ファーストキス 1
そういえば、「にいさま」と呼ばれていた頃があった。
「あかちゃん?」
「そう!おれんとこにあかちゃん来るんだ!」
「へえ~。女の子?男の子?」
「わかんねー。」
いいなぁ、と思ったような気がする。
自分は1人しかいないし、家にいても大人しかいなくてつまらない。
だから何も考えずに母にうちにもあかちゃんがほしい、と言ってしまった。
「ごめんなさいね、カート。うちにはもう赤ちゃんは来れないの…。」
「母上…?」
「ごめんなさい…。」
悲しそうに謝る母を見て、分かってしまった。
自分はすごく残酷な願いを口にしてしまったのだと。
どうしていいか分からず、後日お茶に来た叔母上に泣きながら話をした。
「そうね、では変わりにこれから産まれてくるこの子を思いっきり可愛がってちょうだい。」
「おば上のあかちゃんを?」
「そうよ。この子を自分のきょうだいだと思って。貴方のお母様とお父様の子だと思って愛してあげて。」
「そんなのへんだよ。」
「あら、そうかしら。やってみて損はないわよ。」
「えぇ~?」
それから半年後、元気な女の子が産まれた。
初めて赤ちゃん──カテリーナを見た瞬間をよく覚えている。
「かわいい…。」
「えー?猿じゃん。」
「わ!目が開いた!」
グレーだけど銀にも見える不思議な色。
とても澄んだ綺麗な瞳に吸い込まれるように凝視する。
半年前の叔母上の言葉が蘇った。
「おれの、いもうと。」
「違うだろ!おれんだっ!」
「いーの!おば上がそう言ったんだから!」
言い合う俺たちにビックリしたのかカテリーナが泣き出してしまう。
「なっ泣いちゃったよ!どうすんの?」
「おれわかんねーよ!」
「あらあらなんの騒ぎかしら」
「母上!」
泣き声に気付いた叔母上と母がこっちへ来た。
母がすっとカテリーナを抱き上げる。
ぴたっと泣きやみ、くりくりとした目を母に向ける。
「母上すごーい。」
「あら、当たり前よ。私はこの子のお母さんなのよ。」
「カテリーナはお母様とお父様、それにお兄様が2人ずついるわ。賑やかでとても良いわね。」
「じゃあおれとカートは兄弟だな!おれ1番上!」
「なんで!」
「おれのが誕生日早いだろー」
「ずるいっ!」
それからというもの、暇があればモーズレイ家に行った。
会うたびに成長しているカテリーナ。
言葉を2、3個話すようになった頃。
「にい」
「えっ」
「お前のことじゃね?」
「えっおれ?」
「にぃー」
くいくいと服を引っ張られる。
小さな小さな手。
にぱぁ、と笑う顔は本当に可愛くて。
「なあに?リーナ。」
「にい」
ちゅっと頬にキスをされた。
「あー。それ最近の流行りなんだ。ほら、お返し待ってるぞ。」
「えっおれもするの?」
「しないと泣かれるぞー。」
「ってことはレイもやらされてるんだ。」
「…まーな。」
恥ずかしい…けどわくわくと待っているカテリーナには勝てなかった。
ぷくぷくとしたほっぺたにちゅ、とお返しをする。
嬉しそうににこにこするカテリーナに自分も自然と笑顔になる。
大きくなっていくにつれて「にい」から「にいさま」に変わって。
そうだ、その頃は他の友人にも妹だと言っていた。
それはもう、誰が見ても家族のように見えただろう。
可愛い、可愛い俺の妹。
でもいつ頃からだろう、カテリーナがにいさまではなくカート様と、名前で呼ぶようになったのは──。




