第五話:過去との再会 カッコつけているが失踪した事への言い訳だ!
作者は肉食系女性が好きですが、お近づきになりたいかというと検討を要します。
「マダムだなんて、福子と申します」
頬を赤らめながら自己紹介しかえしてるし、しかも下の名前かよ。
「伊達君が突然会社から姿を消して社員一同心配していましたの。ここでは何ですので、こちらへどうぞ」
一見丁寧そうだが、逃がさんと顔に書いてある。あれは恋する乙女ではなく、獲物を狙う肉食動物の眼だ。
行方不明だった同僚と一緒に突然現れた男とか普通に考えれば怪しすぎるが、イケメンはそんなシチュエーションすらも凌駕できるのか。
春日さんはやり手で給料もかなりもらってるからその気になったら男の一人や二人養うのなんて造作もないのは分かるが少し落ち着こうよ。
顔も悪くないのにいまだ独り身なのはあの肉食系の性格とその割に奥手なせいだろうなと俺はにらんでいる。
とかなんとかやっているうちに、結局、本当に応接室まで連れてこられてしまった。元いた会社とはいえ居心地が悪い。廊下ですれ違った人たちにはぎょっとされたし。
春日さんがちょっと離れたところで、部下らしき女の子に指示を出していた。今度はドア越しじゃないから、何とか聞き取れるな。
なになに?
『社長への報告は30分後にしなさい』
『え?大丈夫なんですか?』
『あらかじめ話を聞いておいたほうが社長にも報告しやすいでしょ』
『それはそうですけど、誰が話を聞くんです?』
『それはもちろん私が』
『ええーっ!春日さんだけずるいです』
『お茶くみはあなたでやっていいから』
『それならいいですけど。あ!一緒にいた人、この会社の人なんですよね?』
『そうよ、もともとはね』
もともとってことはやっぱりクビになってたか。そうだろうなとは思っていたが、改めて事実を知るとショックだ。
『じゃあ、お茶持ってくるとき躓いたふりして、隣の人にお茶こぼして、引き止めましょう』
『いいわね。でも、彼、少し濡れたくらいじゃ気にしない人だから、頭から思いっきり行きなさい』
『分かりました。あ、ここまで頑張るんですから、連絡先か、せめてLINEIDくらいは聞き出して教えてくださいね』
『……善処するわ』
最後一瞬間があったけど、あれ教える気ないだろ絶対。
それよりも、何俺にひどいことしようとしてんだよ。シャルルを引き留めたいなら、あいつにかければいいだろ。あ、戻ってきた。
「伊達君、それとシャルルさんでしたね?お待たせしてごめんなさい」
俺たちの対面に春日さんも腰かける。さっきの悪巧み聞いていたら、このままだとろくなことにならんな、事態を動かすことにしよう、
「お久しぶりです。春日さん。この度は社に迷惑をかけてしまい申し訳ございませんでした。社長にも直接謝罪をしたいのですが」
「社長は今外出中だけど、もうしばらくしたら戻るから、少し待っててもらえるかな?」
嘘つけ、あんたが握りつぶしてるだけだろ!とはさすがに言えないし、期待もしていない。次が狙いだ。
「分かりました。では、人事部長と話したいので、お願いできますか?」
「はい、なので私が対応します」
………。いつの間にか部長になっていたらしい。ネームプレートをよく見たら確かに部長と書いてある。
「……昇進されたんですね、おめでとうございます」
「ありがとう、最近やっと肩書きに慣れてきたところなの」
俺の浅はかな作戦は潰えた。
「さてと、伊達君にはどこで何をしていたか聞きたいところだけど、社長が見えられたら同じことを話すことになるだろうから、一旦置いておきましょう。先にシャルルさんにお話を伺いたいのだけどいいかしら?」
一見まっとうな意見だが、普通ならまず俺から聴取じゃね?
もういいや、ダメージを大きくしないように基本黙っておこう。春日さんが話したい相手は俺じゃないしね。シャルルが変なこと言い出した時だけ突っ込むことにしよう。
「分かりました。何から話せばよいでしょうか?」
「伊達君とはどこで知り合ったのか話していただけますか?」
「詳しくは申せませんが、葵さんを呼び立て、この3年間、当方に協力をいただいておりました。この度、その事情にめどが立ちましたので元いた場所へ戻っていただくこととなりました。それに伴い、私も別の用があり、この国に参りました」
「なるほど、伊達君間違いはない?」
「はい、間違いありません」
「シャルルさん、詳しく話せないというのは?」
「荒唐無稽に聞こえるかもしれませんが、我が国の存亡にかかわることです。これ以上はご容赦ください」
「承知いたしました。込みいったご事情がおありのようですね。」
いいぞ、シャルル!話のメインを彼に任せて正解だった。王族だけあって、礼儀を伴った交渉事はけして苦手ではないからな、シャルルは。
「ただ、一つだけ加えさせていただくなら、葵さんを呼び立てたという点、彼の事情を汲まず、一方的に呼び立てた当方にこの3年間の責任があります。葵さんへの対応につきまして、この点を汲んでいただけないでしょうか」
「突然に不在に至った経緯は承知いたしました。しかし、当初がどうであれ、伊達君自身が何かしらのタイミングでこちら一報をすることくらいはできたのではなくて?」
痛いとこつくなあ。確かに普通なら、どんな事情があるにせよ、連絡くらいは取ろうとすると考えるのが当然だろう。
ちなみに俺も当初連絡自体は取ろうとした。が、当然ながらとれなかった。だって異世界だしね。
どう言い訳したものかと考えたが、ここはやはり古今東西これしかあるまい。
「コノサンネンカンキオクヲウシナッテオリマシタ」
