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4.追放魔導士、祖国に帰る




「うわぁっ!!!???」




 朝目を覚ますとすぐ目の前にその大きな碧い瞳で俺の事を見つめている【エルフ姫】がいた。


「うふふ♪おはようございますケント様♪」


 彼女は朝一番で驚く俺を見ながらクスクス笑っている。


「止めて下さいよ姫様...心臓に悪い」


「だってケント様もう3回目になるのに変わらず面白い反応をして下さるんですもの。うふふ♪」


 金色の髪が窓から差し込む光に反射して輝きを放っているサリーティス姫は正に美麗であった。



 俺は祖国メルフェスの王都ソリウスの城下町の宿に宿泊していた。

有翼一角獣(アリコーン)≫に跨り、古代魔術(ロストマジク)を魅せつけて【勇者】パーティから離脱したものの、祖国まで翔んで帰るのには距離が有り過ぎたので転移魔術で王都ソリウスの城下町まで戻って来た。


 エルフの国の姫様が同行してるなんて城下町が騒ぎになりそうだったので、申し訳ないが姫様には同意を得た後、認識阻害の魔術をかけさせてもらった。

そうして偶々見かけた城下町の宿屋の一つに飛び込んだのはいいのだが、俺はベッドに飛び込んだ瞬間に意識を失ってしまったようだ。


 振り返れば俺は四年近くの歳月も【勇者】と仲間達と共に旅をしていたようだ。

宿に泊まってからの最初の二日間は長い旅で消耗しきった肉体をまともに動かす事が出来なかった。

賢者(ニコラ)】や【聖女(マリス)】の最上級の回復魔法でも魔族達の連戦で摩耗した精神的な部分までは癒せなかったようだ。

それに右肩や大腿部、背中の古傷も回復魔法で完全修復されていた筈なのに今になって悲鳴を上げた。


 一度肉が裂けた後遺症か魔族・魔物達による攻撃によりまだ瘴気の残滓が傷口に付着しているのだろうか?

穢れを祓う【聖女(マリス)】の傍に居た事で俺の身体を蝕む瘴気から守られていたのであろうか?

この先もずっと古傷の後遺症と付き合わねばいけないのなら本当に引退だ。


 俺はこの二日間、事もあろうかエルフの国の姫様に介抱してもらう醜態を晒してしまった。

姫様は何も不平を言わずに食事の世話等、俺を介抱してくれた。旅で来ていた瑠璃色の魔法絹で編まれた軽装束(ドレス)装飾品(アクセサリ)収納棚(クローゼット)に仕舞い、渡した金貨を使い城下町の娘達と変わらない麻服を購入し着ていた。

そして今は部屋着姿で俺と同じベットに潜り込んでいる。いや夜寝るときは別々のベッドなのだが。



「...しがない魔導士と同衾するなんて姫様として拙いのでは無いですか?」


「ふふ♪ケント様とそうなる未来はありませんので何も問題ありませんよ」


 俺とどうにかなる未来は皆無らしいので余裕らしい。小悪魔のような人を惹きつける笑顔だった。

姫様がこのような悪戯しないといけないくらい退屈させているのは俺にも非があるのだろう。


 漸く俺の肉体も長年の旅の疲れが取れたのか動かせるようになって来た。古傷達の痛みは鈍痛と言った具合か。そろそろ徐々に行動を開始しないといけない。


しかし何から始めよう...俺はもう冒険者を引退して隠遁生活をしながら人々の役に立つ魔導具を創りたいと思っているのだが魔導具を創るには金属の素材と魔石を確保する為に冒険者ギルドや商業ギルドに行かねばならない。


 王都ソリウスの冒険者ギルドには足繁く通ったし顔見知りも多くいる。その顔見知り達になんて言えば良いのか...


『一人だけ追放(クビ)になって【勇者】パーティーから離脱して帰ってきました』


 なんて言わなきゃいけないと思うと絶望感すら漂って来る...

