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15.追放魔導士、故郷に帰る




「ここがケントさんの生まれ育った村なんですか?」




「そうだよ。このレジル村が俺の故郷。田畑や牧草地ばかりの特所の無い辺境の村だよ」



 祖国メルフェスの南西部の丘陵地帯にあるレジル村が俺が生まれ育った故郷である。

メルフェスを囲む山々による緑の稜線は美しいと感じる俺でも産まれた時から見続けたこの景色にはそういった感慨は一切沸かない。


 俺は正直この辺境の村が嫌いだった。住民は200人弱、隣の街へ買い出しに行くにも馬車で丸一日近くかかる。その馬車も1日2便出ればいい方だ。

家畜を育て田畑で穀物野菜を作り食肉獣を狩る、ほぼ自給自足的で余所との交流も少なく無聊な村だった。

 

 何より決定的だったのは母さんが流行り病に侵された時、この村は母さんを助けられなかった。

流行り病を癒す薬草も乏しく、病気を治してくれる魔法医も常駐していない。


 俺に魔法の才覚があると気づいたのは母さんが土に還り女神様の魂域へ旅立ってからだった。

成人の儀を迎えた15歳の頃には周囲から「神童」なんて呼ばれるだけの魔法の実力を習熟していた。

新成人を迎えた者達の隠れた才能をも啓示する≪神実の石板≫を携えてレジル村で成人の儀を催してくれた神官様からは王都へ来ないか誘ってもらえた。


 それを猛反対したのは親父だった。親父は村の衛兵をしていて生まれ育ったこの村を守る事を生き甲斐としていた。

そんな親父からは「お前の恵まれた力はこの村の為に使うべきだ」と声を聞くのが嫌になるくらい諭され続けた。


 魔法の才覚があり、王都にも誘われているのに流行り病も治せないこの村の為に生涯を費やし流行り病で朽ちていくのは俺には到底受け入れられなかった。

最終的には親父とは喧嘩別れする形で俺はこのレジル村を旅立ってしまった。


 「神童」と呼ばれ大見得切って村を出て行った癖に【勇者】パーティーは追放(クビ)になり一人で祖国へ帰ってきたのだからとても再びこの故郷の村に足を踏み入れられる気がしなかった。



「じゃあ入りましょうか?」


 異世界から少女アヤネに促される有様だ。

彼女は今日も変わらず紺色の『ジャージ』を着て、『回復盾』を両手で持っていた。


 8年ぶりに訪れた故郷の外観は然程(さほど)変わっていなかった。

村人達が暮らす住居や小屋も村を囲む外壁、高見台も全て木で造られていた。正直防衛面では(ザル)だった。



 レジル村の入り口に近づくと鉄の軽鎧を纏った若い衛兵に声を掛けられる。


「ちょっと待って下さい。この村に何の用ですか?」


「エウレルという女性に会いに来た。何処にいる?」


 エウレルは俺の唯一の兄妹だ。俺がこの村を出立した時は12歳だった。

今は20歳の筈だ。成長して容姿や面影も全く別人になっているかもしれない。勝手に村を出て行った俺と会ってくれるだろうか...


