生まれた姿は…?
「…ん?」
目がさめるとそこは真っ暗な場所だった。
なんでこんな場所にいるんだ?俺は生まれ変わるために廊下を歩いていて、扉を開けて……思い出した!あの野郎に突き落とされて階段を踏み外してしまったんだった。それで、腕がライオンっぽくなって……あれ?ライオンって哺乳類だよな?なんでこんな真っ暗なんだ?
目を閉じて、また開ける。でも暗い。いや、暗いが少しだけど薄く日がさして見える。もしかして薄い壁みたいな何かが遮っているのか?
恐る恐る手を伸ばしてみる。もしかしたら動かないかもしれない。意外なことに腕はちゃんと持ち上がっている。暗いが自分の体の輪郭はギリギリ見えるようだ。
伸ばしてみると爪に硬いひんやりとした何かが当たる。やはり何か壁みたいなザラザラとした物で覆われている。
ああ…異世界のライオンはきっと卵生なんだな。ひとまず現状はそうなのだと結論づける。
卵ってことは割らないと外に出られないわけだ。そして、割れなければ親から食事をもらうこともできず、このままでは飢え死にしてしまう。
急いで殻を破らなくてはいけない!
俺は何かに急かされるように持てる力全てを込めた右ストレートを放つ。もちろん生まれたばかりなんてことは頭から抜けていた。ろくに動かない体では殻を破ることもできず、さらに足で踏ん張ることもできずに勢いのままこけてしまう。
「が?!」
さらに運の悪いことにこけた勢いで卵が転がったのか、地面が1回転したあと「コッ」と何かに当たってから止まる。
卵の殻(予想)の外から入ってくる光に影ができる。そして外側から「コッコッ」と音がした後に壁にひび割れができた。外側の影はそこで卵から離れてしまう。
親が割るのを手伝ってくれたってことなのか?
わからないが、ここから外へ出るために俺はひびの入ったあたりを力一杯押す。両手で押すとなんとか殻がひとかけら外れ、外から眩しいほどの光が入ってくる。
どれくらい開ければいいかわからないが、一先ず目の前にある殻だけでも退けてしまおうと力を込める。
「…ふぅ」
少し大きなかけらを退けて疲れたから少し休憩しようかな。だけどこれで目の前が見えるようになったぞ。
……前を見ると目の前には、大きな口を開けた何かがいた。
「……くわれる!?」
「誰が食べるか!」
お互いに少し距離をとって(俺は殻に潜る程度)相手の顔をみる。
俺と同じ黄色い毛皮に覆われた前足から後ろにある獅子の体、大きな嘴、猛禽類の頭と体よりも大きな翼。地球にはいなかったが、物語ではよく描かれていたグリフォンがそこにはいた。
「まったく、どこの世界に自分の子供を食べる親がいるんだか…」
その声は呆れていて、それ以外の言葉が言えないと言外にいっていた。
「親ってことは、…母親なのか?」
「そうだよバカ息子」
オスとメスの違いがよくわかるな。自分の下半身に目を向けてもさっぱりわからないぞ?