王都ソリウスのあの変人というか変態というか兎に角変わってるギルマスに報告しないといけないと思ったら気も体も重くなる。


「それに国王陛下にもお目通りを願って会いに行かないとなぁ...はぁ...」


 俺達【勇者】パーティーを諸外国へ旅立たせたのは国王陛下の意思でもある。祖国への帰還は王城にも報告しないと拙い。

ますます気が遠くなる。追放魔導士と言うのは肩身が狭い。

【勇者】パーティーだけでなく国も追放されるのではないか?もう少し宿で休んでいたい。いやずっと引き籠もっていたい。


「ケント様。王城に行かれるのですか?」


 サリーティス姫が尋ねて来る。


「姫様、様付けは止めてもらってもいいですか?」


 既に情け無い姿を見せてしまったし様付けはむず痒い。【エルフ姫】はキョトンとする。


「では私の事もサリーと呼んで頂けますか?」


「じゃあサリー姫で...」「私はケントさんと呼ばせて頂きます♪ふふ♪」


「王城かぁ...気が重いな」


 国王陛下や国民にどんな反応されるのか考えただけでも恐ろしい...


「ケントさん。大丈夫ですよ。私が一緒に居ますから♪」


 未来が視えるサリー姫がそう云うのなら大丈夫なのだろう。前向きになれた。

たしかに我が祖国にエルフがやって来たなんて一大事件だ。少なくとも俺はメルフェスにエルフが来たなんて情報は知らない。しかも今回はそのエルフ族の頂点の姫様だ。

何時までも姫様に認識阻害の魔術をかけ続ける訳にいかないし、王城に報告しよう。


「それじゃあ準備をして昼飯を食べたら王城に出向きましょうか?」


「はい♪私ミニオークの塩フィレステーキ丼が食べたいです♪城下町ですっかり好きになりました♪」


 【エルフ姫】がオークなんて食べて大丈夫なんだろうか?...


 俺とサリー姫は祖国メルフェスの城下町から王城に架かる橋の場所まで来ていた。

初めて見た時は胸が躍ったこの石作りで壮大なソリウス城も広い世界を旅した後に見ると至って凡庸な城に見えた。


「この辺りまで来ればもう大丈夫かな」


 サリー姫にかけていた認識阻害の魔術を解除した。

王城への入口へ向けて瑠璃色の軽装束(ドレス)や煌びやかな装飾品(アクセサリ)を身に纏った金色髪の眩い女性と一緒に歩く。

明らかに異質で壮麗な女性が王城入口の受付に接近して行くにつれて王城を守る警備兵達が騒ぎ出していた。驚くよね俺だっていきなり見たら仰天する。


「あのー魔導士ケント様。これは一体どういう事なんでしょうか?」


 団長らしき鎧姿の壮年の男性が俺に尋ねる。四年ぶりだけど覚えていたくれたらしい。

俺の隣の高貴な存在が気になって仕方ないらしい。あの尖った少し長い耳を見ればエルフである事は一目瞭然だが只のエルフではない事も一瞥しただけで解る。


「嗚呼...えーっと?」


「エルフの国キュリーメイズより第一皇女サリーティス・アメルがメルフェス国王陛下に御会いしたいという旨をお伝え頂けますか?」


「はい!了解しました!!!!!」


 団長が王城内へ飛んで行った。他の警備兵達も【エルフ姫】の存在に騒然としている。




「うふふ♪とても元気な方ですね♪」


 『姫様』という存在も立派な権力者なのだと実感した...




  ***



俺と姫様はソリウス城内にある来賓用の一番絢爛豪華な応接間に通された。

【勇者】パーティーの一員として来客した際にもこの応接間には通された事は無かった気がする。

諸外国では見た事もある、煌びやかな外来品達が装飾として至る所に陳列されている。


改めて我が祖国に【エルフ姫】が来国したという事実は正に歴史的事件のようだ。

俺の隣に座っているサリー姫は超弩級の国賓として歓待されるみたいだ。


「お久しぶりです。魔導士ケント殿」


応接間に入ってきたのはこの国の内政を取り仕切っている宰相グラウス様だった。変わらず白髪に白髭を蓄えている老人に懐かしさを覚えた。


「再び会う事が出来て光栄です。グラウス様」


「其方も息災で何よりじゃ。それにしてもお主一人で帰ってきたのか?それにそちらの御仁は?...」


やはりパーティーを追放(クビ)になった事を伝えないといけないか...失望されるのだろうか?

