9.エルフ姫とのデートが普通に終わる筈もなく
「師匠、新しい『回復盾』完成しました!!!」「完成完成です...」
メルフェス国内の盗賊団の一斉摘発の後は俺は武器工房で再び魔導具創りに専念していた。
今創っているのは回復魔法を付与した銀製の魔法盾だ。
村や町に住む人達に広める為の廉価版として創った『焔矢盾』の素材は安めの銅で創ったが、王国騎士団に配布する予定のこの『回復盾』の素材は銀にした。
暴発を防ぐ為の制限術式を練り込む必要のない『回復盾』は比較的早い速度で創る事が出来たが20帖ほど創った所で今度は素材の金属塊と魔石が尽きてしまった。
王国の協力はサリー姫が取り付けてくれてはいるが魔導具の素材が尽きる度に王城に催促に行くのも憚られる。
やはりどうやって魔導具を量産するかが当面の課題だ。
「やっぱり洞窟や迷宮に潜ったりギルドのクエスト受けたり自分で素材の資金や魔石を稼ぐしかないか...」
「ケント師匠!ダンジョンに潜るんですか?俺も一緒に同行させてください!!!」「兄さまが行くなら私も私も...」
「ライジ・ライラってランクは?」
「Cランクです」
「そのくらいで俺について来れるのか?」
「根性魅せます!それにライラの独創魔法は回復系だけじゃなくて攻撃系も凄いんです!!!!」
「例えば?」
「≪薔薇薔薇≫って云うんですけど強力な薔薇の棘蔦が魔物達を文字通りバラバラにするんです」
「駄洒落かよ」
「その他にも≪狂狂≫って云う相手を高速回転させて平衡感覚・三半規管を機能停止させる魔法があります!先日の盗賊退治はこのライラの独創魔法で捕縛したんですよ!」
「本当にライラは2回繰り返すのが好きだな。でも対人魔法も独作してるのは偉いな」
「でも≪狂狂≫って高速回転してる相手を見てるとこっちまで酔って気持ち悪くなるんですけどね」
「...そんな魔法で捕縛された盗賊に同情したくなったわ」
「兄さまが私の魔法に酔ってくれて嬉しい嬉しい...」
「それは『酔う』の意味が違うだろ」
「まだまだあるんですよ!ライラの独創魔法」「兄さまが褒めてくれるからもっと独創魔法創る創る...」
「まあまた今度聞くよ。ライラの面白独創魔法の事は」
「面白ってなんですか!?ライラはですね――」
双子の兄の方の甘やかしも大概だ。
確かに明るい蒼髪のライラは兄から離れられないという点を除けば、優秀な魔導士かもしれない。
術式や仕組みさえ覚えれば習得できる付与魔術だけでなくドワーフ族の魔法鍛冶技術≪融解合成≫も既に習得している。
彼女の素質を伸ばすのは一時的であっても魔導士の師としての義務なのかもしれない。
「じゃあ近いウチに3人で洞窟に潜ろうか」「ハイ!」「是非是非...」
ライラの面白独創魔法が実際に見たくなってきたのは内緒だ。そんな時だった。
「ケントさん、今日はもう魔導具創作をしないのでしたら午後は私とデートしませんか♪」
金色髪の【エルフ姫】がニッコリと俺を誘って来た。
「デ、デートですか?」「ええ♪」
「やっぱり御二人ってそういう関係なんですか!?」「蜜月蜜月...」
双子兄妹が食いついて来た。
「そういう関係ってなんだよ?」
「王城関係者は皆噂してますよ。魔導士ケント様はエルフの国の婿養子になるって」「まあ♪」
「まさか。そんなの只の噂だよ」
「でも御二人の新居のメイドさん達は『朝になると同じ部屋から出て来る』って興奮気味に吹聴してますよ」「あわわ...ズキューンズキューン」
「メイドさん達、口軽いな!!!!」それにズキューンて。
「これ以上誤解される訳にもいかないしデートというのは...」
「...女性は男性をお誘いする時少なからず勇気を振り絞っているのですよ。つれないと『愛想』尽かされちゃいますよ♪」
「是非行かせて頂きます...」
***
「暑い季節になって来たな...」
というわけで【エルフ姫】と城下町をデートする事になった。
暑いので俺は半袖の麻服姿だ。念の為に魔法装備の腕輪も数個身に着けている。
「お待たせしました♪」
サリー姫は白いワンピースに白のヒールに麦わら帽子を被っている。腕には金色の腕輪の身に着けている。
夏の季節に似合うその爽やかで壮麗な姿は認識阻害の魔術を掛けなければ歩くだけで城下町が騒ぎになりそうな程だ。
