13.追放魔導士、笑ってはいけないギルドマスターと対面する
「なあ此処にケントの野郎はいるか?」
俺は【エルフ姫】に導かれて女神様から授けられた≪力≫を持つ異世界からやって来たという少女、トモエ・アヤネと出逢った。
彼女の超特殊能力『無彊複製』の≪力≫を借りて、俺の祖国メルフェスの街や村の人達に魔法が付与された『焔矢盾』『回復盾』を大量に提供する事が出来た。
先日の盗賊団一斉摘発のお蔭で、どこの街も村も『魔導士ケントの魔法盾』を積極的に受け入れ、その使用方法も覚えてくれた。
全ての街や村を巡るのは転移魔術を駆使しても流石に一週間以上かかった。
同行してくれたアヤネは不平を云わずにその複製能力を使い続けてメルフェス巡りを最後まで手伝ってくれた。複製した魔法盾の数は万にも近いかもしれない。
訪れた街や村でその複製能力で魔法盾を量産・提供し多くの人に感謝された彼女は女神様から授かった≪力≫を正しく行使する事に悦びを感じているようだった。
最初は怖がっていた≪有翼一角氷獣≫に跨っての空の旅も最終日にはメルフェスの自然の絶景を鑑賞しながら楽しんでいた。俺も打ち解ける事が出来たようで彼女からはライジ・ライラ同様、呼び捨てで良いと云われた。
ともあれ俺の魔導具がメルフェス国中に大量に広まった事で落命者が減ってくれるといいのだが。
魔法盾の普及が終わり、次はどんな魔導具を創ろうかと思案している時、俺の魔導具工房に二人の大物が現れる事になる。
「魔導具工房へようこそ!ってこの王都冒険者ギルドのマスターじゃないですか!!??それに商業ギルドの女傑マスターまで!」「伝説の夫婦夫婦...」
来客に応対したライジが英雄級の来訪者に大声を挙げる。できるだけ避ける様にしてたのにとうとうあのギルマスと御対面か...
「久しぶりだなぁ...ケント。【勇者】一行の魔導士にしては大して目立たない餓鬼だったお前がメルフェスに帰って来てからは随分派手に暴れてるらしいじゃねえか」
そう俺に話し掛けて来たのは祖国メルフェスの英雄―――【召喚狂剣士】ダグラスタ・オルス
龍・黒虎すら手懐けたと云う伝説級の召喚獣使いでありながらその剣戟も超一流の正に英雄的存在。
【勇者】ベルギークが誕生してからは非常時以外に戦場に赴く事は少なくなり王都のギルドマスターとして隠遁生活を送っている。
その漢らしい精悍な顔つきは性別問わず魅了する。大柄ではあるが体格からして化け物という訳でない。
しかし長年の研鑽で鍛え磨き上げられた体躯に纏う『圧』は相対する者を戦意喪失させる...いやさせていたらしい。
「久しぶりに会うと貴方も少しは男の顔になったみたいだけど私から見たらまだまだ『坊や』ね。ん」
そしてもう一人の英雄―――【氷艶戒女】マリリノ・オルス
英雄ダグラスタ・オルスの元妻で今は商業ギルドマスターの要職に就いている。
以前はメルフェスの王国騎士団副総長も務めていたが【英雄】ダグラスタと出逢い結ばれ妻となり引退。しかし離縁している。
蒼みがかった白髪の【氷艶戒女】は妖艶という言葉に尽きる。胸元がざっくり空いた薄い白い装束姿でその豊満な谷間の下あたりの箇所に氷の青薔薇の刺青が彫られている。
その胸下の青薔薇の刺青に嫌でも視線を運んでしまう。
「ケントさんどこ見てるんですか?」「兄さまも最低最低...」「いやそんなじゃないって!!」
必死に弁解するライジ。女性陣に責めらせるがこれは相手の格好が卑怯だと思う。
「お前ら、俺の元妻を卑しい眼で見るんじゃねえよ」
ダグラスタが逸話通りの英雄的人物の儘であればこのように凄まれただけで俺なんかは腰を抜かしていたのだろう。でも...
「男は皆スケベだにゃ」「そうぴょそうぴょ!!」
嘗て祖国【英雄】と呼ばれた漢の両脇には猫耳族と兎耳族の娘が居た。
それだけじゃなくダグラスタは桃色の角兎を抱きかかえながらその柔らかい毛並みを優しく撫でていた。
(ケントさん、この強面の変な人、誰なんですか?...)
アヤネが小声で耳打ちして来た。異世界からやって来たアヤネからしたら只の可愛い動物好きの愉快な大男にしか見えないんだろう...
(このメルフェスで一番大きい王都の冒険者ギルドのマスターだ。絶対に笑うなよ。殺されるから...)
