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幼馴染の悩みは

「姫の見たとおりにござる。…藤若殿の上原家(かんばらけ)の現当主は、旧主晴景公と御昵懇(ごじっこん)にて」

 それも政治だと、景綱は言い切った。武門には、よくあることではある。

「景虎さまが正式に長尾家を継がれましたこの節には、これに付き従う諸家に旗色明(はたいろあき)らかにして頂かねば、困りますからな」

「当然、それに(なび)かぬ姿勢を見せぬものは排すると言うことか」

「御意に」

 景綱は涼しい顔で言い切ったが、家を預かる立場にしてみればたまったものではなかったであろう。

「だが現当主の廃嫡(はいちゃく)まで迫る、と言うのは、少々強引ではないか」

「上原殿のご当主桐岳(きりたけ)さまは元・晴景派にて、景虎さま京にあるときにそのご様子を探ろうと密偵を派遣なされていたご様子」

 わたしは内心、息を呑んだ。

「…話はある程度、黒姫たち軒猿衆から聞いている。だがわたしを狙おうと探っておったのはあくまで黒滝いくさの生き残りじゃ。血震丸(ちぶるいまる)贄姫(にえひめ)率いる黒田家の残党が仕組んだ陰謀であり、兄上は何も手を出すつもりはなかった、と言う話ではないか」

「結果、命を狙わなかった、と言うことだけで、言い繕いはいかようにも出来まする」

 景綱は、どこまでも手厳しい。

「だがなあ、大和。何もなかったのだし、わざわざそう、ややこしゅう考えぬでも」

「そう考えねばなりませぬ。これは晴景公、と言うよりは、晴景公を推戴(すいたい)しようとするものたちへのけじめなのでござる。藤若殿の擁立(ようりつ)は、何卒、景虎さま直々の御肝入りにて」

「むむむむ…」

 何とも言えぬ気持ちが残ったが、景綱には反論出来なかった。


 わたしの嫌な予感は、(あた)るのである。

(藤若め、武門の柄ではない)

 景綱が小面憎いのは、それも百も承知と言うことだ。わたしの側に置いたのも、要は相続手続きが滞りなく済むため、その間の身の安全をわたしに守らせるためだ。わたしが用心棒代わりとは、これではどちらが主君か判らんではないか。

 まあ藤若はわたしの幼なじみだし、それはそれで良いとして、上原家の長兄の廃嫡話(はいちゃくばなし)は、どうなる。わたしの様子をうかがっていたとて、それは過去の話だ。わたしが家督を継いだ時点で晴景兄の密命は死に、桐岳殿が格別意趣を含んでいると言うのでなければ、この話は景綱の疑心暗鬼の所産でしかない。

「あれ、今日は難しい顔してるね虎千代」

 真人に会うと、わたしの気うつはすぐに察せられる。

「そうなのだっ…そうなのだ真人っ。分かってくれるか」

 やはり持つべきものは、頼りがいのある伴侶だ。

「もしかしてもう、お腹空いた?」

「違うっ…!わたしが悩んでいるのは、幼なじみの身を案じて、だなあ」

 と言いかけてわたしは、口をつぐんだ。そうだ、しまった。藤若の話は、真人にはしないつもりだったのだ。あの藤若めと、幼いわたしがかつて恋仲であった…とかそう言うわけではないが、恋人に昔の異性の話をするのは、禁物だったはず。確か、かの女子会の達人、絢奈(あやな)(真人の妹だが)が言っていた。

「虎っち、今カレの前で、元カレの話はNGだからね?」

 えぬじい、とは禁忌の意味であったはず。危なかった。真人には何でも相談してしまうので、つい口を滑らせそうになったが、わたしが無遠慮に幼なじみの異性の話を持ち出して、心持ち良かろうはずはない。

「いや何でもない、大丈夫だ真人。…うむ、そろそろお腹が減ったな…」

「そう?まだ、お昼には早いけどな」

 寸ででごまかしたが、真人は怪訝そうな顔だ。

「何か相談があったら聞くよ?…僕だって虎千代が当主になってあんまり関われなくなったから、心配はしてるんだから」

 泣きそうになった。ますます、そんな真人に藤若の話など出来るはずがない。別に、やましいことはあるわけではないのだが。

「大丈夫だ。本当、お腹が減っただけ…」

 とわたしが言い繕おうとしたときだ。

「姫さま、お探しいたしましたぞ!」

 わわっ、藤若が来た。

「こっ、こら!藤若、ここは人払いじゃと言い渡してあったはずぞ!?」

「ははっ!ご無礼は承知!…実はこの藤若、姫君がお一人のときに折り入ってご相談がござりましてっ…!」

 わたしが留める間もなく、ずかずかと入ってきた藤若と、真人の目が合った。

「虎千代、この人は?」

「違うっ!これはっ、もー断じて違うぞっ!…こやつはわたしの新しい小姓っ…いや、その、仏門に入っておったときの幼なじみなのだが、それだけだ。何もないッ!あーともかくっ、わたしが好きで連れておるのではない!景綱めが勝手に遣わした家臣の子じゃ!それ以上でもそれ以下でもない分かったか!?」

「う、うん…?」「はあ…」

 二人は同じ表情をしていた。きょとんとした表情である。

「あっ、もしや貴殿が、成瀬真人さまにござるか。景綱殿からお噂はかねがね。拙者、新しくお側に侍りまする上原藤若と申します。姫さまとは、五つのときから春日山の林泉寺の天室方丈より教えを受けておりました」

「へえ、じゃあ虎千代の幼なじみだね。なーんだ虎千代、紹介してくれればいいのに」

 真人は、特になんでもないような声音で言う。

「あれっ、えぬじいではないのか?」

「えぬ…なに?虎千代の言ってる意味が分からないけど…」

 今度こそ真人は、怪訝そうな顔をした。おかしいな。鉄板の女子会情報なのだがな。

「それより、お話を」

 藤若が前に出てきた。今度は、わたしが眉をひそめる番だった。

「藤若を寺へ戻して頂けませぬか。家督の相続、折り入って辞退致したく…」




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