1.色々キツいので追放されたい
「悪いなケント。お前にはこのパーティーを抜けてもらう」
漸くこの瞬間が来たと言った方がいいのかもしれない。
【勇者】のパーティーを追放になるというのに悔しさより嬉しさを感じてしまった。
俺はケント。祖国メルフェスでは唯一無二の神童と称された事もある魔導士だ。
その魔法の実力から同じ祖国に誕生した【勇者】ベルギークや【賢者】、【雷双剣姫】、【聖女】と共に祖国に蔓延る魔物や魔族を倒す旅に明け暮れた。
国内では敵無しとなった【勇者】パーティーは魔物や魔族の侵攻に苦しむ諸外国を援護する救世の旅に出る事となる。
祖国では魔導士としての栄誉や名声を欲しいままにしていた俺だったが世界に出ればそんなものは砂上の楼閣である事を知る。
ある国の魔法技術学院で学ぶ魔導士達の実力には驚かされ、教鞭をとる教授達の魔術研究室には好奇心に胸が躍る魔術研究議題ばかりが存在していた。
此処で魔法は攻撃、防御だけでなく付与魔術や時限式魔術、転移魔術、詠唱短縮技術、無詠唱の実践法、魔法陣の在り方等学んだ。
学院を出立する際、いい男がまだ此処で学びたいと駄々をこねてしまい仲間達に笑われたのはいい想い出だ。
旅の途中ではエルフやドワーフ達が暮らす里にも立ち寄った事もある。
ドワーフの里では金属と魔石を融解合成させる独特の魔法鍛冶技術を学ぶ事が出来た。
更には有名な伝承が遺る古代神遺跡ナバロウに潜った際には古代魔道具の設計図面や古代魔術の魔法陣が刻まれた石壁を発見した。
古代文字ではあったが魔法学院の図書館の片隅に蔵書されていた古代アザルト文字の史料に目を通した事のある俺にはそれを理解する事が出来た。
俺がした世界を巡る旅は【勇者】パーティーの救世の旅と言うより未知の魔法・魔術探求の旅だったのかもしれない。
いつの間にか俺は魔導具を創作できるだけの知識や技量を習得していた。
【勇者】や仲間が快適な旅を送れるように独作した魔導具の一つが移動住居魔導車である。
俺のこれまでの財産を奮発してミスリル鉱石の大塊を取得して風属性のワイバーンの魔石を融解合成して創り上げた力作だ。
動力源は風魔法で車体に付属している車輪を高速回転させる仕様だ。ミスリル製なので魔物に直接突っ込む攻撃も可能ではある。
車中の内装にも拘りフカフカのベッドも用意した。用意したのはいいのだが...
「今日も4人仲良く朝までイチャつくのかなアイツら?...」
「...そうかもしれないね」
今日も俺の傑作魔導具の中で【勇者】と勇者に想いを寄せる3人の女性が繋がりその愛を確かめ合っていた。
これがこの世界の民達から英雄視されている【勇者】パーティーの夜の日常である。
勿論最初からこうではなかった。転機は救世の旅の途中に遭遇した魔王鬼軍の幹部と自称する魔族との闘いであった。
自ら幹部と言うだけあってその魔力は強大で俺達は全滅寸前まで追い込まれた。
魔族が放つ強力な闇黒魔法の前に死を覚悟したその時、【勇者】や【加護】を持つ仲間達に『光球神壁』が展開された。
女神レミールの神力により一命を取り留めた【勇者】は≪聖剣・メルヴァジュラ≫で魔力を使い切った魔族を屠る事に成功した。
しかし死線を垣間見た俺達【勇者】パーティーはそれから大きく変わってしまった。
初めて自身の死を意識した【勇者】と以前からその勇者に想いを寄せていた【賢者】、【雷双剣姫】、【聖女】は生きた証を求め繋がり深く愛し合うようになった。
変わったのは彼等だけでなく俺もだ。俺は女神の【加護】を持ち合わせていなかった。
運よく近くに居た仲間達の『光球神壁』に助けられただけで少しでも仲間達と離れていればあの時俺は死んでいた。
冒険者としての俺は既にあの瞬間死んだと思うようになってしまった。
ガキの頃は「神童」なんて呼ばれていたのに女神様に愛されてはいなかったようだ。
それからは【勇者】や仲間達に意見する気も起こらず、率先して夜の見張りをしている。
世界を救うとされる【勇者】や仲間達の夜の平和を守るのが残り少ない俺の仕事だと感じている。
ただの夜の見張りならいいのだが、【勇者】と繋がり合う女性の一人【聖女】マリスは密かに俺が想いを寄せていた女性なのだからこれまたキツい...
