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オデッセイ  作者: 右田優
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いまの私にできること

 


 トヨヒコは大きな荷物を愛車の日産ローグのトランクに詰め込むと素早く車に乗り込み、ハンドルをきつく握りしめてアクセルを踏み込んた。そして真っ暗な夜の道を走らせた。

 またエミリーの亡霊が通りすがりの誰かを襲うかもしれない。そう考えるとトヨヒコは居てもたってもいられなくなった。

エミリーが亡くなったのは今から十一年前。あの細い路地裏で通り魔によると思われる殺傷事件が一番最初に起きたのは今から二か月前。すでに三人もの人間がおそらくエミリーの亡霊によって襲われていた。二人は鋭利なもので首を数か所刺されては失血死で亡くなっていた。もう一人の女子大生は自分の目の前でボールペンで首を何か所も刺された。彼は真っ暗な夜の道をきつく睨みながら、あれはなんといっても僕の失態だなと思った。なんとしてもその責任は負わねばならない。

少女の亡霊はまた今夜も現れるかもしれない。絶対にこれ以上の犠牲者を出すわけにはいかない。エミリーの霊を鎮めなくては。

おそらく何日かは張り込むことになるだろうな、とトヨヒコはポケットに入っていた缶コーヒーを一気に喉に流し込みながら思った。彼はとくに意味もなく手で頭をぐしゃぐしゃとかくと、後部座席に山のように積み重なって高く盛り上がっている毛布と寝袋に手を伸ばした。それからすぐにギョッとして手を引っ込めた。

「ライアン!?」

不意をつかれたトヨヒコは、何枚もの毛布の中から現れたライアンのことを振り返って二度見した。

「一体どうしてこんなところに!?」

ライアンは罰が悪そうに毛布の中からモゾモゾと身体を起こすと、運転席のトヨヒコの背後から顔を覗かせた。

「すみません」

 トヨヒコはハザードランプを点けて車を路肩に停車した。それから後方に身体を捻ってライアンを見た。

「すみませんじゃないよ。君は明日も学校があるだろ?」

「そうなんです」とライアンはうつむいた姿勢で無表情に答えた。「でもこの私が毎日学校に通っている場合じゃない気がするんです」

「生まれ変わる前の君は天使だったから?」

「この能力はおそらく近いうちになくなります。天界にいた頃の記憶も日に日に薄くなっています」

トヨヒコは少し沈黙した。「うん。多分そうなるんだろうね」

「だったら今できることをしたいんです」

「君は本当はオリバーの手伝いをしたいんだろう?」

 ライアンは表情を変えずに言った。「私はオリバーにとって必要ないみたいです。でも自分で言うのもなんですが私はそんなに役立たずじゃありません。人間と見分けのつかない吸血鬼のいる場所は分かりませんが悪霊の痕跡くらいはわかります」

「つまり学校には行きたくないってことかな?」

「せっかくこうしていろんな人に生きるチャンスを頂いたんです。きちんと学校には通います。けれど普通の学生生活なんてこの私に送れるはずがないんです。少しでもこの世界に存在していてもいいと実感したいんです。そうじゃないと私は……」とライアンは言うと言葉を詰まらせた。

 トヨヒコは小さなため息をつくと前方に体勢を戻し、バックミラー越しに小さな少女の姿を見た。いったいいつから車に隠れていたのだろうと彼は思った。

「君が何人かの人間を殺めたのは知ってる。でもそれを理解した上でオリバーは君をここに連れてきたんだよ。それは理解しているね?」

「わかっています」

 トヨヒコは再び沈黙した。しんとした車内にはカチカチという、ハザードランプの音だけが鳴り響いた。

「わかった。僕としては一応14歳の女の子を夜中に連れ回して危険な目に合わせたくなかったんだけど、そこまで言うなら覚悟はあるんだよね?」

 ライアンはほっとしたように微笑んだ。

「ありがとうございます」

 トヨヒコは大きく息を吸い込んでからほんの少し口元を緩めると、背後に座っているライアンに振り返った。

「君がサニーエーカーに来てから三か月、少しでも笑ったのを今日初めて見たよ」と彼は感心したように言った。「ケビンに自慢できるな」

 ライアンは恥ずかしそうにうつむいた。「そうでしたか?」

「じゃあ一緒に彷徨える悪霊を退治しよう。そのためにはまずタクシーじゃないんだから助手席に座りなさい」

 ライアンは再び小さく微笑んだ。



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