魔法に触れる
お久しぶりです。
実家にお引越ししました。
空を飛ぶ練習を母さんに隠さなくなってどれくらい経っただろうか?ふとそんな考えが頭をよぎる。
エルクの子どもが社を掃除するようになってもう3回ぐらい見たので恐らく2ヶ月だろうか?
新しく魔力を使って『跳ぶ』事ができるようにもなった。飛ぶじゃないので見せたときに母さんからは変な目で見られた。げせぬ。
やり方は翼に魔力を集めて、力一杯羽ばたくだけ。母さんの背中に乗って飛んでいるときに、母さんの出す魔力の流れが少しわかったので試したら前へ一気に押し出された。たぶん同じことを母さんもやっているはず。
体が軽いからかこの状態で羽ばたくと、一回で自分の体2個分は移動できる。正確にわからないが1m以上飛んでいるのではないだろうか?
それができたときはこれなら飛べるはず。と調子に乗ってそのまま浮かびながら試してみたのだが方向転換ができない。前に進むだけで浮く力がないとあとは落ちていく。羽ばたけば羽ばたくだけ加速しながら落ちていく。と失敗に終わってしまった。
しかも気がつけばその状態で大樹の枝から離れてしまっていた。その後数十m上空でふらつきながら飛べないか頑張っていたら、落ちていくところを母さんが急いで回収したのだ。
あ、そうか飛べなくて落ちかけたりしてるから変な目で見られたのか。
流石に命に関わるという事でそれ以降は母さんが見ているときに練習をしたり、背中に乗せてもらって感覚をつかめるよう教えてもらっている。
ただし飛び方については一切教えてもらえていない。母さん曰く「私も教えてもらった事はない。グリフォンもドラゴンも個々でやり方が違う。自分で感覚をつかむなり、飛び方にを見つけなさい」という事らしい。
どうでもいい話だけどドラゴンもいるらしい。この辺りにはいないが北の方に大きな山がありその中腹より上が住処らしく、グリフォンとドラゴンの集落がそれぞれその山にあるらしい。
エルクの集落にも最近1度だけ連れて行ってもらった。どうやら最初が春の一年の無事を願うお祭りで、最近のが豊作を願うお祭りらしい。あとは収穫時期にお祭りがあってこれが一番騒ぐらしい。酒が美味い時期だととても楽しそうに母さんが言っていた。
エルクたちの言っていたヒト族の集団を自分の目では見ていないが母さんが言うには数度見かけたらしい。
母さんが言うにはヒトの主な用事は外周部で薬草などを採ることなので森の最深部にあたる此処には滅多に来ないだろうっていう話だ。
「そういえばこの森に普段はヒト族って来ないの?」
「此処はヒトの町が遠くてね。近い村でも数日歩くことになる。それが馬を使ってわざわざ採りに来るのは理由があるときぐらいさ」
「理由?」
「流行り病や大量のけが人。戦争。色々あるけど今回はどうやらヒト族の王に子どもが産まれそうだと言う事で安全のために上物の薬草を集めているらしい。無事産まれれば近々祭りがあるらしい。普段ならこういうお祭りに交じりに行くんだが、今回はお前がいるから大人しくするとするかねえ」
そんな残念そうな顔しないでくれよ…。あとその情報はどこで手に入れたんだろうか?
それにしても『人間の姿』で『今年産まれそうな』『王族』か。流石に転生したアイツじゃないよな俺を突き落とすような元地獄行きだし…。
「……そういえば飛べなくて忘れていたけどお前は魔力の扱いだけは色々出来るようになったね」
「…扱いだけって言うなよ。調整も少しはできるよ」
「…それは自慢にならないよ、ばか息子」
いつもの母さんが飛ぶのに乗せてもらっていると母さんが今思い出したと言う感じで話しかけてきた。
「まあいいさ。ばか息子なりに頑張っているみたいだし、ちょうどいいから息抜きに別のことも教えてあげようかね」
どういう風の吹き回しかだろうか?いつもなら軽く母さんに飛んで貰って、思いつくままに飛んでみろって流れなのに、今日は何かを教えてくれるなんて。明日は雨か!