彼女の想いは当然知っていたし勝ち目のない想いなのは分かっていたから【勇者】と彼女が結ばれた事自体に不満は殆どないが近くで見張りをしないといけないのは中々堪える。
【勇者】と繋がり愛し合い朝を迎えた彼女の姿は目が灼ける程眩しかった。
こんな生活続けていたらとっくに気が狂ってもおかしくないが俺と一緒に夜の見張りをしてくれた人がいた。
彼女の名はアルべリス。
祖国メルフェスの隣国アズサで知り合い、国家転覆を狙った魔族が起こした魔物の暴走から国を守る際に共闘し、
意気投合して比較的早い段階で【勇者】パーティーに合流した【女焔闘士】だ。
魔族の幹部と闘うまではこの6人で【勇者】の旅をしていた。
あの死闘の直後は俺と毎晩一緒に見張りをしてくれる彼女も少しおかしかった。
「【勇者】の寵愛を受ければ生涯安泰で豪奢な暮らしが送れるかもよ?」
「安泰な暮らしがしたいなら祖国を出たりしないさ。それに他の女に見られながら男と繋がるなんて死んでも御免さ」
彼女は幼少期からの努力で一国の英雄にまで昇りつめた誇り高い女傑だった。
「それに...」
「それに?」
「いやなんでもない。それより私達も一緒に慰め合わないかい?彼女の事忘れさせてあげようか?」
悪戯っぽく問いかけてきた紅い髪が綺麗な彼女に俺は硬直した。
バチバチっと枯れ枝が音を立てながら燃えている焚火の近くで魔法馬鹿の俺が女性からの夜の誘いを受けたのだ。
失恋に沈む俺を見ていられなくなった同情からか彼女も未来を遺したくなったのかは分からない。
彼女も女神の【加護】も持ち合わせておらず既に限界を感じているのもかもしれない。
しかし頭の中に他の女性が霞みながら事に至るのは彼女に申し訳ないし、夜繋がり合うのに夢中で全滅した【勇者】パーティーとして語り継がれたくなかったので二度と訪れないであろう好機を「見張りがあるから」と断ってしまった。
魔族の幹部との死闘の後は救世の旅と言うより仲間探し、戦力増強の旅に方針転換する事になる。
あの魔族は本当に魔族の幹部だったようでこっちから行かなくても魔族達による奇襲、強襲に何度も遭った。
魔族達が舌なめずりしたくなるような【魔王】からの褒美の掲示があったのだろうか?
