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第一話

毎日ちょっとずつ書いて一定量書いたら投稿するスタイル。


あらすじとか、タイトルは作品の方向が見えたら決めます。

「どうだいお嬢さん、よければ私の元に来ないかね?きっと悪いようにしないから」


彼にその言葉と共に手を伸ばされた時、なんて怪しい男なのだろうと思った。


誘いの口上が余りにも酷かったのもあるけど、なにより彼の姿が胡散臭さに磨きをかけてしまっていた。


高位の魔法使いが着る紫のローブをまとっていることから地位のある人間なのだろう。


髪は濁ったような灰色で、男性にしてはやや長い。常に浮かべている作り笑いと、どこか芝居ががったような所作が人に不信感を与える原因なのかもしれない。


年は意外と若く、20代の前半くらいだろうか。


そのわりに男に感じる怪しい雰囲気が板についていて、実は見た目が若いだけで、中年の男と言われても納得できそうだった。


結論、怪しい人にはついていってはいけません。それは誰もが幼い頃に習う教訓である。


「やだよ胡散臭い。あなたみたいな人、怪しすぎて信用できない」


「おっとこれは手厳しい。これでも他者の信頼を得られるように努めているのだがね」


「だったらその取り繕った笑みをやめたら。愛想笑いもそこまでくると気持ち悪いよ」


我ながら、実に相手を下に見るような物言いだと思う。


だが、この手の輩ははっきりと拒絶してみせないとしつこく食い下がってくるのが世の常だ。


「ふむ、私としては親しみを持てる人間でありたいと思ってのことなのだがね。しかし、どうしたら信用して貰えるのだろうか」


「信用ね……悪いけど無理だよ。甘い言葉に騙されて子が酷い目に合うのを、私がどれだけ見てきたと思ってるの」

千年の歴史を誇るという王都、治安が良く人々の賑わいをみせる中央部と違って、このスラム街は王国の恥部とも言える場所だ。


隠しもせぬ剥き出しの悪意が渦巻くこの街においては、害意のある他人などというものは、数えるのも馬鹿らしくなるほど多い。


そして、真っ先にその悪意の矛先になるのは私達のような女子供だ。私もその一人であることを思えば、さっさと逃げ出すに尽きた。


「じゃあね。さよなら」


一言告げて、私は逃げた。


意外にもあっさりと諦めたのか、男は私を追わずに代わりに言葉を投げかけてきた。


「君がそう言うなら今は諦めるとしよう。だが、私はいつの日か君がこの手を取ってくれるのを待っているよ」


それが私がその酷く胡散臭い男と出会った最初の記憶、私が彼と再会するのは季節が変わり、すっかりと男のことなど忘れてしまった頃だった。




二度目の再会は、冬が近づき肌寒くなったある雨の日だった。


冬の時期は、この街に住む子供達が最も死を身近に感じる季節だ。


風邪をひかないよう暖を確保する必要があるし、少しでも蓄えて食べるものに事欠かないようにする必要がある。


その意味で、私は事前の準備に失敗した。


べつに怠けていたわけではない、というよりそんな余裕は季節など問わず存在しない。


言い訳をすれば、戦争でスラムに堕ちる孤児が急増したことが原因だろう。


少ない食料を巡るライバルが増え、常に空腹を覚えるようになった。これまでも決して満足に食べていたわけではないけれど、餓死を心配する必要はなかった。


碌に食えず、弱った身体が病に罹ったのは当然の成り行きだった。


最初は無理をすれば食料の確保に奔走できたけど、次第にそれは困難になっていった。


ついには動くのも困難なほどに重症化し私は死を覚悟していた。


医者に見てもらうほどのお金などなかったし、そのままだったら私は死んでいただろう。


実際、冬のスラムに行けば病で死んだ子供の死体なんていくらでも見つけることができた。


もし、あのままだったら間違いなく私は彼らの仲間入りしていた筈だ。


身動きできない私は、屍のようにぐったりと路地に横たわった。


そこらに散らばるゴミや汚物の悪臭に眉をしかめながらぐったりとしていると、大地を紅く染める夕陽が目に映る。


ああ、空は綺麗だなと汚らしい自分との差に笑ってしまった覚えがある。


そうして、いよいよ意識がなくなろうとする瞬間に、私はあの胡散臭い声を聞いたのだ。


「やぁお嬢さん、また会ったね。実に奇遇だ」


「……またあなた」


折角綺麗なものを見て逝けるのに、見たくもないものを見てしまった。


私が怪しさを隠しもしない男に辟易としていると、彼は勿体ぶった口調でこう言った。


「さて、こうして再び合間見えるのだし、再びあの日した提案をしたいのだがどうだろう? 私には今の君をどうにかする術がある。そして君が望むなら生活の面倒も見ようではないか」


