31.ゴブリン劇場?開幕
「ゴブリン達が芝居をしてる?……」
【エルフ姫】の無茶振りによりダンジョンの魔晶核を獲得する事になった俺達魔導具工房メンバーはダンジョン『草魔の穴』を攻略中だったのが『草魔の穴』の8階層を訪れた俺達を待っていたのは、岩や石、樹や蔦で造られた劇場のような場所、そしてそこで何故か芝居を始めたゴブリン達だった。
「どうしてゴブリン達が演劇をしてるんだ?」
「さぁ……?この世界の初心者の私に聞かれても……」
「面妖面妖……」
「どうします?討伐しますか?」
「しかしゴブリン達はどうやら私達に向けて芝居をしているみたいですし少しだけ様子を見ましょう。下手な芝居をしたらこの蔦座布団を……いや攻撃魔法をぶつけてやればいいのです」
「怖いよ」
メイドのアルーさんは演劇に厳しいようだ。下手な芝居したら討伐するとか。
よく見ると客席らしき岩塊には蔦で織られた座布団まで用意されていた。本格的な観劇空間だ。
「私もゴブリンさん達がどんな芝居をするのか興味あります♪」
姫様は蔦座布団に腰を落とす。皆で少しだけゴブリンの芝居を観劇する事にした。
「ギョギョッギィ!」「ギャギュゴッ!?」
ゴブリン達が整った岩盤の舞台上で熱演しているのだが言葉が解らないから、どんな物語なのかさっぱり解らなかった。
申し訳ないが先を急ぐので岩の席を立とうとしたら遠くの席から見てても舞台映えする巨躯の『グレイトゴブリンショーマン』と『グレイトゴブリンアクトレス』が突然歌い始めた。
ゴブリンなのに裏声やビブラートまで巧みに使いこなしている。
本当に歌上手いぞ。ゴブリンなのに
主演男優と女優が吟じた歌は歌詞に込められた意味は解らないが劇場全体に響く渋いバリトンボイスと心地よいソプラノボイスが織り交ぜられてその調和に聞き惚れてしまった俺達は最後まで芝居を見る事した。
それでも劇が進んでも言葉が解らないので見てる方としてはどうしてもダレてしまう。
そんな時、主演男優がある短刀を仰々しく翳した。その短刀に反応したアルーさんだった。
「あ、あれは我が国を代表する貴族の名家、ガルザリク家の懐刀です!」
「ガルザリクってあの駆け落ち貴公子のガルザリク家ですか?」「純愛純愛……でも許されない恋」
「駆け落ちって何?」
「その恋バナ気になります!」
ガルザリク家は平民でも国中の人間なら知ってる祖国メルフェスの貴族家だが駆け落ち沙汰があったなんて知らない。
俺が【勇者】パーティーとして諸外国を回っている間にそんな事が。
アルーさんの説明によると名家ガルザリクの嫡男、バキルが鷹狩りに出掛けた際に魔物に襲われ、その危難を救った女冒険者に一目惚れし、求婚したらしい。
しかし既に決まった婚約者のいたバキルとその女冒険者との身分差のある恋をバキルの両親は許さず、結ばれたいなら廃嫡しろとバキルは勘当された。
身分を失ったバキルは女冒険者と婚儀を結び、冒険者として生きる事を選んだ。
しかし冒険者ギルドや商業ギルドもバキルとその女冒険者を少しだけ冷遇したらしい。
貴族家の跡取りが色恋で簡単に身分を捨てる―――バキルに追随する者を許さない意味合いの圧力があったらしい。
バキルとその女冒険者は主要な街からは姿を消してしまったという。
そのガルザリク家の懐刀がこんなダンジョンに存在するという事はそういう事だ。
メルフェスで話題となった悲恋の結末を知ってしまった俺達は固唾を飲んでゴブリン達の怪演を見守った。
この『草魔の穴』に潜った主演男優演じるバキルは魔物の群れに破れ、その生涯を閉じてしまった。
それから先の女冒険者を演じる女優の悲愴な姿は演技だと理解していてもとても見ていられるものではなかった。
私が彼と結ばれなければ―――彼を冒険者に誘わなければ死なせずに済んだのに。
愛する人を死なせてしまった悔悟の念に圧し潰されてしまった女冒険者は彼と同じくこの『草魔の穴』で朽ちる事を選び、女神様の魂域で再び彼と出逢える事を願って魔物の群れに飛び込んで逝く結末でゴブリン達の名演は終わった。
これが以前、俺が【勇者】パーティーを追放された時、姫様に云われた『肩身の狭い幸薄結末』の慣れの果てなのか……
身分を捨てても愛する人を選び傍に居られた彼は短い生涯でも自分は幸せだったと云うのだろう。
でも愛する人にこんなにも早く先立たれた女冒険者に待っていたのは地獄と変わらなかった。
俺が【勇者】パーティーを去る時、【焔闘士】アルベリスを強引に連れていってたらこうなっていたのかもしれないと思ったら背筋が凍り、そして涙腺が緩んだ。
アヤネやライジ&ライラもこの結末を見て涙を湛えている。アルーさんはハンカチで顔を隠してしまった。
「俺、結婚したらもう闘うの止めます……奥さんを大事にするんだ」
「兄さまが止めるなら私も私も……」
「私もやっぱり戦闘は無理……お嫁さんになりたいな」
「俺も元々【勇者】パーティー抜けたら引退するつもりだったしな……」
「私はメイドとして主様を守る為なら命を賭す覚悟はできてますが、可能な限り幸せな結婚生活を送りたいですね……」
すっかり意気消沈してしまった俺達。そんな俺達に対して姫様はのほほんとしていた。
「いやぁ大変惹きこまれる劇でしたね。ではダンジョン攻略に移りましょうか♪」
「いや今日はもう帰りませんか?そういう気分じゃないし王都に戻ってガルザリク家に一言文句も言いたいですし」
「文句ですか?」
「貴族の下らない身分意識のせいで彼が落命した事に対してですよ。ダンジョンで落命した人の身元が解ればギルドへの報告義務だって有りますし」
「そのバキルさんですが別に亡くなってませんよ?」
「「「「「え?」」」」」
「たしかバキルさんと睦まじい仲だった女冒険者さんの名前はリリィさんでしたよね?アルーさん」
「はっ!?はい!!たしかそうです!どうしてサリーティス様がその名前を!?」
「私の国、キュリーメイズでその御二人は保護していますから」
…………は?
「私の国では有事の際、再興の為、各国の爵位家の生まれながら不遇になられた方々を保護する機関がありますので。バキルさんとリリィさんは御存命です」
「じゃあ?今見たあの壮大な悲恋劇はなんなんですか?」
「皆さんすっかり戦闘意欲を喪失してますし、そういったゴブリンの策略なのでは?」
「じゃああの主演男優が持ってたガルザリク家の懐刀は?」
「以前バキルさん達がこの洞窟に潜って魔物達と交戦した際に落とされたのでは?バキルさんの懐刀に残っていた辛い悲恋の強い思念を魔晶核が飲み込んだんでしょうね」
「「「「「………………」」」」」
「き~ぃさぁ~ま~らぁあああああああ!!!!」
憤怒の形相で振り向いた俺達を見て、ゴブリン達は脂汗を滾々と流していた。
「貴様ら許さん!!!!『極大爆砕魔』!!!!!!!」
俺が放てる最大級の爆砕魔法をお見舞いした。舞台もゴブリン達も吹き飛ばした。
このダンジョン潰す。絶対潰す。




