本物の才能
将棋のプロ棋士の養成機関である奨励会の三段リーグまで行った俺はあと一歩のところで25歳という年齢制限に阻まれプロ棋士になることを断念した。まさに夢破れてである。俺は小さい頃から将棋しかやってこなかった。その将棋が俺の手から離れて行った、いや俺の実力のせいで自ら離したと言った方が正しいだろう。夏の日差しがまだ少し残る日の夕暮れ、俺は地元で開催されていた子供将棋大会に顔を出していた。大勢の子供達の視線が盤上に注がれている。勝利を確信しているのだろうか。満面の笑みを浮かべている子供がいれば、もう詰めろに入ってしまっているのだろう。今にも泣き出しそうな子供もいる。今となってはこうやって遠巻きに見ているが、俺にも確かにこの子供達のようにただ将棋に夢中になって将棋の盤に向かっていた時もあった。子供将棋大会には俺も出場した。いつも決勝までは行くことができたが、2020年の前期に三段リーグを全勝で通過し、四段になった橋本竜馬に何回も負けて準優勝だった。なんだか懐かしい気持ちになり、穏やかな笑みがこぼれる。そんなことを回想しながら子供達の対局を見ていると、激しく体を揺らしながら盤を真剣に見ている子供が目に映った。
まるでプロだなと思わず口角が上がる。そんなことを考えているのも束の間、勢いよくその子が2八飛と打った。
思わず生唾を飲み込む。「ん...これは...飛車のただ捨てじゃないか?ポカか?」
しかしその子を見ると悪手を打ってしまったような顔はしていない。むしろ、詰み筋を読みきっているような顔をしている。まぁ三段リーグまで行った俺に見えなくて、子供に見える詰み筋なんかあってたまるかと思っていた。
しかし、手数が進むにつれて俺は飛車のただ捨てが最善の一手であったことを悟る。これは詰んでいる!と。俺は言葉を失った。まだ小学5、6年生であることは間違いない。この子供はまず間違いなく名人や竜王といったビッグタイトルを獲得することができる逸材であると感じた。俺は身震いをした。本物の才能を見たのだ。俺は奨励会にいたのだから確かに才能があるやつを見てきた。しかし、こいつはそいつら全員の上を行く才能を持っている。
対局が終わったあと、俺はその子にこう言った。
「俺の弟子にならないか!!」