「一度振り落としてやろうか?ばか息子」
「なんでだよ?!」
「変な顔してたからね。どうせ天変地異の前触れとか思ってたんだろう?」
「そこまでは思っちゃいないよ…」
こっちだと普段起きないことがあると雨じゃなくて天変地異が起きるのか?地震や地割れでも起きるのか?そういえば動物は地震の前に逃げ出すとかなんとか…
「まあいいさね。一度巣に戻るよ」
そう言うと母さんは勢いよくターンすると加速していく。母さん的には速度が歩く程度から走り出したぐらいの変化なのだろう。普段の何倍もの速度で戻り始めた。いつもの速度がすでに自転車を超えているのでこちらは振り落とされてはたまらないと四肢に力が入る。
「ちょっ母さん速い。速すぎる!そしてぶつかる?!」
すでにあと数メートルで幹にぶつかるというところまで戻ってきている。巣(食べ物が近くにある以外何もない)がものすごく近いのに母さんに勢いを緩める様子が全くない。
そしてぶつかる。と思った瞬間魔力がまるで今までのスピード全てを持っていくかのように俺たちを包み込んだ。いや実際に今までの勢いがなくなっているので今の魔力が俺たちの勢いを奪ったのだろう。
「魔力ってのはイメージだって言っただろう?こうやりたい、こんなことを起こしたい。そうやって願いながら魔力を込めて起こした物を町では魔法と呼んでいるそうだよ」
…これが魔法。いや浮いたりなんだりも十分魔法と言えると思うけど。イメージだけどグリフォンって飛べるしなんて思っていたから魔法を使ってるって感じがなかった。でも魔力なんて不思議があって、魔法を自分が使えるなんて思ったらちょっと涙が出そう…。
「…なんだい?あまりの怖さに泣いてんのかい?だらしないねえ」
「ちがう!ちょっと魔法に感動しただけだよ」
「感動ねえ?よくわからないことをいう子だよお前は」
そう言いながら母さんは魔力を纏い始める。そう表現するしかない量の魔力が周りに集まっている。そして気がつけば久しぶりに母さんはヒトの姿に変化して、俺は母さんの腕の中になぜか収まっている。
「魔力で化ける。変身やら変化やら言われているけどコレだけは特殊な魔法だ。ただ魔力が多ければいいわけじゃない。魔力で今の自分を『もしその生き物だったらどんな姿になるのか』を映し出す。そこに自分のイメージは関係しない。体を自分という魂に映る姿に変化させる魔法がこの変化」
「魂に映し出された姿に変える魔法…?」
「そうさ、ただ見た目を変えるわけじゃあない。お前は魔力が見えるんだろう?今私の周りに魔力が見えるかい?」
母さんが俺を地面に下ろして数歩下がる。全体が見えるようになったのでじっと観察してみる。
「…見えない」
あんなに眩しかった魔力がいつのまにか霧散している。嘘みたいな話だけど、まるでその姿が本当の姿だと言うように魔力で誤魔化していないのがわかる。
「魔力が見えるヤツにはただ見た目を変える魔法は効果がない。本当の姿の上に魔力が集まっているだけだからね。…例えばこれだ」
右腕を伸ばしてそこに魔力を込める。すると腕がライオンのような太くて毛皮に覆われた物に変化した。…だけどその周りを今も魔力が覆っている。
「変化した姿に見えるけどその為の魔力がずっと残っているのが見た目を変える魔法?」
「そういうこと」
母さんは腕を元の戻すとそのまま俺の頭を撫でる。そこに今は魔力が見えない。これが見た目を変える魔法と変化の差…
「手に毛がないし指を開けばいろいろな角度で触れる。ヒトの手はいいねえ」
普段より気持ちがいいのか知らないがちょっと強めに色々なところを触ってくる。頭の鷹の羽に覆われたところ。獅子の毛皮に覆われた体。肉球。肉球だけはくすぐったいので振り払う。
「釣れないねえ。まあご飯の後にでも練習させてみようかね」