「かわりに……なにをすれ、ば?」


ついには口の呂律が回らなくなってきたか……息も絶え絶えな私を見ながら、男は作り笑いを顔に貼り付けて言う。


「今は対価を求めることはしないよ。私はただ、君の生きたいという願いが聞ければいい」


今は、ときたか。


生き残れたとして、いったい私は何を要求されるのだろうか。


その対価がろくでもない物であることは想像に難くないけれど、もはや私には選択の余地はなかった。


つまり、ここで問われるのはそれを許容してでも生き残りたいと思うかどうかだ。


「私は……」


どうしたいのだろうか。薄れていく意識の中でこれまでの人生が急速に脳裏で巡る。


常に余裕のない生活だった。


少ない糧を他人と奪い合い、仲間と呼べるような人間は出来ても先に死んでしまった。


辛い生活に、死んでしまいたいと思ったことも少なくはない。


それでもいざ首を括ろうとすると足が震え、脳裏にこびりついた仲間達の死に様が思い浮かぶ。


「しに…たくない」


自然と私はその言葉を口にしていた。


そうだ。辛い日々でも、痛い思いをしてもこれまで足掻いてきたのは、私が幸せになりたいからだ。


別に大きな成功はいらない、ただ人並みに穏やかな日常を過ごすということがどういったものなのか知ってみたいだけなのだ。


だから。


「私は……生き、たい!」


弱々しくも、だけど力の限り叫んだ。


私に問いかける人間の怪しさなんて、もう気にならなかった。


もしかしたら、私は騙されるのかもしれない。


口車に乗った挙句、悲惨な状況に追い込まれるのかもしれない。


だが、それがどうしたと言うのだろうか。


今ここで死んでしまうことの悔しさに比べれば、そんなことはどうでもよかった。


生きてさえいれば、いつか幸福を勝ち取る可能性はあるんだ。


それは、現実が見えてない子供の夢想に過ぎないのかもしれない。この先進む未来は真っ暗で、この選択の果てにあの時こうしなければと後悔するかもしれない。


それでも、いやだからこそ、私は抗うことをやめたくないと願った。


泥水を啜ってでも生きてやるという意思が、激情となって身体を巡った。


弱々しくも、だけど力の限り私は生きたい訴えた。


こんな無念を抱えて死んでたまるかと懇願した。


その願いを叶えてくれるのならば、私は悪魔に魂を差し出すことさえしてみせよう。品性も、人間性も、明日を勝ち取る対価足り得るならば喜んでさしだそうとも。


そんな、私の生き汚いさまを見て男は笑った。


それは、あるいは欲しい玩具を手に入れた子供のような笑みか。さきほどまでの人を不快にさせる笑みは鳴りを潜め、無邪気にどこまでも無垢にわらったのだ。


「素晴らしい――ならば私は全力で君を助けると誓おう。我が誇りにかけて、君が生を謳歌したいと願う限り、万難を退けると約束しようとも、ゆえに後は私に任せて眠るといい」


その言葉と共に、眠気に襲われた私は意識を失った。


その間際、かすかに眼に映る男の笑みは、出会った頃の胡散臭さが嘘のように晴れやかだった。


(最初からそうしてればいいのに……)


それが、私と彼との出会いである。


確かに、彼は善人と呼ぶにはいささか憚りがある人間だろう。


彼を憎悪する人が多くいることも知っているし、そのことについて先生を擁護するつもりはない。


しかし、それでも私にとっては彼が大恩のある人間であることには変わりがないのだった。


だから断言しよう。かの賢人は私にとっては恩師と言える人間だと。

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