それに対抗する為に魔族の幹部の一人を倒した【勇者】の元には種族の垣根すら超えた実力者が集結した。
諸外国のSランクの猛者達だけでなく【エルフ姫】に【竜騎士】に【獣皇】までいる。
俺が独作した移動住居魔導車も今や5台近くあり、パーティーというよりももはや軍団だ。
錚々たる顔ぶれが揃い「俺達もうすぐ追放だな」「そうだね」と俺とアルは自身の旅の終わりを感じていた。
旅を終えたら冒険者も引退して世界を巡り得たその知識を駆使して「人々の役に立つ魔道具を創りたい」という新しい夢がこの時の俺には既に出来上がっていた。可能なら彼女と。
戦力増強の旅の途中で【勇者】と勇者を愛する3人の女性達の関係にも変化が訪れる。
まだ4人で仲良く愛し合ってくれてる方がマシだった。
子供達にも手が届き人気のある簡易絵巻に描かれている後世まで残る【勇者】達の英雄譚には
【勇者】を愛し支えた女性達が旅の途中で【勇者】の子を身籠り旅から離脱したなんて逸話は載ってないし、俺もそんな逸話は聞いた事がなかった。
【加護】を持つ彼女達はその使命を終えるまで子を為せない可能性が浮かび上がった。
いつからか【勇者】もその事実に薄々感づいたのか、立ち寄った国の、街の、村の娘達に子種を落とすようになってしまった。
そして【加護】を持たず子を為せるアルベリスのその豊満な肢体を手中に収めたいという執着心を隠さなくなった。
彼女もその視線を自覚しているからか戦闘中以外は外套を羽織り、豊かな体の線を見せようとはしなくなった。
そんな中、魔族達との連戦が続き、俺自身も疲弊しきった時に、【勇者】からの追放宣告を受けた。
ベルギークの顔は零れそうな笑みを隠すのを堪えている不自然な真顔で、長年共に闘い旅してきた仲間に別れを告げる表情ではなかった。
既に俺がパーティーから離れた後、アルベリスとどう繋がり彼女の肉体を堪能するか下世話な事を考えているのだろう。堕ちたなぁコイツも...
彼女がこんなのに籠絡され子種を落とされ身重になった後に追放になるかと思うと腸が煮えくり返ってきた。
最初から勝算の無かった【聖女】マリスの時には現れなかった感情だ。
一度くらい殴りたくもなったが魔族の幹部を倒した事で【魔王】を屠るその日まで魔族達から首を狙われ続ける、死地に足を踏み入れた目の前の【勇者】の過酷さを顧みれば拳を振り上げる気にはならなかった。
ベルギークも最初からこんな人間では無かったのを俺は知っている。そう遠くない自身の死が訪れる前に未来を遺したくて必死なのだ。
それに【勇者】の子を身籠ればアルベリスも英雄の母として祖国に凱旋できる。
俺が今日追放になる事を既に知っているようで【竜騎士】のガザから話し掛けられた。
「兄ちゃん。今日で抜けるのか?...まあ仕方ないが俺は兄ちゃんが創った魔導具好きだぜ。こんなに快適な旅を送れるとは思わなかったからな」
「祖国に帰ったらもう冒険者は辞めて人の役に立つ魔導具創るつもりさ」
「そうか...何時か俺達竜の国にも自信作持って遊びに来てくれよ。歓迎するぜ!」
「嗚呼必ず。出来たら頼みがあるんだがいいか?アルベリスの事を頼みたいんだが...」
「あの姉ちゃんか?あの姉ちゃんだってもうすぐ...あーそういう事ね。あの色惚けに襲わせるなと...解ったよ任せな」
その背中にある荘厳な竜の翼以外は人間とほとんど変わらない、人間の騎士より騎士らしく小気味の良い【竜騎士】と最後に拳を重ね合った。
次に話し掛けて来たのは銀髪の青年だった。
彼は俺なんかよりも遥かに優秀な【究極魔導士】だ。
「ケントさん、今日で抜けるんですか?残念だなぁ...」
正直俺は彼が苦手だ。彼の人格に問題があるわけではない。腹の底は分からないが年上に対する敬意も一応持ち合わせている。
彼は他の魔導士が作り出した独創魔法を一目見ただけで習得してしまうほどの超天才だ。
