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40.メルフェス王都の商業ギルド




「ここが商業ギルド……」



 ダンジョン『草魔の穴』攻略の後、異世界からやって来た少女アヤネにこのメルフェスの国王陛下ブルスケッタとの縁談が持ち上がったり、魔道具工房の助手の双子兄妹の妹、ライラが魔法大国イルジョニアスに留学したいを決然たる意志を示したかと思えば、兄のライジが妹に縋り付いて俺も魔法大国に行くと言い出したりと諸々あった。



 魔法大国イルジョニアスに暫く滞在するかもしれないとなると、祖国メルフェスを離れる前に色々済ませておかないといけない。

アヤネを連れてやって来たのは王都の商業ギルドだ。

その絹のように滑らかに輝く金色髪が否が応でも目立つサリー姫が城下町をうろつくと騒ぎになるので迎賓館で留守番をしてもらっている。



 商業ギルドは冒険者ギルドの建物よりも二回りほど大きく、白を基調とした瀟洒(しょうしゃ)な建造物だった。

恐らくこのギルドを仕切っている白皙の英雄、【氷艶戒女】の趣向で造られたんだろう。


 中に入れば行商人やら、城下町の商売人、目当ての品を求めてやって来た大勢の一般客、場を管理するギルド職人やらで賑わっていた。

ギルドの1階は部屋が並んでいる訳でなく太い柱も少なく見通し易い、市場のような空間が広がっている。各地から持ち込んだ希少な特産品の競りもこの1階で行われているようだ。



「凄い活気ですね」

「ああ。マリリノ(ギルマス)との話が終わったら見学してみようか」

「はい!」


 俺達は市場のような1階から2階へ上がる階段を昇る。2階で庶務をしていた受付嬢に声を掛けると、少し驚かれた。

俺もアヤネも声望が高まり広まって来たんだろうか?



「あれがあらゆるモノを複製できるという女神様の使徒……」

「しかも次期王妃様?……ゴクリ」

「でも国王陛下の申し出を保留にしてるらしいわよ。陛下を待たせるなんてやはり格が違うわ」

「きっと魔導士ケント様から離れられないのよ。なんたって洞窟潰し(ダンジョンキラー)なんだから。陛下と魔導士様の間で揺れる美少女……捗るわ」


 何が?


「違うわよマリリノ様に会いに来るんだから男なんてどうでも良くなるに決まってるわ。濃艶なマリリノ様と【女神使徒】のアヤネ様、ああなんて尊い百合百合しさ!」


 遠巻きから受付嬢達の囁き声がこちらまで届いてくる。

一人だけ方向性が違う酔狂な女性がいるようだ。それにしてもこの国の人間が噂話が本当に好きだ。


「お待たせしました。マスター・マリリノから最上階、5階の応接間で寛いでいて欲しいと言伝を承りましたのでご案内致します。


「じゃあ行こうか」


「はい。あのケントさん、私あのマリリノさんと百合百合しちゃうんでしょうか?」


「それはないと思うぞ……」


 【氷艶戒女】は女性からの支持も凄いらしい。熱狂的な信者も多い。

女が憧れる妖艶さか。





「お待たせ。ケントにアヤネ。ん」


 商業ギルドの最上階の応接間のソファで出された紅茶を飲みながら待つ事、半刻。


 蒼みがかった白髪のショートカットに白のドレスと差分ない白妙の肌。

ざっくり開いたドレスの胸元から零れる、豊満な谷間にそのすぐ下に存在する氷の青薔薇の刺青。


 淫魔にも劣らない色気を振り撒いている【氷艶戒女(マリリノ)】が俺達の前に現れる。


「それでアヤネの神力(スキル)で何をすればいいんですか?」


「そおねぇ……複製して貰いたい物の羅列(リスト)は出来てるから後で倉庫に来て女神様の神力(スキル)を使ってもらうとして。先ずは会ってもらいたいコがいるの。ん」


「会ってもらいたいコですか?」


「私からしたら『子』ね」



 そう云ってギルドの職員が連れてきたのは、灰色の髪もぼさぼさ、身なりも一目見た人間が思わず眉をひそめてしまうような有様、弊衣蓬髪と云った男だった。


「このコはこのメルフェスで唯一、捕縛呪具『償いの枷』を創作できる呪術師のワンデよ。ん」


「……ワンデです。よ、宜しくお願い致します」


 小声で訥々(とつとつ)と俺達に自己紹介する呪術師ワンデ。

今まで気にした事は無かったが、罪人を捕縛した際に今後悪事を働けないようにと罪人に嵌る『償いの枷』は彼が創っていたのか。


「で?彼を俺達に紹介した理由は?」


「毎日、朝から晩まで四六時中、呪具を創作しないといけない彼に長期の休みを与えたいの。ずっとこのメルフェスの治安の為に呪具を創り続けてくれたのよ彼」

 

「ずっとってどのくらい?」


「ん。たしか王城で出仕を始めてから15年は過ぎてるわ」


「15年!?そんなに」


 もう30近い壮年男性では?俺より遥かに歳上だった。

その間ずっと呪具を創り続けるなんてそれこそ精神を病んで闇魔に取り込まれそう……大丈夫かワンデさん。



「だからのアヤネの神力(スキル)で『償いの枷』を大量に複製してその間は彼に休養を与えたいなって。いいでしょ?ね?」


「そういう事ならいいよなアヤネ?」「え、ええ勿論です」


 アヤネはワンデさんの独特な風貌に少し気後れしている。


「休……養………。い、嫌だ、働きたいです。某が創った呪具じゃないと」


 ずっと捕縛呪具創る事でこの国の治安を守ってきたワンデさんは自分の仕事に矜持があり、いきなり休めと云われても仕事から離れる事に強迫観念を抱いてそうだ。


「じゃあ休養はすぐ取らなくていいから。アヤネに呪具を複製しておいて貰うだけにするわ。ね?」


「はい……」


 マリリノは乱れた風貌のワンデさんの手を優しく両手で握る。慈母のようだ。

何故【英雄】ダグラスタと離縁したのだろう?

ワンデは平静を取り戻し、俺達の対面にあるソファに腰を下ろす。



「……それでケントは創った魔導車をこれからどうするのかしら?ん」


「この国の道の改装と規律(ディスシプリ)の作成、普及の状況に合わせて徐々に俺の故郷のレジル村から他の街、村へ提供して行くつもりですけど。いきなり王都に普及させるのは厳しいです。必ず事故が起きます。まずは魔導二輪車の普及からですね」


規律(ディスシプリ)の普及に関しては私に任せなさい。守らない人間は私が躾けてあげるから。ん」


 流石【氷艶戒女】。でも妖艶なマリリノに指導を受けたい不逞な輩が現れるかもしれない。


「それに貴方の創った魔導具を売れる店も私が各地に用意してあげるからそのつもりでね?ん」


 魔導車の代わりに俺が創った魔導具の扱いはマリリノが一括管理するつもりらしい。それは仕方ないか。

マリリノに任せた方がより多くの人に魔道具が広まるし。


「手に入れた魔晶核(コア)はどうするの?ね?」


魔晶核(コア)をどうすれば圧倒的魔導具(ジャガーノート)に昇華できるか、魔法技術学院に皆で行ってみるつもりです」



「魔法技術学院!!??」


突然を大声を出したのはワンデさん、乱れている灰色髪がもっと乱れて顔がよく見えない。


「マスター!某、休養とって魔法技術学院に行きます!!」


いきなりの宣言に俺もアヤネもマリリノも唖然とした。




一緒に魔法大国イルジョニアスに同道する人が増えた。




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