6.追放魔導士、双子の弟子ができる
「まさかこんな簡単に工房が手に入るとは」
【エルフ姫】の外交無双から二日も掛からず、俺が魔導具創作に専念する事ができる工房を国から紹介された。
「とても年季を感じさせる立派な鍛冶工房ですね♪」
サリー姫の言葉通り、素晴らしい工房だった。
軟鉄を焼く石造りの溶鉱炉は二つもあり、焼いた鉄を槌で叩いて圧縮・成形する鍛造の際に使用する石や鉄の作業台が数台あった。
旧い木棚には耐久性・柔軟性を向上させる為、動物の生皮の鞣す際に扱う樹液や薬品の白磁の器が所狭しと並んでいる。
動物や魔物の生皮の種類により樹液や薬品を使い分けてたようで熟練の職人の拘りを感じる。
他にも武器創作の為の工具に溢れていた。
俺はドワーフ族から習熟した魔法鍛治なので炉や工具をあまり使う必要はないが。
「最近までこの場所で武器屋を営んでいた親方が引退されて、今は誰も使ってない工房を国が俺の為にその親方から借り受けたそうです」
「その御方は何故引退を?」
「...冒険者をしていた跡継ぎの息子さんが落命したようで、武器屋を続ける気力が喪失したらしい」
「そうですか...」
工房に二つもある石造りの溶鉱炉は将来息子さんと二人で武器を創る親方の夢の一片が感じとれた。
「俺の魔導具で少しでもこのメルフェスの落命者が減ればいいんだけどな。これってまた流されてますかね?こんな立派な工房を宛がわれてエルフ国との交易品の魔導具を創らないといけないのに」
「そんな事ありません。とても素晴らしい心掛けです♪交易品の話は焦らなくて結構ですので♪」
そう笑顔で話すサリー姫は日光で金色に輝くその美しい髪を後ろで束ねていた。今の服装を見ても城下町の娘となんら変わらない格好をしている。
「姫様もこの工房で作業するつもりですか?」
「お借りしてる新居で私に遠慮して肩肘張っているメイドさんと一緒にいても不毛ですので私は見学です♪」
一時的に用意してもらった新居はメイドさんやら警備兵も沢山用意された。国としては出来たら安全な王城内で暮らして欲しかったようだが姫様は断った。
まだエルフ国との交易の件は諸外国の手前、公表出来ず、民衆が混乱するので城下町を出歩く時は認識阻害の魔術を掛けるよう懇願された。
そう云えば俺も【エルフ姫】を祖国へ連れて来た事、長く【勇者】パーティーの一員として戦って来た事が評価されてSランク魔導士に格上げされた。
Sランクと云われても世界には【究極魔導士】なんて存在するのでSランクの自負は全く生まれなかった。
「魔導具の素材も届いて午後からは助手さん達が来るんですよね?楽しみです♪」
「ええ。素材となる金属塊や魔石も午前中に王城の武官の人達がギルドから取り寄せてここに運んでくれたので魔導具創りは可能です」
本来は武器を展示して売る場所だったこの武器屋の店先に大量の金属塊と魔石が置かれている。
「では。昼食の後助手さん達が来たら始めましょうか?昼食はミニオークの胡麻しゃぶがいいです♪」
どれだけミニオークが好きなんだろう。
***
「失礼します!王国より魔導士ケント様の元へ派遣されましたライジと申します!!!」
城下町で昼食を終えた後、魔導具工房に王国の軍服を着用した二人の若者が訪れた。
ハキハキと元気が良い少し蒼みがかった黒髪の青年がライジ。もう一人そのライジの後ろにぴったりとくっついている明るい蒼い髪の女の子がいた。
「宜しくね。えーとそちらの君は?」
「...ライラと申します...宜しく宜しくお願いします...」
「すいません。このライラは俺の双子の妹なんです。いつもくっついて離れないんですよ」「兄さま兄さま好き...」
「うふふ♪とても仲良しさんですね♪」
【エルフ姫】は地味な服装をしてても上品に笑っていた。
仮にも王国採用されてる人材なのに彼女はとても成人女性に見えない。
「ガキの頃から仲良くくっついて過ごしていたら離れられなくなったみたいで。ライラは俺を触ってないと情緒不安定になっちゃうんです」
完全に依存型だった。駄目な類だ。
「...それは直さないといけないな」
「でも俺から離れると不安定になって魔法を暴発させちゃう様なんです」
「なんでそれで王国採用されたんだ!?」
「ライラは魔法の腕は確かで回復魔法も扱えるので採用になりました。今のメルフェスは【賢者】ニコラ様、【聖女】マリス様が【勇者】様との旅で不在なので上級・中級の回復魔法が使えれば即採用なんです」
【勇者】パーティーが国外へ旅立ってしまった事でメルフェスは日々落命者も少なからずいて人材不足に陥ってるみたいだ。
俺もまずは今のメルフェスの防衛力を高める為の魔導具から創らないといけないようだ。
「それでもライラは魔法の腕は本当に凄くて回復魔法の独創魔法だってあるんですよ!≪癒吹雪≫って言うんですけど」
「魔法名からして暴発しそうだな」
氷系の回復魔法なら≪癒雪≫が一般的だが吹雪かせてどうする。
「でも更に凄い独創魔法があって!」
「それを更に凄くしちゃ駄目だろ」
「≪癒雪崩≫って云うんですけど」
「もう癒しどころか天災になってるな」混沌すぎる。
「味方の兵がまるで雪崩に呑み込まれたように回復するんですよ!凄いでしょう!!」
回復する代わりに戦闘不能になってない?...
「兄さまが褒めてくれるから私私頑張れる...」
蒼髪のライラは頬を染めて照れている。
妹の頑張る方向が間違っているのは双子の兄の方にも問題がありそうだ。
「ライラの魔法の腕が凄くて僕も魔法には自信ある方なんですけど魔法剣士に転向しちゃいましたよぉ」
中々の妹馬鹿だ。
「...それでライジは魔法剣士としての腕はどうなんだ?」
「訓練では武官の方にも褒めて頂いてます」「おお」
「でもパーティー戦闘になるとライラがくっついて思うように剣が振れないんです」
脅威的なやらかし兄妹だった。
本当に『戦闘に不向き』な二人が寄越されたみたいだ。
祖国メルフェスの人材不足っぷりに戦慄が走る。
「よく今までクビにならなかったな」
「流石に僕達も厳しいかなぁと思っていたんですけど上司の武官様から『エルフ族の皇女様が指定した条件に二人はピッタリだ』と云われまして本日ケント様、サリーティス・アメル様がいる工房へ参上しました!!!」
我が祖国の人材の再利用精神は尊敬に値した。
「いいじゃないですかぁ♪『戦闘に不向き』でも魔導具創作には向いているかもしれませんよ♪」
そう云いながら双子のライジ・ライラを見て【エルフ姫】はクスクス笑っている。
「この二人が来るって解ってましたよね?」
「集団を作る際には個性って大事じゃないですか?とても個性的な御二人で私とても楽しいです♪」
「魔導具創作の助手、頑張りますので何卒宜しくお願い致します!」「魔導具魔導具頑張ります...」
双子の兄妹が俺とサリー姫に頭を垂れた。この二人が俺にとって『最初の弟子』らしい。
押し付けられた感があってどうしても腑に落ちない俺に向かって【エルフ姫】は云った。
「ケントさんだって一度追放になった身じゃないですか♪仲良くやりましょう♪」
天然でも十分毒舌じゃない?この姫様。