「すぐそこなんだし歩けるんだけど…」
母親とはいえ抱き上げられちょっと強く抱きしめられるのは流石に恥ずかしい…。
「それじゃあまず簡単なことから始めようか」
食後の休憩を十分に取った後、俺を自分の方に向けて母さんが新しい練習の開始を告げた。
「といってもイメージ次第でいろんな事が出来るのが魔法だ。ヒトやエルクはそのイメージを具体的な物に出来るように呪文やら詠唱やらを大事にしている」
「呪文?」
「そうさ。例えばコレ『一陣の風よ。刃と成りて斬り裂け』」
母さんがそう唱えた後腕を軽く振るとその先にあったゴブリンの死体の山が縦に斬り裂かれる。
「イメージや込めた魔力が威力に直結するのが魔法だから、イメージし易いように言葉を変えてもいいし、短くも出来る。『風よ、斬り裂け』」
もう一度腕を振ると今度は横向きに山が斬り裂かれる。
「もちろんイメージだけでも出来る。と言うか体を強化するのに一々言葉に出すなんて面倒くさいじゃあないか」
「体の強化?」
「言ったじゃないか。体自体を作り変えるのがこの魔法だって。普通の人間にこのゴブリンを噛み砕くなんて真似は早々出来ないよ」
そう言いながら崩れた山から一欠片持ち上げると齧り付く。だけど歯が肉を噛み切るどころか傷一つ付いていない。
「だけどこうやっていつも通り噛み切るイメージで噛み付くと、こうなる」
今度はいつも通り噛み切る。噛み付く前に魔力が少し顔の辺りに集まっているのもわかる。
「体の強化はわかったけど、わざわざ食事のためにそんな事してたのか…」
「ここら辺で一番多く獲れるしエルクはゴブリンの被害が減って喜ぶ。良いことばかりなんだし細かいことは気にしちゃいけないさ。果実より私は肉が好きだしね」
そう言うものかねえ?なんて思っていると母さんが俺の前に一欠片投げてよこす。いつも通り齧り付く。嘴が軽く刺さり引っ張ると伸びながら千切れるので後は上を向いて飲み込む。
「普通に食べるんじゃなくて強化しながら食べるんだよ」
こう噛み切るイメージをしながら噛み付く。なんて実演しながら食事を始めた母さん。実は食べ足りなかっただけじゃないだろうか?
目をつぶり言われた通り噛み付く。噛み切る。噛み付く。噛み切る。噛み切る。噛み切る。噛み………。よし!目を開けてこのイメージを持ったまま一気に齧り付く。
さくっと嘴が肉に入っていく。そしてそのまま顔を上げて飲み込む。ちょっと大きな塊だったので飲み込みづらい…。
「イメージのし過ぎで力を入れすぎだよ。気づいてなさそうだけどお前は魔力を込めすぎる癖があるみたいだねえ。もっと力を抜いて楽にやりな」
「…力の入れすぎ?」
「そうさ。見てみな『右手で握りつぶす』」
母さんが右手に魔力を込めてゴブリンを掴む。そしてそのまま力を込めていく。だけど握りつぶすとは言えない。
「まあこの体じゃあこんなもんかね?次『左手で握りつぶす』」
今度は左手に魔力を込め始めた。しかも今度は1度ではなく2度3度と口に出している。その度に魔力が込められていくのがわかる。
「こんなもんかねえ?」なんて言いながら右手で持っていた物を左手で握ると、力を込めたようには見えないが掴んだところがズブズブと沈んでいく。
「こんな感じでイメージした回数がそのまま魔力を込めることになる。何かどでかいことをするならともかく、ただ魔法を使いたいならイメージは一回でやめときなさい。込められた魔力は意識して魔法を止めようと思うか、こうやって途中までやって止めるかしないと魔法は切れないんだよ」
そう言いながら左手を開き始めると込められた魔力は左手から離れていく。
「まあ強化魔法のイメージはついたでしょう?次は属性の付いた物のイメージをしていきましょうかねっと」
母さんは右腕を前に出して手のひらを空に向ける。
