屍皇帝戴冠
宇宙歴30万年が過ぎたある恒星系のある惑星上、
悪の軍団と善の軍団の決戦が行われ、すでに半日
が過ぎていた。
決戦場のマヌカ平原は、戦さえなければのどかな
草原の風景だ。戦闘の轟音が無くなれば虫の音が
聞こえるだろう。
「催促せよ」
エンゾ・グラネロが命令する。ダークエルフの
ロングボウ部隊が、敵方のノームの武将、
ヘンリク・ビヨルク将軍率いる5万人のノーム
部隊に射かける。
ダークドワーフのグラネロ家の嫡男として
生まれたエンゾは、5歳で隣国、ヒューマン族の
家へ人質に出される。
当時、最も人口の多かったアンデッド族を
筆頭に、ダークドワーフ、ダークエルフ、ダーク
ホビット、オーク、ダークノーム、ダーク
リザードマンなどの種族が、肌の色が暗いなど
の理由で悪の屍族などと呼ばれ、虐げられていた。
当時隆盛を誇ったのが、ヒューマンを筆頭に、
ドワーフ、エルフ、ホビット、ノーム、ジャイアント
など、肌の色が明るいという理由で、他の種族
に暴虐の限りを尽くしていた。
もっとも人口の多いアンデット族などは、実際は
生きているデミヒューマンである。ただ、身体的
特徴として、極端に痩せて肌が青みがかった
灰色をしているだけである。
あれから五十年、色々なことがあった。
ドワーフのムハマンド・スズキの軍にバレンシア
平原で大敗したときは、籠城でからくも生き延び、
その後、スズキの戦法を徹底的に研究したものだ。
その後、天下布悪をスローガンに、アンデッドや
その他の虐げられていた部族の支持を得、
宰相のケイト・レイの働きもあって、国力的には
相手のヒューマン陣営をしのぐ勢いになったのだ。
謀略ではダークホビットのリアン・フューミナリ、
軍略ではダークエルフの地獄の将軍、地獄の
クインとも呼ばれるレイモン・シウバ
を手に入れ、勢いは天にも昇る。
悪の屍王を名乗るまでになったのだ。
しかし、ヒューマン族の大将、ゴシ・ゴッシーの
圧倒的な武威は、いまだに健在だった。
直接対決という意味では、エンゾは一度も
勝っていない。
「九十九敗しても、最後に一勝すれば、問題
ありませぬ」
リアン・フューミナリは言う。
「悪の平和を取り戻さなくてはなりませぬ」
リアンもかつて、ダークホビットの国を
ヒューマン族に滅ぼされたのだ。その
宰相を務めた家の末裔だった。
エンゾの催促により、ノームのヘンリク・
ビヨルク部隊が、悪軍ではなく、善軍へ突撃
を仕掛ける。仕掛けられたエルフ族の部隊
が混乱し、敗走を始める。
地獄の将軍、クイン・レイモン・シウバが
幕営へ入ってくる。長髪の美男子、黒光りする
鎧がよく似合う。
エンゾの前で跪き、
「予定通り、ノーム族が寝返りました」
エンゾは黙って頷く。
「しかし、このあとも、ゴシ・ゴッシーの
部隊とは正面から当たらず、外堀を
崩すことに専念しまする」
戦闘が始まった午前中は、善軍のほうが
押していたのだ。エンゾ軍総数100万に
対し、善軍側は50万だった。
敵大将のゴシ・ゴッシーは、八千騎の無敵の
白馬隊を率い、竜巻のごとく悪軍の中を
通り過ぎていく、そして、本当に、草ひとつ
残らないのだ。
比較的力の弱いアンデッド兵士は仕方がないと
しても、ダークドワーフやオークはもとより、
前線維持に投入したダークドラゴンや
巨大トロールなどもまったく歯が立たない。
しかし、悪の侍大将たちは、なるべくゴッシー
部隊とは正面から当たらずに、シウバ将軍の
指示通りうまく善戦していた。
だが、善軍には、ゴッシー大将以外にも、
エルフの兄妹、テルオ・リー、アミ・リーの
両将軍、ホビットの3姉妹の部隊、
ドワーフの神聖王と呼ばれたディエゴ・セナ
の部隊など、名だたる将が率いる精鋭
ぞろいだったのだ。
ノーム軍の裏切りにより、リー兄妹が
撤退を決断する。彼らの国の方角へは、
今なら悪軍が群がっていない。
そして、悪軍の暗影の侍大将、プリンス・
グスターヴォ・ノゲイラ率いるダークホース
の黒色騎兵隊五千騎が、最も精鋭と言われた
神聖王のドワーフ部隊へ背後から奇襲を
かける。
本陣からは、
夏の終わりの風景に、騎馬隊が走りこむ姿が
霞んで見えた。
同時に、悪軍は全軍反転した。善軍を
取り囲む動きをする。奇襲を受けた神聖王
はついに悪軍に降る。
ゴシ・ゴッシーの八千騎は、今その数を
七千まで減らしていたが、それでも勢いは
全く変わらない。
善軍のホビット3姉妹は、ついに寝返りを
決意する。その状況を見て、次々と他の
少数部族たちも寝返りや降伏を決めていく。
一瞬勝敗が決したかのように見えたが、
ただゴシ・ゴッシー率いる無敵の騎馬隊を
止められるものがいない。
「新兵器を使いまする」
地獄のシウバ将軍が、重く進言する。
「よい」
エンゾが許可する。
アンデッド軍をゴッシーの騎馬隊が面白い
ように追っていく。ダークホビットの
リアン・フューミナリの騎影に気づき、
「全軍、追え!」
とゴッシー大将が指示を出す。
が、しかし、罠であった。
狭い谷合に引き込まれた白馬の騎馬隊は、
テツハウによる一斉射撃を受ける。
一般の飛び道具であれば、彼ら白馬隊の
戦士は簡単に避け、跳ね返すが、テツハウの
弾はステルスした。
白馬の騎馬隊は、あっというまにその数を
減らしていく。七千から五千、三千、
そして千を切る。
「全軍、追撃せよ!」
地獄のシウバ将軍が命じる。あたりには夕闇が
迫り、しばらくして虫の音が聞こえだした。
その後、ゴシ・ゴッシーの姿を見たものは
いない。遠方の国へ落ち延びたのか、それとも
自害して果てたのか。
そして、勝利したエンゾ・グラネロは惑星を
統一し、悪の屍皇帝を名乗る。その悪の
治世は、その後四千年続いたという。