28.異世界少女、暴走前ダンジョンでレベリングする
「アヤネを戦闘要員にするつもりですか?」
【エルフ姫】の無茶振りによりダンジョンの魔晶核を獲得する事になった。
魔導士の俺を始めとするいつもの魔導具工房メンバー+姫様専属メイド、アルーさんは暴走寸前で魔物の数が尋常じゃないダンジョン『草魔の穴』に挑戦している。
攻略初日は1階層を埋め尽くす暗緑のゴブリンの大群を殲滅するだけで終わってしまった。
初日を終えた時点で判明したのは魔導具工房メンバーである異世界から召喚されやって来た女神様の【加護】を持つ少女アヤネのLv.が1→7に上昇した事だ。
彼女の世界では強さの指標の一つとしてLv.(レベル)という概念が存在するらしい。
この世界で云うところの習熟値とほぼ同義だろうか。この世界では一番解り易い強さの指標はやはりランクだ。
アヤネの異世界千里眼によれば長年【勇者】パーティーの魔導士だった俺はLv.57、双子兄妹ライジ&ライラは仲良くLv.18、メイドのアルーさんがLv.22とライジ&ライラより高い事に一同驚いた。
エルフ国の姫様であるサリー姫のLv.14だった。
姫様は自身のLv.を聞いて、「私は弓を嗜む程度ですから。私もこのダンジョンで頑張らないと♪」とニッコリ微笑んでいた。
『草魔の穴』の攻略2日目、まずは昨日『掃除』した1階層の確認から。
昨日千以上の魔物を屠ったにも関わらず、今日も200近い魔物と遭遇し殲滅した。
下の階層にも上の階層に溢れんばかりの数の魔物が潜んでいるという事か。それでも進まねばならない。2階層へ挑む。
2階層も魔物の『波』が蠢いていた。魔物の構成は1階層と然程、変わらなかった。
「お前ら多すぎるんだよ!『烈風脚』」
「兄さまの邪魔はさせない……『≪棘棘≫』」
「ライジ様の邪魔をしているのはライラ様のような気がするのですが。『風刃一掃』」
そんな感じの前衛組は2階層でも順調に魔物を屠っていく。
妹がくっついたままのライジは蹴りで応戦している。お兄ちゃん凄い。
気になるのは薄暗いダンジョン内の洞道の上方を飛んでいる魔蝙蝠くらいだ。
『必中矢≪氷槍≫』
弓に矢を番えながらその碧い宝珠のような目を眇め狙いを定めている【エルフ姫】が煩わしい蝙蝠達に向けて矢を放つ。
放たれた矢はその姿を氷の槍へ変貌させる。氷の槍が魔蝙蝠の身体を穿ち、魔蝙蝠は魔石に姿を変え、地面に落ちる。
姫様が放った矢は俺が予めその鏃に攻撃魔法を付与した特製の魔法矢だ。
「アヤネさん、矢をジャンジャン複製して下さい♪」
「はい!『複製≪氷槍矢×30≫』」
アヤネが女神レミール様より授かった超特殊能力『無彊複製』により俺特製の魔法矢がどんどん複製されていく。
『必中矢≪氷槍≫10連発!』
姫様が放つ魔法矢が面白いように魔物達を穿ち、その胴体に風穴を開ける。
狙いを全く外す様子が無いのは姫様の特殊能力『万感予知』の恩恵だろうか?
姫様の弓術と際限なく矢を補充するアヤネの『無彊複製』の相乗効果は抜群のようだ。
「矢の残数を気にせずガンガン撃てるのは大変気持ちいいですね♪アヤネさんもっともっと複製を!」
「はい!『複製≪氷槍矢×50≫』」
『必中矢≪氷槍≫20連発!』
「どうしましょう?大変爽快で、矢を放つ手が止まりません。うふふふ♪ふふっ……あはははっ♪じゃんじゃん矢を持ってこぉーい!」
「は、はい!『複製≪氷槍矢×100≫』」
2階層の攻略を終える頃には姫様がすっかり射手狂になってしまっていた。
公には見せてはいけない表情をしている。
「兄さま兄さま、姫様が怖いです……」
「……ライラ、今は姫様の方を見るんじゃない。魔物との闘いに集中するんだ」
「サリーティス様のあの御姿は私、生涯墓場まで秘匿する所存です」
魔物で溢れていた2階層は氷塊まみれに変わっていた。肌寒い……
前衛組もお疲れ様。3階層に挑む前に休息を取る事にした。
アヤネの千里眼によるステータスチェックによるとライジ&ライラとアルーさんのLv.が1上昇し、荒稼ぎしていた姫様のLv.が16、アヤネはLv.10まで上昇したらしい。
そしてLv.10に到達したアヤネはどうやら『地図戦略Lv.1』と云う【地図】スキルを習得したらしい。
スキルにまでLv.があるのか。
『地図展開』
アヤネがそう宣言しながら手を翳すと青白い光を放つ、このダンジョンの地図のようなものが顕現した。
その階層の最短経路や魔物の数、種類まで詳細に把握できるという優良スキルのようだ。
「おおおー!!これは凄い!」
「これは便利便利……」
「これなら一層、ダンジョンの掃除が捗りますね」
「皆の役に立てて嬉しいです。えへへ」
前衛トリオとアヤネは新スキルの顕現に盛り上がり、和気藹々としていた。
少し離れた場所で俺は気になっていた疑問を姫様にぶつける。
「アヤネをこれからどうするつもりですか?」
「どう?とは?」
「彼女を鍛えて戦場に立たせるつもりですか?今の習得したスキルだってどう見ても彼女の希望である職業の【商人】から派生したものです」
「……商人として生きていくとしても弱いままではこの世界では生きていけませんよ。商人は襲われ易いのがこの世界の常です。弱い商人なら尚更です」
「たしかにそうだけど……」
「これからアヤネさんの神力を巡って不毛な諍いが起きるかもしれません。そうなった時、アヤネさん自身が強くならなくては私達と出会う以前のようにまた逃げ続けなければならなくなってしまいます」
姫様がそこまで考えていたなんて俺なんかより姫様の方が立派な後見人だった。
「済みません。思慮が足りませんでした。アヤネをこの世界の闘いに巻き込みたくなかったんで」
「安心して下さい。彼女が自分で意思を示さない限り、命の危険が及ぶような場には立たせませんから」
「このダンジョンは問題ないと?」
「ケントさんがいるじゃないですか♪」
「言ってくれますね」
「うふふ♪では3階層に行きましょうか」
話を終えた俺と姫様の前にアヤネが駆け寄ってきた。
「あの…私も弓を教えて貰ってもいいですか?」
「いきなりどうした?」
アヤネが武器を持つ事に俺は一抹の不安を覚えた。
「あら。アヤネさんも弓の素晴らしさを体感したのですね♪」
「はい……姫様凄いなって」
「解りました。では弓の放ち方をお教えしますね。アヤネさんが弓に興味持ってくれて嬉しいです♪」
……多分アヤネが弓を覚えたいのは際限なく矢を連射する射手狂状態の姫様が怖いからだと思う。




