19.子供の可能性は∞?
久々の投稿になってしまい申し訳ありません。
「魔導車工房用の土地は此処かな?」
俺の故郷であるレジル村から隣町へ続く畦道を10分くらい歩いた場所にある、今は作物も育てていない無耕地の敷地に俺は来ていた。
村長に魔導具の工房用の土地を貸してくれないかと交渉した結果、この場所を提供された。
土地の広さは完成した魔導車を百程は陳列できそうな広さはあった。
これから建築魔術で工房兼住居を創作するから、魔導車を陳列する空間はもっと減るが
『≪煉瓦家建造≫』
俺が建築魔術を駆使すると現れた燐光が地面に広がり、夥しい数の土煉瓦を誕生していく。
そしてその煉瓦達が生き物であるかの如く動き出し、一つの建物を創り上げていく。
そうして俺の想像した魔導車工房兼住居が完成した。2階建ての煉瓦造りの建物だ。
1階は大部分が魔導車を創る為の工房で、他には休憩所、『シャワア』という魔導具と浴槽を設置する場所。それに閑所。
俺の初級建築魔術では排水溝や配管まではカバーできておらず建物の外へ排水が流れるよう穴を開けているだけだ。
建築魔術も上級、特級ともなれば隧道を掘ったり、谷の岸壁に架橋したり、
更には星形要塞や巨人も寄せ付けない外壁を建造する事も可能だ。
【勇者】パーティーとしての短い逗留期間では魔法技術学院で建築魔術の分野まで習熟する余裕など無かったので
この煉瓦造りの工房が今の俺の精一杯だ。
2階はこの工房でも生活できるように俺と姫様とアヤネの部屋、双子の弟子のライジ・ライラが泊まれる部屋。
他にも数人が宿泊できる部屋に皆で食事できる空間を用意した。
一応新しい工房兼住居の部屋の枠組み、間取りは完成したが部屋にはドアもなく、窓も「穴」という感じだ。
今は夏だからいいが、とても冬は越せそうにない。細かい内装は村大工に依頼しよう。
家具や寝具、生活用品は明日以降、順次運び入れよう。
「とりあえず魔導車工房の完成だ」
一仕事終えて、建物の外で一息ついていると妹のエウレルが赤子のレウズを抱きながら、俺に会いに来た。
そしてもう一人、年端もいかないまだ短躯の鳶色の髪の少年も一緒に居た。
「兄さん」
「どうした?」
「この子が兄さんに会わせて欲しいって…」
妹にそう云われ、少年の方をまじまじと観察する。その少年はどこか悄然としている。
「あの。オレ、ラルって言います。魔導士様の御父上に命を助けてもらいました…」
「…そうか」
親父は命を賭して守ったのはこの子か。ラルはとても子供には似つかわしくない切羽詰まった表情をしている。
自分の為に人が死んでしまった罪悪感に今にも押し潰れされそうな顔だ。
「あの!!!オレを魔導士様の弟子にして下さい!!!」
「…駄目だ」
俺はにべもなくその頼みを断った。
***
「ここが新しい工房ですか?煉瓦造りでいいですね!」
次の日、俺とアマネは魔導車工房兼住居へ転送魔法陣を駆使して荷物運びをしていた。
アマネは王都の迎賓館にある天蓋ベットから様々な生活用品を『複製』して自分の新しい部屋に運び込んだ。
「姫様の分のベッドや生活用品も必要ですね!」
「そうだな。あとはライジ・ライラの分の寝具も必要かな」
食事用の空間に必要なテーブルや椅子数脚なども運ぶのにこの工房と王都を何往復もして、漸く暮らせる形になった。
ドアや錠が全くないので夜寝るのはまだまだ不安だ。後で村大工に依頼しに行こう。
「あれ?あの子は?」
今日も鳶色髪の少年が魔導車工房の敷地内の近くまで来ていた。
「ああ。あの子が俺の親父が命を賭して守った子だ。俺の弟子にして欲しいと云っている」
「そうなんですか…弟子にしてあげないんですか?…」
アヤネもどう言葉を紡げばいいか躊躇している。
「あの子が俺の弟子になりたいのは『憧れ』と違って『贖罪』の気持ちが強い。そんなモノ背負って弟子になるべきじゃない」
自分の命を守って死んだ衛兵さんの息子が最初の師匠となれば、それこそ少年は生涯、親父の死に縛られて生きていくだろう。
そして親父のように誰かを庇って自分の命を容易く放り投げる。そんな生き方は俺も親父も望んでいない。
「それに誰もが魔導士になれる訳じゃない」
魔導士に関しては生まれた時から持っている体内の『魔力』の量でその行く末がほぼ決まる。
努力すればとか、一流の魔導士を師事すればというものでもない。
「そうですか…でもあの子のステータスには『素質:∞(無限大)』ってありますよ?」
「なっ!!??」
アヤネの異世界千里眼は能力・称号までなく素養まで解かるのか
「その『素質:∞(無限大)』と云うのはどういうものなんだ?」
「ええと…『剣士、戦士、魔導士、召喚士、僧侶…等ありとあらゆる職業に就く事が出来る。修練すれば体力、魔力、知力、命中率、膂力、耐久力も飛躍的な向上が見込める』って書いてあります」
元々高い素養の持ち主だったのか、それとも俺の親父の死に直面して少年の素質が覚醒したと云うのだろうか?
