3.有翼一角氷獣≪グラセアリコーン≫
『召喚!≪有翼一角氷獣≫!!!!』
白い光の魔法陣から具現化されたのは翼の生えた氷の一角獣だった。
暗い夏の夜空に古代神話にも出てくる一角獣が白い光の粒子を優しく撒き散らしながら宙に浮いている。
「ちょっとケント!アンタなんでそんな魔法使えるのにずっと黙ってたのよ!?」
またも勝気な金髪の【雷双剣姫】ラティーナが俺に突っかかって来る。
実際俺が古代魔術を完全再現できるようになったのは再び魔法技術学院を訪れてからだ。
古代神遺跡で見た石壁は全て念写して魔法学院の図書館に蔵書されてた古代文字の史料と示し合わせて完全再現させた。
魔法学院に再訪した際に【究極魔導士】の彼が仲間に加わり、
戦闘中に魅せる彼の圧倒的な魔法の才覚、一見しただけの他の魔導士の独創魔法を再現できるという噂の前に古代魔術を披露する機会を逸していた。
長い旅で手に入れた俺の魔導具創造技術もあっさり習得されたので猶更、披露する気にはなれなくなり、
再現できた古代魔術を再び秘宝の儘、終わらせようとしていた俺の浅ましさを眼前にいる【エルフ姫】は見抜いていたようだ。
ラティーナに深く追及されると触れられたくない俺の内情まで晒され、何時迄経っても出立できそうにないので【エルフ姫】を急かす。
「サリーティス姫、この一角獣に乗って下さい」
「え?はい。どうすればこの神秘的な一角獣に乗れるのでしょうか?」
「一角獣の身体に触れてみて下さい」
「解りました。では」
そう云って金色の髪が美しい【エルフ姫】が華奢でスラリとした腕を伸ばして白く輝く一角獣に触れる。
「きゃっ!!?」
≪有翼一角氷獣≫に触れた瞬間、姫様の身体が浮き上がり、一角獣の背に跨っている。
金色髪に瑠璃色の軽装束を身に纏うエルフの姫様が白く煌めく有翼の一角獣に跨っている姿は正に神話的光景で仲間達からの歓声が上がった。
俺も一角獣に同乗したいのがとても乗りづらい。
「ケントさん!今の詠唱なんですか?もしかして古代魔術ですか?どうやるのか教えてくださいよ~!」
幻想的な光景に銀髪の【究極魔導士】が好奇心に満ちた無邪気な声で俺に尋ねる。
彼の無邪気な声を聞くとどうしても萎えてしまう。姫様に尋ねる。
「...彼に一から教えないといけないのでしょうか?」
「いえ其処までなさらなくても結構です。彼にもまだまだ知らない世界があると自覚させてあげれれば良かったのです♪」
やはり【究極魔導士】である彼の成長を促す為の采配だったようだ。
「え~教えてくれないんですか~?ケチぃ~」
まあ彼なら古代文字さえ読めるようになれば古代魔術すらも朝飯前に習得してみせるのだろう...