返答に困っている俺の代わりにサリー姫が宰相様に向かって応える。


「私はエルフの国キュリーメイズより第一皇女サリーティス・アメルと申します。以後お見知りおきを」


「エルフの国の皇女様にこのような凡国まで御足労頂いた事感謝致します。国王陛下との会見・謁見は早急に準備しておりますので今暫しお待ち下さい」


宰相様は【エルフ姫】に平伏した。


「魔導士ケント様は長い旅路、魔族達との連戦で大変消耗されたので祖国で英気を養うべきだと私が判断しました。

 現在の【勇者】パーティーには麒麟児とも呼べる至極秀逸な魔導士達が集まっていますのでケント様はその役目終えられたと言っても良いのかもしれません」


「そのような事情でしたか...よくぞメルフェスに戻ってきてくれましたケント様」


 最悪の展開は免れたようだ。サリー姫に感謝しないといけない。


「それでダミル国王陛下は御元気ですか?」


「それがの...ダミル様は既に引退し御療養しておるのじゃ...」


「国王陛下が療養で引退?何故!?」


「其方に云うべき事なのか迷うが【勇者】パーティーの遠征に深く関わっておるのだ...」


 宰相様の話では【勇者】パーティーの諸外国への遠征は『【勇者】を独占するな』という諸外国からの圧力があったらしい。

世界各国の申し出を無視し続ければ貿易面等の経済制裁にまで発展しかねない状況だったとか。

【勇者】パーティーが諸外国へ出立して他国との軋轢は解消されたが今度は国民や貴族達からの批判に晒される事になったという。

祖国に蔓延っていた魔族・魔物は【勇者】パーティーが大方片づけていたので大きな悲劇には至らなかったが

国民を守る為に凶獣と闘い落命した冒険者達、王国騎士、王国魔導士も少なからず存在し、落命者が出る度に叩かれた国王陛下は心労で倒れてしまった。


 そして今はダミル陛下の第一子であるブルスケッタ皇太子が即位して国王となりメルフェスを統治しているらしい。

俺はブルスケッタを9歳の頃から知っている。あの泣き虫王子も今では17歳か。国王になるには次期尚早過ぎる。


「ケント殿、若き国王となったブルスケッタ様を傍で支えて頂けないでしょうか?恐らくブルスケッタ様も謁見の際にケント殿にそういった趣旨の依頼をすると思います」


 グラウス様が俺なんかの為にその頭を垂れた。

パーティーを追放(クビ)になった俺を陛下の側近として重用してくれるらしい。

正直もう戦闘からは遠ざかりたかったがこれも俺の使命なんだろうか?



「よくぞ我が祖国に帰還してくれた魔導士ケントよ。【勇者】との救世の旅、大儀であった」


現国王陛下との謁見が始まり、玉座の間にいる俺の眼前にはブルスケッタ陛下がその玉座に座っていた。

前ダミル国王陛下と瓜二つの紅茶色の髪に凛々しく整った御尊顔をしている青年がいた。俺は現陛下の前で跪いている。


「最後まで【勇者】の旅に同行出来なかったのは己の力不足で誠に恥ずかしい限りです」


「それでケント兄...いや魔導士ケントが【勇者】と共に世界の窮地の為に戦った事実が消える訳ではない。其方は祖国の誇りだ。それでどうだ?これからはこの国で私を支えてくれないだろうか?」


やはり未だ自分が国王であるという重責が重いのかブルスケッタには前陛下のような泰然自若で荘厳な雰囲気は皆無だった。

『人々の役に立つ魔導具を創りたい』という夢は封印するしかないか...


「あの~。宜しいですか?」


俺の後ろで用意された煌びやかな装飾椅子に座っている【エルフ姫】がブルスケッタに言葉を投げかける。


「ど、どうしました?サ、サリーティス・アメル様?」


若き国王陛下は【エルフ姫】を相手に動揺(あたふた)している。もっと落ち着け!





「私、ケント様と共に素晴らしい未来を歩みたく、それを国王陛下にお認め頂きたくこの度、来国したのです♪」


その言い方絶対誤解されるから。









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