空を飛ぶには…
短めです
エルクの村の祭りが終わってそれなりに経った。
俺が住んでいる大樹の下にエルク達の祠があるらしいが、今いるところからは見えそうにない。というか下を覗いていて落ちそうになったところを母さんに助けてもらったときは本当に危なかったよ…。
それ以降なるべく端の方には行かないようにしているのだけど、逆に母さんにはダメ出しされている。曰くグリフォンが空を怖がってどうするんだだって。
だから俺も飛ぶ練習をしている。…母さんがいない時にこっそりと。翼を動かすのは意外と難しくなかった。腕を動かすのが意識せずにできるのと同じで、動かそうと思えば簡単に動かすことはできた。
ただ鳥と違ってグリフォンの体は重たい。翼の力だけで飛ぶことは無理だ。体はライオンなのだから飛ぶために進化した体ではない。体は地面を速く駆けるための体。翼はどちらかというとおまけなのだ。っとこれは母さんの言葉。練習を始めてから数日後にもらったお言葉なのだが、もしかしてどこかから見ているのだろうか?
気にしても仕方がないので放置しているのでそっちはどうでもいいか。グリフォンがどうやって飛ぶのかというと、体に流れる魔力とかいう力で浮かぶための力、浮力を生み出してから脚の力や翼で空中を自由に動き回るのだという。つまり翼は方向転換や加減速に使うものらしい?
浮くための魔力の扱いも簡単だったから問題はなかった。初めて説明されていきなり成功したら、母さん的には成長が早くてちょっぴり悲しいのだそうだ…。
とにかくここまでは母さんが教えてくれたことが感覚的なものだったのですぐにできるようになったが、問題はここからだった。
魔力の使い方は自分のイメージらしい。魔力を扱えるなら体に纏わせながら空中に浮くイメージをすれば簡単に浮かび上がれる。これもイメージはなんとかできたから浮かび上がれたのだが、予想以上に浮くと言う感覚が怖かったのだ。
今まで4本の脚が全てものに触れていない状態というのはジャンプぐらいだった。跳んで地面に着く。この流れは最初の跳ぶまでが自分の意思で、そこから先は勝手に地面に降りてくるから、そこに自分の意思はない。
だけど魔力で浮かんでいる間は、常に自分が浮いていることを意識しないと行けないうえに、自分を実際に支えるものがないから常に上下左右のどこかの方向に揺れているのだ。
例えるなら常に小さな地震を感じているようなもので、気分が悪くなるかその前に足がすくむかだと思う。実際俺は揺れている感覚に耐えられずに数秒で浮くことをやめてしまっている。
「こんなことで躓くとはねえ…」
と母さんはそれまで簡単にできるようになっていた分浮いているのにすぐ地面に降りる俺をなんとも言えない顔で見ていた。
母さんの背中に乗せてもらったときには全く揺れがなかったので、練習不足だろうとそれからは母さんが(たぶん)見ていない間にこっそりと練習しているのだ。
こっそり練習をやり始めてそれなりに数週間が経っている今日は、珍しく朝から母さんが大樹の枝から出ていかない。
今日も練習をするつもりだったのだが母さんが見ていると恥ずかしいので早く狩りに出かけないだろうか?
「今日は珍しくずっといるんだ。なにかあるの?」
「……用事があるなら早く出て行ってくれないと、一人で飛ぶ練習ができないからかい?」
「やっぱり見てたの?」
「まだ飛べないのにまた落ちそうになったら困るからね。飛べるようになったらもう安心して少し遠くまで狩りに出られるんだけどねえ」
「はいはい頑張るよ」
予想はしていたけど見られていたと思うと恥ずかしい。なんというか、妹にプレゼントを用意しようと内緒で看護師さんに頼んだのを実は知られていたときみたいだ。
「それで今日はどうしたのさ」
毎日のように大樹から飛んでいって日が傾きだして少ししたぐらいに戻ってくるのが母さんのいつもの動きだ。戻ってくる時にゴブリンか果実をいくつか持って帰ってくるからそれを二人で食べてのんびりする。
一日一食か二食。食べなかった日は今の所ないが空腹感は特に感じたことがないので一日食べなくても問題なさそうだと思っている。
だから母さんは、今日は狩りの気分じゃないのかもしれない。
「ちょっと思うことがあってね。日が昇り切るぐらいには何か狩りにいくから、ご飯はちょっと遅くなるけど安心しなさい」
「別に今日の食べ物は心配してないんだけど」
ゴブリンとか果実が実は残ってるし。新鮮なのと少し置いていたのを少しずつ食べる。置いておくとどちらも柔らかくなるし、果実はさらに甘くなるのだ。ただ水気がなくなるからそこは新鮮なものからとっている。
今生でまともに液体を飲んだのはこの間のエルクの村だけではないだろうか?
そんなことを考えていたら母さんが立ち上がり、警戒しているのが伝わってくる。さっきまでのゆるい感じがなくなり、ピリピリとした威圧感のようなものが出ているのだ。
それから少しして母さんが下に視線を向けたので同じ方を俺も見るけど何も見えない。
「母さん何かいるの。何も見えないけど?」
「っし!」
喋るんじゃないと母さんがその大きな前足で俺を押さえつける。
動けないか少しジタバタしてみたけど無理そうなので諦めてみていた方をもう一度見ることにする。すると大樹のある草地と森の境目からエルクが数人姿を見せた。
背の高さ的に大人4人と子供2人だと思う。そして何かを話したあとで子供2人だけ大樹のの方へ近づいてくる。そして子供たちは枝で見えなくなった。
母さんはそちらは気にせず、大人たちの方をじっと見つめ続けている。正直身動きできないうえに母さんの手が体に当たっているから背中が暖かくて眠気が…。
なんて思っていたら眠っていたみたいだ。いつのまにかエルクたちが居なくなってる。
俺は枝の中央寄りに移動させられて、母さんのお腹あたりで眠っていたみたいだ。
俺が動くと母さんもすぐに目を開き起き上がる。
「結局エルクたちは何をしにきたの?」
「村でいっていただろう。社とかいうのを世話したいから子どもを連れてきたのさ」
「そういえばそんなこと言っていたね。正直忘れてた」
「あんたが許可してやれって言ったのに…まったく」
やれやれと言った風に首を振って母さんは飛んでいった。なにかとって帰ってくるのだろう。
…さて俺は今のうちに練習でもしようかな。