(笑うなってステータス見たら『右肩には兎耳、左肩には猫耳の刺青が彫られている』って体張って笑わせに来てるじゃないですかこの人...ぶふっ!!?)
笑わないよう口を閉じ我慢してる彼女も大分明るくなった。これが本来の彼女の地だろうか。
しかし本当に彫られてたのか兎耳と猫耳の刺青...駄目だ笑ったら殺される。
なんでも【召喚狂剣士】であった英雄ダグラスタは龍や伝説的魔獣達を手懐けるのに飽きたのか、
長い闘いの日々に疲れてしまったのかある時を境にテイムする獣に≪癒し≫を求めるようになったらしい。
それからは愛らしい見た目の動物達を蒐集し始め、終いにはその英雄の両肩に兎耳と猫耳の刺青を入れたという信じ難い噂が王都に広まった。
「その兎耳と猫耳の刺青を目撃し嗤った者は王都から姿を消す」という都市伝説が王都に存在している。
それだけでなく【氷艶戒女】マリリノ・オルスが離縁を決意したのはその刺青が原因だという風説まで流れていた。
死線を垣間見て以来すっかり女狂いになってしまった【勇者】ベルギークもそうだが、長い闘いの日々というのは精神を擦り減らし嗜好すら変えてしまうのだろうか?...
「あら♪とても可愛い角兎さんですね♪」
金色髪の【エルフ姫】は英雄にも全く臆する様子はない。
「アンタがエルフの国の姫か...俺はダグラスタ。王都でギルマスをしている」
「私は商業ギルドを仕切っているマリリノよ。宜しくね。ん。『坊や』ったらこんなエルフのお姫様どうやって口説き落としたのかしら♪」
「エルフ国の皇女サリーティス・アメルです。お見知り置きを...それにしてもケントさんの周りには個性的な方が多いですね♪」
姫様が寄せ集めてるんじゃないんですかね?
「それでどうして王都の二大ギルドマスターが揃って俺なんかの工房に来たんですか?」
「どうしてってお前が国中にばら撒いた魔導具に関してに決まってるだろうが」「だろうにゃ」「だろうぴょ」
絶対に真面目に話する気ないだろ…
「ん♪それがね。メルフェス各地から商業ギルドに苦情が上がって来てるのよね。盾や回復草、ポーションが売れなくなったって。勿論貴方の試みはとても評価してるわ。でもギルドとしては困っているの。解るでしょ?ん」
さっきまで笑いを堪えるのに苦心していたアヤネの表情が蒼褪めていた。
「御迷惑をお掛けして済みませんでした。もう魔法盾は勝手に創りませんから。この場は収めて頂けないでしょうか?」
俺は二人のギルマスに深く頭を垂れ謝罪した。
「別に俺達は魔導具創るなって責めに来た訳じゃねえんだよ。早合点するな」
「頭さえ下げればなんでも解決するなんて思うにゃ!」「うぴょうぴょ!」
なんなんだよこの二人は...
「あの...真剣な話をしてるんでこの猫耳と兎耳の子達には外してもらえないですかね?」「にゃに?」「うぴょ!?」
「ケントお前...この二人、メネ、ライの尊い愛くるしさが理解できないのか!?」
ダグラスタの眼圧を受けた瞬間、全身が硬直した。動けない。
猫耳兎耳の子達の話題の時に限って英雄の覇圧を飛ばさないで欲しい...
「とっても可愛い御二人ですね♪どうか私と一緒に遊んで頂けないでしょうか?」
「エルフの姫様に褒められると照れるにゃ」「是非遊びたいぴょ」
【エルフ姫】が猫耳兎耳の二人を巧くこの場から離してくれた。
二人が離れて露骨に落ち込んでより大事そうに角兎を撫でないでくれギルマス。
やれやれと云った様子で額に手を当てている元妻女の【氷艶戒女】。
「ねえケント。商業ギルドだって魔導具を創るなって云ってる訳じゃないわ。でも委細を聴取して各方面との調整をしないといけないって事は貴方でも解るでしょ?ん」
「そう云うこった。なんでも伝聞によればそっちの黒髪の嬢ちゃんが摩訶不思議な黄色い光で魔導具を大量に生み出したって話じゃねえか?どういう訳だ?」
さっきの俺が受けた ダグラスタの覇圧を目の当たりにしてアヤネはすっかり震えている。
俺は彼女の協力を取り付ける際にこのメルフェスでは絶対に辛い思いはさせない、傷つけないと約束したのだ。
「勿論事の顛末は全てお話しします。でも...」
「彼女はこの魔導具工房の一員であり大事な仲間です。絶対余所には渡しません」
祖国メルフェスの二大英雄ギルドマスターに俺は宣言した。