ふっ、演技力には自信はない。
「ふーん」
あ、全然信用されてない。当たり前だが。と、その時、
「失礼します」
第4の人物、この声はさっき俺にお茶をっぶっかける算段をしていた女の子の声だ。お茶をかけられるのはごめんだが、ナイスタイミングだ。このチャンスを活かして逃げ切ろう。
「お茶をお持ちしまし、あっ!」
どこかの俺と違って自然な演技、ではなくて、ほんとに躓いたようだ、あそこでこけても、誰にもお茶かからないし。
しかし彼女が地面に倒れることはなかった。俺以外には目にも見えないスピードで席を立ったシャルルが彼女を受け止めたからだ。もう片方の手でお盆もキャッチしてお茶もこぼれてはいない。ちなみに俺は考え事をしていてリアクションが遅れた。これが、もてる男とそれ以外の違いなのだろう。
「けがはありませんか?」
「は、はい」
「それは良かった、もう大丈夫」
にっこりほほ笑むイケメン。
あれはオチたな。さっきまでは美形の登場にキャーキャー言ってるだけだったが、立ち居振る舞いまでカッコよく紳士的。
恋する乙女の瞳になっている。ぜひ春日さんにも見習っていただきたい。
「あ、ありがとうございます。あ、あの、私、山内愛といいます。お礼をしたいので連絡先を・・・」
「ちょっと!山内さん!何抜け駆けしてるの!?」
春日さん、山内さんとやらと争い始めたぞ。これはチャンスだ。
「春日さん、ばたついてるようなので、話は次の機会にしましょう。行くぞ、シャルル!」
「いいのか?」
「今を逃したらいつ解放されるか分からん」
「あ、待ちなさい!」
本気で逃げれば、常人に追いつかれることはまずない。顔合わせして義理も果たしたということで、逃げに徹することにした。シャルルもとりあえずついてきてるし大丈夫だろう。
応接室から出たら、様子をうかがっていたらしい、同僚たちに囲まれそうになるが、スピードでかわす。去り際、声がかけられる。
『伊達ー、残した仕事は引き継いでおいたぞー。代わりに今度おごれよー』、『おいてた荷物は実家に送っておいたぞー』、『エレベーターメンテ中だから、階段からにしろー』、『延滞してたエ○ビ返却しといたぞー』
ありがたい。最後の以外は。いや、ありがたいことはありがたいんだが、ばらすんじゃねえよ。あと、仕事はちょっと気になってたんだ。あいつにはメシくらいはおごらんと罰が当たるな。「分かった」と返事を返したら、飯の約束をした奴は春日さんと山内さんに絡まれ始めた。す、すまん、
『今度合コンやろう♪』、『その子連れてまた来てね♪』、『連絡先教えて~』『待ちなさーい!』
女性陣からも声かけられるが明らかに俺はおまけだな。もういいや。最後のは春日さんか。スルーしつつ階段から一気に脱出した。
外には出たが、次は、と、その前にシャルルは・・・。ついてきてるな。
「会社とはなかなか楽しいところだな」
「いつもはああじゃないよ」
苦笑しつつ返す。仕事自体はハードだった。しかし、居心地のいい、やりがいのある会社だったのは確かだ。そういう意味では、シャルル評も間違ってはいないのかな。
「もう少ししてほとぼりが冷めたらまた行こうか。金属加工関連の会社でな。工場は別のところにあるんだが、今後の聖王国の参考になるものの1つくらいあるかもしれんし。いなくなって以降助けてくれた奴らもいるみたいだし、それに」
「それに?」
「そろそろ、お前のトラウマをいやすにもいいんじゃないかと思うしな」
女性問題以外にしようと思っていた意趣返しだが、これくらいはいいだろう。きっと俺の顔は仕返し成功にニヤついていることだろう、ひきつった彼とは対照的に。
「いや、それはまたの機会に」
「今日も女の子助けてたじゃないか。それにフェリペ王子も心配してたぞ」
シャルルの故郷、聖王国の平均的な結婚年齢は15~20歳。第二王子とはいえ、現在20歳のシャルルが独身なのは国としての留意事項でもある。いくらあんなことがあったとはいえ、いい加減吹っ切ってもらう必要がある。
「わかってはいるのだがな。普通に話す分には問題ないが、生涯を添い遂げるとなるとまだ心に折り合いがつかない」
「ま、3年あるから気長にやろうか、幸い日本は晩婚化が進んでいてな。30歳の俺が独身でも特に不振がられることはない」
「気長に、か。つまり、どうあっても私の女性への対応にはけりをつけさせるということか」
こんなに乗り気でないのは珍しい。根は深いようだ。
フェリペ王子からも『くれぐれも頼む。問題が解決し、本人達さえ問題なければ、そのまま婚姻でもかまわない。炎の勇者:伊達葵の推薦の女性ということであれば、聖王国としてももろ手を挙げて歓迎することができる』と頼まれている。
ちょっと飛躍しすぎな気がしないでもないが、相手を見つける、それは無理でも、再び結婚という問題に向き合わせるというのが、俺に課せられた勇者としての最後の使命と言えるだろう。殺伐とした戦いとは違い、楽しみな使命だ。意図んな意味で。
「まあ、そう悲観的な顔するなって。あんまり気にするな。大変なのはお前であって、俺じゃない」
「それは励ましているのか?喧嘩を売っているのか?」
「す、すまん。言い過ぎた」
腐った魚のような目になってきたので、本当にこの話題は終わらせておこう。
「ともかくも、次だ、次」
「まあ、いいだろう、兄上の思惑が見え隠れするが、今度戻った際に直接問いただすとしよう。それで次とは?」
そう、次。本来なら真っ先に向かうつもりだった場所。会社に出ちゃったせいでちょっとグダグダになったけど。
やっぱり家だよな。
「家に帰ろうと思う」