夢破れし者
俺が弟子に取ろうとした子供は女の子であった。現在150強いるプロ棋士に女性はいない。しかし、俺はこの子が竜王や名人になれると確信していた。それほどの才能だったのだ。彼女は髪が栗色で背丈は小学五、六年生のくらいだろう。
彼女はきょとんとした顔で俺を見ていた。そしてこう言った。
「プロの先生ですか?」と。
俺にはこの言葉がどれほど重かっただろうか。そう。俺はプロ棋士ではない。夢破れた無職クソ野郎だ。
「いや、違うんだ。ごめん忘れてくれ。」
早口で言ってその場を後にする。エントランスへ続くドアまで来たところでふとその子を振り返るとキョトンとした顔をしながらこちらを見ていた。純粋無垢そうな顔がとても印象に残った。
会場から出て帰路につく。都営公園を歩いているとマリーゴールドが目についた。マリーゴールドの花言葉は「嫉妬」。
俺は彼女の才能に嫉妬していた。まさにぴったりの花言葉だと思い思わず吹き出しそうになるが、近くには散歩やジョギンなどをしている老若男女がいる為、堪える。そもそもだ。プロ棋士でない俺が弟子を取ることなど出来はしないのだ。
そもそもプロ棋士養成機関である奨励会に入会するためにはプロ棋士の推薦が必要だし、推薦をもらうためには師弟関係にならないとダメだ。
「まぁ、近いうちにプロになってその才能で人々を魅了してくれる日を楽しみにしながら、ぼちぼち職でも探そかね」
不思議とその夜布団に入った俺は明るい気持ちになれた。これは多分、本物の才能を見たことによってプロ棋士との折り合いがついたからだろうな!
彼(春島泰人)はこの後、新聞社に就職し将棋の取材を生涯続け、子供を授かり幸せな家庭を築いた。