そのくらいの勉学は自分でして欲しい。
俺も一角獣に跨ると沸いていた歓声も静まった。
そして【エルフ姫】を背中に有翼の一角獣に跨る俺の近くにゆっくりと歩み寄って来る紅い髪の愛しい人の姿を視認した。
「まだこんな幻想的な魔法を隠し持っていたのだな...ケントの努力はずっと傍で見て来たつもりだったが知らなかったよ」
「嗚呼...」
「...魔導士として弛まぬ努力を続けていた君の姿が私は好きだったのだと想い出す事が出来たよ...いつかその≪有翼一角獣≫に私も乗せてもらえるだろうか?」
「一角獣って股の緩い女は嫌いらしいぞ」
アルベリスの告白が照れ臭くて俺はつい軽口を叩いてしまった。彼女は一瞬キョトンとした。そして呟いた。
「最低だな。ケントは」
その言葉とは裏腹に彼女は笑顔だった。
「それを運命として受け入れようと諦観していたが私も【焔闘士】として最後の最後まで足掻いて鍛錬に励もうと思う。この一角獣にも嫌われたくないしな」
アルベリスは白く煌めく一角獣を愛しそうに見ながらそう話した。
近くにいて俺の軽口が聴こえたのか【雷双剣姫】が「私は【勇者】一筋よ!!!」とムキーッと怒りだしている。
そろそろ発たないと俺の身が危ない。常に勝気な【雷双剣姫】の俺に対する言葉は罵倒の方が多かった気がする。
とはいえ、長く共に旅して来た仲間達との絡みが今日で無くなると思うと寂寞の思いが込み上げて来る。
「ケント様、もう行きましょうか」
俺の表情が崩れそうだったのかエルフの姫様に別れを促がされる。
「それじゃあ元気でな...いつかまた必ず逢いたい」
「私もまた逢える日を楽しみにしてる」
最後にアルベリスの笑顔が見れて良かった。サリーティス姫には感謝しないといけない。
≪有翼一角氷獣≫がその白く輝く翼を動かすと俺と【エルフ姫】は一段高い上空に翔け上げる。
すっかり大所帯となっている【勇者】パーティーの仲間達は俺の≪有翼一角氷獣≫を好意的に見る者もいれば
「それくらいは当然だ」と憮然している者もいた。そして俺が驚いたのは【獣皇】の姿を見た時だった。
人間の倍以上ある鋼の巨体躯に魔法を寄せ付けない強耐性を備える白銀の毛並みを全身に纏う【獣皇】タイガ・ルベルネス―――
戦闘中以外はその双瞼を常に閉じており獣人族の王として偉容な雰囲気を放っている【獣皇】が俺の魔法を片目ではあるがその皇眼で見てくれていた。
俺のただひたすら魔導を極めようと努力してきた旅の日々は無駄ではなかったのだと救われる思いがした。
【エルフ姫】と俺を乗せた≪有翼一角氷獣≫は更に天高く翔けて往く。
こうして俺の魔導士としての【勇者】とその仲間達と歩んだ長かった旅はこの夜で終わった。
***
「有難う御座いました」
「何がです?」
≪有翼一角氷獣≫に跨り夜空を翔けている俺は背中に抱き着いている【エルフ姫】に礼をする。
「姫様のお蔭で彼女を失わず、最後に再び誇りを取り戻す事ができました」
「それはケント様の努力の賜物ですよ♪私としても御二人には素敵な幸運結末を迎えて頂きたいですし」
「それにしても本当に【勇者】から離れて良かったんですか?」
姫様に何気なく尋ねた瞬間、背中から悪寒を感じた...
「全く問題ありません。というより離れたかったので...女性の体の一部を馬鹿にしながら抱くとかあのクソ【勇者】本当〇んで」
悍ましい声が背中から聞こえた。これは流石に気のせいでも幻聴でもなかった。俺は恐る恐るゆっくり振り返る...
するととても晴れやかな笑顔をした金色髪のエルフ姫だった。この十全十美な美しい姫様の笑顔を見るとやはり幻聴か?と思いたくなる。
「あの...今のって?...」
「申し訳ございませんケント様。私...特殊能力で下らない未来ばかり視えてしまうとどうしても口が悪くなってしまうのです...」
さっきの言葉は「口が悪い」で済むのだろうか?...
『万感予知』の特殊能力はその能力が齎す恩恵も多大だが本人への負担もかなり大きいのかもしれない。
「【勇者】ベルギーク様と一緒に居てもどうしても良い未来が視えなかったのでケント様について行く事にしたのです」
何故大して面識もなかった俺なんかについて来るのか不可思議だったが単に【勇者】とサヨナラしたかったようだ。
「勿論私が素敵な未来を視れるよう、ケント様には期待していますよ♪」
「...俺には姫様が満足する未来を創れるような力は無いと思いますけど」
「『人々の役に立つ魔導具を創る』のですよね?素晴らしいじゃありませんか♪それにケント様お一人で何もかも実現できるとは思っておりませんで大丈夫ですよ♪」
「はぁ...頑張ります」
「因みに浮気や火遊びしたら直ちにアルベリス様に報告しますのでそのつもりで。うふふこれから楽しみです♪」
もしかして俺はこの【エルフ姫】に巧くまるめ込まれたのかもしれない...