「『炎よ灯れ』」
手のひらの上10cmぐらいにハンドボールぐらいの火球が現れた。それは燃えるものがないのにその場で燃え続けている。
「風はさっき見せたし、コレが炎の魔法。イメージ次第ではコレを投げつけたり炎の剣みたいなこともできる」
そう言いながら手のひらの上で球体をとっていた炎が変えて剣のような槍のような細長い物に変わる。
「ただし炎は触ることはできない。魔力で作った物だけどすでに魔法として出てきたものだから、これはこんな風に物を燃やす力がある」
ヒュンっと剣を振るように炎が動き先ほど母さんに潰され変な形になっていたゴブリンに当たると、斬り裂かれさらに燃え上がる。
「ちょっとまって。ここ木の上だよ!」
「大丈夫大丈夫。こうやって水をかければ〜はい鎮火っと」
今度は手から水が勢いよく出てきて炎を消していく。その水も数秒で出なくなり、辺りには焦げたゴブリンの臭いと一部水浸しになった巣が見えるだけだ。
「さてこの3つをイメージしながら魔力を込めて真似しなさい。いいねイメージしながら魔力だよ。魔力を込めてイメージじゃないからね」
「何度も言われなくても1回言えばわかるって」
なにやらこっちをじっと見ているのでやり辛く感じるけど母さんの真似をしてみる。まずは風でゴブリンの山を切り裂くイメージで腕を振るう!
するとゴブリンの山に少し切り傷ができた。母さんみたいにはいかないけど成功はしたと思う。
「ほらできた」
「次は風以外でやってみな」
「…?わかった」
言われた通りに次は母さんが言った炎の剣で切り裂くイメージをする。すると
「あれ?出てこない??」
炎の剣どころか魔法としてなにも起きていない。もう一度、二度とやってみるけどゴブリンが燃えることはなかった。
「やっぱりうまくいかないかい」
「…うん」
剣だけじゃなく火の玉を出すイメージや水の玉、風を起こすなんて色々試してみたけどなにも起きない。
「最初にやったのもあれは魔法じゃなくて魔力を出して切り裂いたような物だね。魔法と言えるかもしれないが、ただ魔力を込めればできる不恰好な物で魔力自慢でもする時にしか使えないよ」
「そんなあ…」
何がよくなかったのだろう?イメージはできていたと思う。魔力が出ていたのだからイメージや魔力が問題ではないと思うけど……。
「何が悪かったのかわからないかい?」
「…うん」
「最初に言っただろう?イメージしながら魔力だって。イメージし終わってから魔力でもいい。だからヒト族は詠唱なんて事をしてから魔法を使うんだ」
「違いがわからないんだけど…」
「騙されたと思って試してみな。『炎よ燃え上がれ』」
母さんは先程とは別の言葉を使って同じく炎の玉を作り出す。しかも今度は言葉にしてから魔力を込めるなんて方法までやってくれた。
「詠唱はあくまでイメージだから始めはどうやって燃えているのか、どんな形なのかわかるように言葉にするんだよ?」
「やってみる。『火の玉よ燃え上がれ!』」
母さんが出したみたいな炎の玉がイメージしながら言葉に出して魔力を込めてみる。するとボッ!ともポ!とも聞こえる音とともに、火の玉が現れた。
「…ちっさいねえ」
母さんの言う通りとても同じ物をイメージしたとは思えないほど小さな蝋燭ぐらいの火が目の前に出ていた。
「おかしいなあ?母さんのやつイメージしたんだけど全然違うや」
「魔力の量だろうね。あとイメージの仕方だね。そこは練習していけば徐々に慣れていくさ」
「慣れかあ…くあ…あれ?眠くなって…」
「魔力の使い過ぎだね。子どものうちは無理せず疲れたら眠りなさい」
母さんが俺をそっと持ち上げ木の洞部分に連れて行ってくれる。そして元の姿に戻り隣で一緒に眠り始めた。
この日から空を飛ぶ練習と合わせて魔法の練習が日課になったのは言うまでもないだろう。