俺の魔導具技術も既に習得してしまっている。素材さえあれば移動住居魔導車も難なく創れる。
要するに本当の意味で用済みになった理由は彼でもある。
魔導士にとって努力の対価とも言える独創魔法をいとも容易く盗まれるのは気分がいい物ではない。
「後は任せたよ」「解りましたぁ♪」
その後に顔を合わせたのは祖国を一緒に旅立ち長く旅を共にした【賢者】、【雷双剣姫】、【聖女】の3人だった。
「...アンタって結局最後まで冴えない魔法馬鹿だったわね」
鎧姿でいつも勝気な金髪の【雷双剣姫】ラティーナが俺を責める。
「お前が好きな【勇者】と比較されたら世の男は皆冴えないんだよ」と言い返す。
「そういう意味じゃないわよ。いつも傍にいる女に全く手を出さない臆病者なアンタに言ってんのよ!」
「それは夜の見張りがあるから仕方ないだろ」
「だからパーティーの仲間を増やしてやったじゃない」
「【エルフ姫】に【竜騎士】に【獣皇】なんて集められて先に休めるかよ!」
「それでもずっと傍にいてくれる女性に全く触れようともしないのはどうかと思うな」と【賢者】ニコラ。
「今更そんな駄目だしされても困るんだが...」
「ケントはずっと頑張ったんだし御褒美...とは違うけど彼女も連れて行ってもいいと思うなぁ...」と元想い人の【聖女】様。
3人は俺に忠告しているようでアルベリスの厄介払いしたい打算が透けて見えた。
俺がこのパーティーを離れれば【勇者】の寵愛を一番に受けるのは間違いなく子を為せる【加護】無しの彼女だからだ。
そういう思惑に乗って、彼女を連れて行く気にはなれなかった。
そしてアルベリスとも顔を合わせる。
「今日で俺は追放だってよ」
「そう...私はまだまだ此処に居ないといけないようだ...」
彼女ももう自分のこの【勇者】パーティーの一員に参加した者としての最後の役割を薄々気づいてるようだ。諦めに近い感情が見えた。
―――【勇者】の遺伝子を後の世に残す事―――
「ねえ?覚えてる?あの酒場での夜の事...」
とある国の城下町の酒場で二人で酒を呑んだ時、酒の勢いで唇を重ねた事がある。彼女の方から。
「あれは...私の初めてだったんだ...子供の頃から鍛錬ばかりだったからな...出来たら忘れないでいて欲しい...」
あの時の彼女の潤んで輝いてた瞳は生涯忘れられない。あの唇の感触も。
あの瞳にそのまま吸い込まれてて今の立場も何もかも捨てれば良かったのだろうか?...
彼女に一緒に来て欲しいと言えば来てくれるだろうか?
でも彼女を【勇者】を置いて他の男と駆け落ちした恥女にしたら祖国には居場所がなくなるかもしれない。
立場を気にして幸を逃す。祖国を出た時は誇りでしかなかった【勇者】パーティの一員という立場はもう今の俺には重い枷だ。
長い【勇者】の旅で疲弊しきった今の俺には何が正解なのかも解からない...
なにより一人の女性を幸せにできる自信も気力もなかった。
「嗚呼。絶対忘れない。またいつか逢いたい。だから絶対に死なないでくれ」
「解った...」
次に逢う時はもう母親なんだろうなと彼女とも別れた。
「今日で魔導士ケントはこのパーティーを抜ける」
改めて今やすっかり大所帯のパーティー全員が揃った場所で俺の追放が【勇者】から発表された。
俺も今まで世話になった仲間に謝意を示し、この先武運を祈る旨を伝えた。
アルベリスの方は見れなかった。そして仲間達に背を向けるように踵を返す。
漸く俺の長かった【勇者】の仲間の魔導士としての冒険は終わりだ。
これからはもっと自分の欲に忠実な俗物として、幸を掴む生き方をしたい。
重くなり過ぎた枷から解放されると思うと体が空にまで舞い上がるような感覚を覚えた。そんな時だった―――
「私!ケント様について行きます!!」
........え?
俺が振り返った先の声の主は金色の髪に少し長い尖っている耳、瑠璃色の軽装束を身に纏っている【エルフ姫】だった。