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「…は?」
思わず出た間抜けな声にお父様が片眉をあげた。
いやいやいやいくらなんでも空耳でしょう。
聞き間違い、きっとそう。
聞き間違ってしまったのだからもう一度聞かなければ。
「お父様、申し訳ありませんが、もう一度お願いします。」
「お前の婚約が決まった。」
「はい、それは大丈夫です。私、お相手の名前を聞き間違ったみたいなのです。」
「…カート・ロックウェル…侯爵家の嫡男だ。お前も良く知っているだろう。」
聞き間違いじゃなかった…そんな馬鹿な!!
いくら由緒正しい伯爵家だとしてもさらに由緒正しい侯爵家に嫁ぐなんて!
メリットが我が家にしかないような縁談をどうやって掴んだのか!
「お父様いくらなんでも頑張りすぎじゃないかしら…もしかしてカート様の弱みでも握って無理矢理お話を付けたんじゃないのですか?それとも酔って賭けでもしたのですか?」
「違う!素面だった!!」
「賭けはしたんですかっ!!そして勝ったということですか!?」
賭けの詳細を聞こうとしたその時、背後から盛大な笑い声が聞こえてきた。
はっと振り返ると何回顔を合わせても見慣れない美貌。
その人こそ、今話題に上がっていた人物、カート様にほかならなかった。
「失礼しました。立ち聞きをするつもりはなかったのですが。ご機嫌いかがですか?モーズレイ伯爵。」
「昨日も会ったがな。」
不機嫌極まりないお父様の声に苦笑いしつつ私の目の前に来る。
「やあ、リーナ。久しぶりだね。」
「ごきげんよう、カート様。お元気そうでなによりです。」
膝を折って挨拶をし、目を上げて見ると思いのほか強い視線と合う。
「さて、私の名誉のために言っておくけれど、弱みを握られたわけでもないし賭けに勝ったのも私だよ?」
多くの令嬢の心を奪って止まない極上の笑みとともに甘い声で爆弾発言を落とした。
「リーナ。私と結婚してくれるかな?」