当主に相応しいのは
「開門ッ!長尾景虎ッ、上原のご当主に尋ねたきことこれありッ!」
翌日、わたしは、直江景綱とともに上原荘の館へ直接出向いた。具足をまとい、鬼小島たち力士衆も引きつれて、出来る限り物々しい体である。
「直江景綱でござる。ご当主桐岳殿、年賀の儀を過ぎても春日山城に登城せざるは、新城主景虎公へ逆心の証と疑いあり。すでに質問状も送ってござればこれも沙汰なく。この上は、景虎様が御前にて直接、釈明あられたし」
あわてたのは、疑心暗鬼から部屋に引き籠っていた長兄・桐岳である。
「かッ、景虎さまッ!…直江大和守さままでッ…しばらくッ、しばらく!この桐岳が音沙汰なくはすでに永の患い、やっ、病を得て伏せっているからでありまして…逆心の気持ちなど、これっぽちも!」
「病と言えど、口は達者のようじゃ」
わたしは内心笑いをこらえながら、打ち合わせ通りを景綱に述べさせた。
「それほど話が出来るならば、筆を執れるものはいくらでも、家中におられるはず。すでに書面にて内容も送ってありまする。…それも音沙汰なくは、これは景虎さまへ弓引くお心あり、と思わざるを得ませぬが?」
「そのようなことはッ!そのようなことは決してッ!ただただッ!病身の不徳の致すところにて!」
ちょっとかわいそうになってきたが、止めは景綱に言わさねばならぬ。
「話はそれだけでは済みませぬ。上原家は、景虎さま京に在りしとき、間諜のものを遣わし、その動向を逐一、国元の不穏分子に売っていた疑いもかかっておりまする。もしこれが事実なれば、それこそすでに景虎さまへの明白な反逆。この上は、弓箭の沙汰にて、と言うことと相なりまするぞ」
「それはあっ、あいやしばらく!しばらくうッ!」
薬はばっちり効いたようだ。桐岳はひきつけを起こしそうな顔になって、後ろへ下がった。その頃には近在から、一族が続々と群れ集まって、ああでもないこうでもないの評議が始まりかけていた。
いくさ支度のまま床几に座って、わたしと景綱がじりじりと待っていると、烏帽子に素襖の違う顔がやってきた。うむ、これが次兄の松右治殿か。
「ご質問の一件、すべて兄・桐岳が成したる悪行でござりました!兄に代わりこの松右治が伏してお詫びを致しまするうッ!」
やけに晴れがましい口上であった。そんなに兄に、成り代わりたいか。
「松右治殿。…話が見えぬ。つまりこうか。わたしを間諜に探らせていた件、それはすべて桐岳殿個人の仕業と言うことか」
「ご炯眼!その通りにて。それはすべて兄の仕業、この松右治も含めて上原の一族一同、まッッたくあずかり知らぬこと!この上は評議の結果、兄に詰め腹を切らせ、不肖この松右治が今より上原家当主と言うことで代表して」
「不忠ものッ!実の兄を売りたるが何の申し開きかッ!」
だん!と床板を踏むと、わたしは抜きつけを松右治殿の頸に向けて放った。もちろん脅しの寸止めである。
「ひッ!すみませッ…ぐひいいいいいい」
少し刃風を浴びせただけなのだが、松右治殿は尻餅を突き、あとはわけのわからぬ悲鳴を上げながら、這うようにして逃げていった。なんと言うか、梅楽殿が跡継ぎを、還俗させてまで藤若にしたがる理由が、分かる気がする。
「誰ぞまともな申し開きの出来るものは、おらぬのか!?」
わたしが刀を抜いたので、えらい騒ぎだ。さすがにやりすぎかと思ったが、こうまでせぬと芝居をした甲斐がない。まず年寄どもはえらそうにしていたが、これで腰が引けて出てこれまい。どうでもいいが、梅楽殿が上座でお茶しながら、にやにやしながら事態の推移を見守っているのだけ余計だ。
ともあれ今が、最高の見せ場なのだ。
(勇気を出せ藤若)
わたしが心の中で藤若に、声を掛けた時だった。
「お待ちください!」
藤若の意を決した声が、辺りに響いた。皆はすっかり静まり返っている。男が前に出る瞬間だ。わたしは、抜き身を持ったまま、鋭い一瞥をくれた。
「申し開きなればこの、藤若が変わって致しまする。されど長兄・桐岳、次兄・松右治ともに景虎さまに謀反の意志なきことだけは、この場で信じて頂きたくッ!」
「藤若、今度はおのれが当主を名乗る気か」
兼定の抜き身を閃かせわたしは精一杯、睨みを利かせた。ここだ。藤若とは打ち合わせは無いゆえ、ここはすべて芝居ではない。藤若の胆力が試される。心を鬼にしてわたしは、最後の駄目押しを入れた。
「そはいかなる魂胆ぞッ!兄二人を措いて、三男のおのれが当主を引き受けられると思うてか!?」
「お引き受け致しまする。ただし、それは景虎さま、景綱さまよりこの上原一族の無実が証明できます間のみのこと!」
藤若は瞳を潤ませた。だが、声を励ますとわたしも聞いたことのないほどの太い男の声音できッぱりと言い切った。
「晴れて家名の汚辱、晴れたるのちはいかようにも景虎さまのご裁定に順いまする!この命、とっくにお家のため捧げる所存ッ!!」
(よくぞ、申した)
数日後、藤若が回答の書状を携えて春日山城のわたしのところへ登城することで、一件は見事な落着を見た。首を懸けたはったりを言い切ったばかりでなく、事実関係を調査して、きちんと自らの言葉で釈明した藤若を、上原の一族は晴れて次期当主と認めたようだった。