「エウレルさんですか?エウレルさんならあっちの広場に固まっている住居群で暮らしている筈です」


「有難う」


「あのぅその盾...もしかしてエウレルさんのお兄さん...『あの』魔導士ケント様ですか!?」


 衛兵の青年は興味深そうに俺が持つ『焔矢盾』に目配せして尋ねてきた。

あまり騒がれたくないから名前を伏せていたけどバレてしまった。


「『あの』って云うのは?」


「なんでもエルフの国のお姫様に身請けされ奴隷のようにこき使われて魔法の盾を配る為に国中を駆けずり回っていると風の噂で聞きました」


 いつの間に俺は奴隷落ちしたんだろう...確かに姫様にこき使われてる気はするが。

情報の不正確さもこの村の余所との交流の少なさを如実に物語っている。やっぱり苦手だ。


「このレジル村にも噂の魔法盾を提供してくれるんですか!?うわー嬉しいです!!!」


「それは妹と久方ぶりに再会してからにするよ。いいよね?」


「勿論です!!!」


 そう云って若い衛兵の青年は村の入り口に近くにある衛兵の詰所へ駆けていった。どうも親父は非番のようだ。

妹エウレルが暮らしているという住居群へ向けてアヤネと共に歩き出す。


住居群へ行き偶々(たまたま)すれ違った子供連れの母親らしき女性にエウレルの家の場所を尋ねた。

エウレルは昔俺や親父と暮らしていた家とは違う場所に住んでいた。成長した妹の年齢を考えれば結婚していてもおかしくない。


「訪ねないんですか?」


アヤネが久しぶりの妹との再会に躊躇している俺の背中を押す。その時だった。


「もしかして兄さん?....」


 振り向いた先には茶髪の大人びた女性がそのか細い両腕で大事そうに赤子を抱えていた。

エウレルはすっかり成長して全く別人の風貌だったがどこか亡くなった母さんの面影を感じた。妹は母親になっていた。


「たぁーたあ」


 俺の事を見た赤子が手をめいっぱい振っている。こっちも手を振り返す。


「エウレル。久しぶりだな...」


「帰って来てくれたんだ...兄さんが【勇者】ベルギーク様のパーティーに加入したって聞いてもう会えないと思ってた...」


 妹は目を潤ませ、涙を(たた)えていた。妹が俺の帰りを待っていてくれたと解り、こっちもこの上ない感情が溢れそうになった。


「結局実力不足で【勇者】のパーティーを途中で下番して祖国・故郷に戻ってきちまった」


実の妹に追放(クビ)になったと自嘲する事は出来なかった。


「8年近くも勇者様の為に闘ってたんでしょ?十分凄いよ...」


「お前だって新しい命をこの世界に誕生させたんだ。尊敬するよ。この子の名前は?」


「レウズって名前にしたの。レウズ、この人が貴方の伯父さんよ」「たぁたぁ」


 伯父さんと呼ばれ背中の辺りがむず痒くなった。話題を変えよう。


「エウレル、親父は?」


 そう云った直後、妹は哀しそうに目を伏せた。その瞳に湛えていた涙が零れ落ちた。その雫だけで理解できた。

親父は村を守るのが使命の衛兵だ。そういう意味での覚悟はしてた。





「兄さん...お父さん死んじゃったの...この村の子供を守って...」


 【勇者】パーティーが祖国メルフェスを旅立った後、少なからず落命者が居たと云う―――


 その落命者たちの中に親父もいた。



 妹に連れられてレジル村の村長の屋敷を訪れて挨拶を交わした後、俺は親父の死の詳細を聞かされた。

2年前、衛兵だった親父は近くの森へ迷い込んだ子供を探索する事になり、襲われそうになっていた子供を助ける為に十数匹のゴブリンの群れに単独で飛び込んだらしい。

 親父はゴブリン如きに敗れる程非力な兵士ではなかったが、子供を守る為、身を挺し盾となりながらの戦闘では手数で押され全身は酷く損傷してしまった。

それでも親父は子供をゴブリン達から文字通り死守した。全てのゴブリンを殲滅した頃にはもはや手遅れな程血を流し過ぎたらしい。

救援の衛兵達にはとても処置出来ず親父は事切れてしまった。

親父は本当にこの村の為に生き、その生涯を閉じた。



 村長には魔導具の盾の提供しに故郷を訪れた事を伝えると喜んでくれた。特に魔法医のいない閑村なだけに『回復盾』は特に喜ばれた。最近では不便なこの村を出て生きたい若者が増えて困ってるらしい。


エウレルは「こんな魔法の盾がもっと前からあったらお父さんも死ななかったのかも...」と微かな声で呟いた。

赤子のレウズは「たぁ」と可愛い声を発しながら『焔矢盾』に触ろうとしていた。


 親父の訃報を聞いてから何処か上の空の俺を気遣ってくれたのかアヤネは村長の屋敷の前に集まってきた村の若者達に魔法盾配りを手伝ってくれないかと一人で頼みに行ってくれた。

妹には今晩俺達が泊まる準備をするからその後お父さんお母さんの墓参りに行こうと言われた。



親父と母さんの墓はレジルの村を一望できる高い丘にある。

気づけばもう太陽がメルフェスの稜線に隠れて沈もうと空や山々、棚田や牧草地、村も全てに橙に染め上げていた。


「ここがケントさんのご両親が眠るお墓なんですね。それに綺麗な夕陽…」


魔導具配りを終えたアカネは墓参りにも同行してくれた。

この景色は母さんがまだ生きてた頃、幼いエウレルに親父と母さんと家族4人でよくこの丘に戻り鮮やかな橙の光景を見に来ていた事を思い出した。夕陽が目に染みる程眩しかった。

今の俺にはもう墓の前で祷りを捧げる事しか出来なかった。


「…俺が村を出なきゃ親父は死ななかったかな?」


懺悔に近い言葉しか出なかった。妹がその問いに応えてくれた。


「あれでもお父さんは兄さんが勇者様のパーティーの一員になった事を自慢してたんだよ」


「そうか…」


俺は親父が命を懸けてまで守りたかったこの村に対して何が出来るだろう?…


「アヤネ、君に聞きたい事がある」


「なんですか?」


橙色の陽の光に染まっている異世界から来た少女に尋ねてみたくなった。





「違う世界から来た君だったらこの寂れていく村をどう変える?」



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