「まず何処へ行きます?」
「お腹が空いたのでご飯にしましょう♪」
盗賊団摘発の報奨金も出るらしいので今日は奮発して大量の油を使ったオークカツレツをサリー姫と一緒に食べた。
食事にすっかり好物のオーク料理を振舞えばサリー姫とのデートはほぼ成功である。
「次は何処へ行きましょうか♪」
紅煉瓦造りや木造の住宅が並び立つこの城下町の通りを北へ進めばソリウス城や冒険者ギルドがある。
今日はそっち方面に行きたくないので東にある歓楽街や緑の憩い広場の方へ歩く。
俺達は緑鮮やかな楡の木が囲むように移植されている憩い広場で辿り着いた。
今日はこの広場で自由市が開催されているようで見物客が多く、活気があり賑わっていた。
自由市に並ぶ骨董品や古着を流し見しながら歩いて行くと一際人が集まっている場所がある事に気付く。
周囲の野次馬達を見てもなにやら穏やかなではない様子だった。
「姉ちゃん。ここで安い野菜を大量に売られると困るんだよ!」
若い商売人の男達が3人程、若い女の子に絡んでいた。
「す、すいません...すぐに引き上げます...」
長い黒髪を後ろで纏めている娘はただひたすら頭を下げていた。どこか遠くから旅して来たのか変わった衣服を着ていた。
全身紺で統一されているが、腕や足の側面には白い線が縫い付けられている。そういう模様か?
更に上着の端には鎖のような凹凸が縫い付けられている。ずっと着続けているのかその変わった衣服はすっかり草臥れている。
「君、商業ギルドにちゃんと申請して野菜の商売してる?」
「い、いえ。商業ギルドには行ってないです...もうしないのでギルドには報告しないで下さいお願いします...」
過度な価格競争で商売人達が共倒れになったりしないように野菜や商品の大まかな値段はその土地、その国の商業ギルドが決定している。
何か事情があるのか黒髪の女の子は何度も頭を下げて懇願していた。訳アリなのを商売人達も悟ったのか深く追及しなかった。
「次からはちゃんと商業ギルドで野菜の適正価格を確認してくれ。じゃないとこっちも商売あがったりになっちまう」
「そ、それは...」
「正規の売り方が出来ないなら他所で商売してくれ」「はい...」
女の子はまたかといった様子で溜め息をつき、下を向く。明らかに憔悴してやつれている。
「ケントさんあの子を助けてあげて下さい」
【エルフ姫】のこの言葉で今日はデートではなくこれが目的だったのだと自覚した。
俺は商売人の男達と女の子の仲裁に入る。
「ちょっといいかな?」
「なんだぁ?兄ちゃん」
「この方は『あの』魔導士ケント様ですよ♪」
サリー姫が態々しなくても良い俺の自己紹介をしてしまう。
【勇者】パーティーにいた頃は他の派手な面子に比べたら地味だったので実感が沸かなかったが『魔導士ケント』は有名人なのか周囲がざわつく。
「魔導士ケント!?って帰国した途端メルフェスの盗賊達をたった一日で一網打尽したっていうあの!?」
既に盗賊一斉摘発の件は城下町の住民も知っているようだ。なんか照れ臭いな。
「なんでも毎晩絶世のエルフ美女とズキューンしてるらしいぜ」
何処まで広がってるんだズキューン。
「いずれはエルフ国の王になって大量の魔導兵器を開発してエルフ族を率いて魔族領へ攻め込むっていうあの大魔導士ケントか!!!!??」
噂の規模が壮大過ぎる!!魔導兵器て。そんなのが実現したら本当に
『―――そしてここからエルフ族の逆襲が始まった』
って語り継がれるな。
牧歌的なこのメルフェスの国民は噂話、井戸端会議が大好きなのを久々に思い出した。
「...兎に角この子の事は俺が預かるけどいいかな?もう商業ギルドを無視しないように話もするから」
「なら問題ありやせん!どうぞどうぞ!!!」
商売人の男達はそそくさと自分達の店に戻っていった。
「大丈夫?」
「魔導士ケント...さん...有名な方みたいですね」
黒髪の女の子は俺の事を警戒しているようだった。目を見てもその黒目には光が宿っていない。
一体どんな境遇で過ごして来たのだろうか?
「君の名前は?何処から来たの?」
「アヤネです...巴綾音です。何処から来たのかは今は言いたくありません...」
聞き慣れない独特な響きの名前...【エルフ姫】に導かれて俺はまた不思議な出逢いをした。