「その『素質:∞(無限大)』っていうのはどのくらい貴重なモノなんだろうか?」
「ええと…10歳にも行かないまだ小っちゃい子供達には皆ついてます。『素質:∞(無限大)』」
子供の可能性は無限大とかそういう観念的な話のようだった。
幼子達には皆、差別なく無限の可能性を与えられている女神様、素敵です。
「でも15歳の成人の時にはそんなステータス、≪神実の石板≫には記載されてないぞ?」
「まだ身体が育ち切る前の子供の特性のようなものみたいですね」
「そんな特性があるのに子供達が何もせずその『素質:∞(無限大)』を失っていくのは勿体ないな…」
確かに王国騎士団に所属している騎士達の多くは幼少期から剣の修練を重ねて来た名家の出の子供達ばかりだ。
余程の身体能力がない限りはこの剣の精鋭達に勝つ事は難しい。
彼らは幼少期からの修練で自身の『素質:∞(無限大)』を最大限に活かしていたと云う事か。
「因みに私の世界、というか国では子供達は6歳から学校に通っています。『小学校』って言うんですけど」
「6歳から!?」
そんなに早い時期から学び舎に通っているのか。彼女達の世界の文明の発達具合も頷ける。
祖国メルフェスの人材不足を解消するには早い段階から子供達を育成する仕組みも必要なのかもしれない。
そして子供達が少しでも力をつければ子供を庇って落命する親父みたいな衛兵を減らす事も出来る筈だ。
「でも学び舎を設立するなんて年単位の仕事になるな。下手したら10年だ」
「そうですね。だから身近な所から始めていくしかないかもしれないですね」
そう云ったアヤネは鳶色髪の少年の方に視線を向ける。あの子は俺の弟子にはならない方がいいんだが。
魔導車工房の前の道端に立っている少年の前に歩み寄る。
「魔導士様、あの…」
「条件がある」
「え?」
「まずは剣戟を極めろ。剣は努力・修練次第で一定の領域まで必ず伸びる。それと掌に『魔力』を集められるようになったら弟子にしても良い」
「掌に『魔力』…」
ラルはよく理解できていないようだった。そのくらいは自分の感覚で出来るようにならなければ魔導士には到底なれない。
「返事は?」
「……はいっ!!」
ラルの顔を覆っている罪悪感の靄が少しだけ晴れてるように見えた。
『素質:∞(無限大)』の少年が何処まで伸びるのか。その答えは十年以上先になるだろう―――
俺は工房に戻ろうとするがラルはその場に立ち尽くした儘でまじまじと自分の掌を見つめていた。
するとラルの掌から朧気ながら黄色い光が顕現し始めた。
「魔導士様!出来ました!!これが『魔力』ですよね!?」
早っ!?
「これで弟子にしてもらえるんですか?」
「い、いや剣戟を極めてからにしよう」
「絶対魔導士様の弟子になってみせます!!」「あ、ああ頑張れ」
……恐るべし。『素質:∞(無限大)』




