11.異世界少女、暗殺者に狙われる
「その超特殊能力っていうのは一体?...」
【エルフ姫】に導かれて巡り合う事になった異世界から訪れたという黒髪の少女、トモエ・アヤネ。
彼女はこの世界を司ると謳われている女神レミール様から授かったという『無彊複製』という≪力≫で
目の前の果実水が注がれている白磁のコップを1つから3つに増やして魅せた。
「えーと...私もこの世界に一緒に来る事になった男の子から聞いたんですけど異世界転移する前に女神様から授かる反則級の≪力≫の事を超特殊能力って呼ぶらしいです」
「とても便利な≪力≫ですね。お水美味しいです♪」
サリー姫はお気楽に彼女が複製した果実水を飲んでいた。
先程の彼女の能力披露は地味ではあるが森羅万象を超越するだけの力である事は解った。
「その気になったら君はどれくらいの数、複製できるの?」
「...実際にやった事は無いですけど万単位だっていけると思います」
何もない虚無の空間に固有物体を本当にいくらでも複製できるというのか...
そんな事【究極魔導士】の彼にだって不可能だろう。
まさに女神様が授けた神力と云っていい。この力を駆使して商売すれば億万長者も容易い。
「こんな凄い力が使えるならこのメルフェスなんかに態々来なくても成功できるんじゃないか?」
「それが...これを見て下さい」
彼女が紺色の布に水色の取っ手が縫い付けられているこれまた変わった鞄から取り出したのは商業ギルド発行の名刺のようだった。
そのカードは紅かった。紅いギルドカードというのはその持ち主が危険人物である事を示している。
そしてそのギルドカードには『相場破壊者』の烙印が刻み込まれていた。
「送り出してもらった商業大国でセレブ...お金持ちになりたいって商売を始めようとしたら貴族の偉い人達に目をつけられてしまって...あくどい商売をさせられそうになって、私の≪力≫は悪用できないって言ったら激怒されてギルドカードもこんな色に...それからはどこの商業ギルドに行っても断られて...」
商業大国バイナラはその富力・交易力から周辺諸国への影響力も尋常ではない。
彼女はその神力で一攫千金を夢見て商売を始めたが豪商貴族達に灰色商売を強要され拒否した結果、排除される存在になってしまったようだ。
女神様の≪力≫は悪用できないという事はいずれは正攻法で自分達の商売域に攻めて来るという事だ。脅威になる前に潰すのは当然かもしれない。
彼女の不幸は男尊女卑のバルツァに召喚され、次にいきなりバイナラに進出してしまった事か。
「でもその≪力≫を正しく使えば味方になってくれる人だっている筈じゃ?...」
この質問は再び地雷だったのか彼女の表情が曇る。
「勿論旅に途中、味方になってくれる人もいました。でも私の存在が許せないのか追手がしつこくて...暗殺者も襲い掛かってきました」
「暗殺者に襲撃されて無事だったの?」
「はい...危なくなるといつも光の壁が現れて助けてくれるんです」
光の壁...『光球神壁』か。
彼女も女神の【加護】を持っているという事だ。俺が【勇者】の旅を諦めた理由。
女神レミールに直接対面したとまで云うのだから寧ろ持っていて当然か。
「それにしてもそこまでやるのか豪商貴族って人種は」
たしかに自分達が作る商品・作物が売れなくなるというのは大袈裟でもなく死活問題だ。彼女の商行為は自分達の息の根を止めるものだと認識してもおかしくない。
だから商業ギルドも商行為から悲劇が生まれないよう入念に価格設定したり競業過多にならないよう粉骨砕身している。
「でも最後の方は暗殺者の人達も私は殺せないと観念したようで徐々に減っていって最後の一人の暗殺者の人はこのメルフェスって国まで一緒に旅してくれました」
「『光球神壁』の力、凄いな!」
「その暗殺者の人は暗殺の報酬は生まれ育った孤児院に寄付してるって言ってました」
「暗殺者と世間話て...」「まあ今時素晴らしい暗殺者さんですね♪」
暗殺者に素晴らしいとかあるんだろうか?
「あとステータスにも『シスターと子供大好き♪』って表示されてました」
本当になんなのその千里眼。そんな事情を抱えた暗殺者なんて解ったら滅茶苦茶戦いにくくない?
報酬は孤児院に寄付されるから素直に暗殺されろと?
「その暗殺者はなんでメルフェス迄、君を送って居なくなったの?」
「ここは農業だけの食糧庫みたいなもんだから、問題ないって言ってました」
俺の祖国、豪商貴族や暗殺者におもいきり舐められてた。
とにかく彼女の『無彊複製』という女神様が授けた甚大な≪力≫は既存の商売にぶつかると既得権益層から激しい反発を喰らうと。それこそ命を狙われるくらいに。
でもそれなら...
「トモエ・アヤネさん」
「はい...」
俺の問い掛けに彼女は再びビクリとする。今までの話を聞いた俺がどんな言葉を発するかなんて彼女も解りきっている。
自分の≪力≫を利用されるのが怖いのだ。それで散々怖い目に遭って来たのだから。
だからと云ってこの出逢いを無駄にする訳にはいかない。彼女に少しでも誠意を感じて貰える言葉を紡ぐしかない。
「俺はこのメルフェスの殉死者を少しでも減らせるように人々の役に立つ魔導具を創り、広めたいんです。貴方が女神様から授かったその≪力≫を貸して頂けないでしょうか?メルフェスでは相場破壊者なんて迫害もさせないし絶対に貴方を傷つけたり≪力≫を悪用したりはしません。お願いします」
そう云って俺は机越しに彼女に深く頭を垂れた。彼女がどんな表情をしているか解らない。
「...解りました。居候させて頂ける間は協力します」
「有難う」
「この出逢いは素晴らしいものになりますよきっと♪」
金色髪の【エルフ姫】は穏やかに笑っていた。




