わる龍眼、これを持ったものはその者の気質によって様々な力を得るという」


つまりは、それが私のこれに気づいたからくりか。


「君が今読んだ文字は神字という。かつて、さる神が人々に知識を伝えるために残したものさ」


「……神様って、本当にいたの?」


「おそらくは、君に頼みたいのはまさにその実在の証明でもある。彼らが残した神字を読み解きそこに書かれている知識を教えて欲しいのだよ。この眼でさえ、神々の文字は読めないからね」


なんとも壮大な話だ。学のない私がこんな研究者の真似事をするなんて、誰が想像できただろうか?


「ねぇ、ひとつ聞かせて。もし私があの時の約束を破ってこの仕事をやりたくないと言ったらどうするつもりなの?」


本音を言えば、私は約束の有無を抜きでもこの話に乗り気になっていた。


なにせ、これはひとつのチャンスだ。何かしらの専門性を持つということが私の望む将来の安泰につながることくらい、少し考えればわかることだ。


だが、それと別に雇い主となる男のことも知っておきたいのも事実だった。


そんな私の試すような質問に、男はあっけらかんと答えた。


「別にどうにも、その時は私の眼が節穴だったというだけのことだ。ここに置くことはできなくなるがね」


「……てっきり罰の一つでも与えるのだと思ったけれど」


「そんな無駄なことをしてを何になるのだね。その時は君への興味の一切を失い、他の才あるものを探すのだろうさ」


「随分とわりきりがいいのね。ここにある本のことが知りたいんじゃないの?」


「なに、この世の中にはいくらでも私の知らないことがあろうとも。私は別に森羅万象を知る賢人ではない。ならばこそ、世界にはまだ見ぬ地平がいくらでも転がっているだろうよ」


「それに、君にはそんなつもりはないのだろう?」と男は言葉を締めくくった。どうにも、私の浅知恵は見抜かれていたらしい。


「まぁ、私にとっても悪い話ではないしね。だからこれからよろしくお願いします……そういえばまだ名前知らなかった」


「おお、私としたことが……だ自己紹介すらしていないとは紳士失格ではないか」


まるで道化のように大げさに落ち込んでみせる男に、私は思わず笑ってしまった。


それを見て満足したのか、男は何時ものように芝居かかった所作で一礼しながら、名を告げた。


「我が名はセファー、人は私のことを賢者などと呼ぶこともあるが、どこにでもいるつまらぬ凡人に過ぎんよ」


「イノ、どこにでもいるありふれた元スラムの悪ガキよ」


彼の流儀に合わせると、セファーは愉快そうに笑ったあと言った。


「セラフィムへようこそイノ君。人種、性別、年齢、地位、信教、信条、思想、その他全ての些末な要素は才能あるものたちがここで学ぶことを拒む理由にならない。君がセラフィムで学ぶ日々が、君の輝きを磨くことを私は切に願っているよ」

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