「とりあえず、それを食べてしまいなさい」
そう言って俺が隠れている卵の殻を指差す。
「これってくえるのか?」
「栄養の塊だからね、食べられる食べられる」
…そういうことなら食べてみるか。虫を食べろとか言われてるわけじゃないし抵抗も少ないかな。
「っまず?!」
「そうそう、それ栄養は高いけど味は最悪だから。でもちゃんと噛んでしっかり食べてしまいなさい」
なんだろう…この苦味と甘みが絶妙に混ざって口の中に広がる不快感に、殻の固さもさらに合わさって体がが拒絶しているのか、胃の中から入れたもの全てを吐き出してしまいそうになる。それを気合でさらに飲み込むことで頑張って卵の殻を食べていく。
体の大きさとほぼ同じサイズの卵の殻だけど、薄いのでなんとか食べてしまうことができた。
「よくできました。それじゃあ私は少し出てくるからここから動かないで待ってるんだよ」
そういうと母親は大きな翼を広げて駆け出した。今いる場所から母親の動きを目で追いかけると、どうやらここは大きな木の枝の上のようだ。自分の大きさがわからないが、母親の全長よりも幅がある枝が遠くまで伸びていて、その先のかなり遠くに森がみえる。
「すご…」
そうとしかいえない見渡す限りの緑色と空の青色。人工物なんて何も見えない大自然がそこには広がっていた。
母親がどこに行ったのかと思い探してみるが、すでに見えるところにはいないようだ。見える範囲にはこの樹と同じ様な高さの物も無い。どうやら、今いる樹は周りの植物とは全く違う物なのだろう。母親がどこに行ったのかわからないがすぐ戻るそうなので、俺は食後の睡魔に抗うことなく眠ってしまうことにする。
くちゃ…くちゃ…
「ん、なんの音だ?」
いい気持ちで寝ていたのに、近くで湿った液体の音とぶちぶちという何かを引きちぎる音がうるさくて目が覚めてしまった。
「っひ?!」
そこにいたのは緑色をした体を持った人型の何かを貪っている母親と、山のように積み上げられた死体だった。
「目が覚めたのかい」
母親が食べながら目だけをこちらに向ける。
「寝ていたからね、勝手に食べてるよ。お腹が空いてるようならアレを食べてもいいよ」
そう言って嘴で死体の山に嘴を向ける。
「…今は食欲がわかないかな」
「そうかい?少食だねぇ」
今というか、たぶんお腹が空いてもその血が滴るような死体には食指が向かないと思いますお母様。
「それにしても、はっきり物を言う子だ」
「っ!」
怪しまれているのだろうか?産まれたばかりの子どもが自分と同じように喋ることに。…普通に考えても怪しいわ。子供を育てたことがない俺でもおかしいと思う。
「まぁそんなことはどうでもいいんだけどねえ」
焦って何か言い訳をしようと考えていた俺に母親はこちらを見ることなくそう言った。
「あーそれよりバカ息子っていつまでも呼ぶわけにもいかないし、何か名前をあげないとねえ…」
「なんでそんなに嫌そうなんだよ」
「だってほら、私子どもができたの今回が初めてだし?一人で考えるのって面倒じゃない?」
「初めてとか関係なくないか?…父親はいないのか」
どうやら今生も父親はいないようだ。母親だけでもいるだけありがたいかな?
「父親はねぇ。ヒトの村にいるから会いに行けば会えるかもしれないね。生きてたらだけどさ」
「ヒトの村?」
「そうたまたま入ってみた村。そこで偶然いい雄がいてね」
そこで言葉を切り、舌で口周りをペロリとひと舐めする母親は、獣そのものだと思った。いや、俺も母親もグリフォンなら獣だけどさ。
「あぁヒトっていうのはね、あんな感じの奴らなんだけど、体の色が違うね。大人しかったりずる賢かったり、弱かったり強かったり色々いる不思議な奴らさ。…と言っても分かりづらいね。…そうだ!一つ見せてあげよう」
そう言うと立ち上がりおもむろに目を閉じる。すると母親がうっすらと輝き始める。時間にして数秒後には二本の足で立ち上がる。光が薄れるとそこにはボサボサの濃い茶色の髪の女性が素っ裸で立っていた。
「どうだい?これがヒトの雌だ。顔や体つきは個々でかなり変わるけど、こんな奴らだって覚えておけばいいさ」
よっこいしょっと。そういいながら胡座をかき食べかけの人型の何かを食べ始める。嘴と違って鋭さのない口だからか、啄ばむように食べていた先ほどとは違い小さく千切った肉片を豪快に骨ごと食べている。
「あーこれの事は教えたっけ?」
「…教えてない」
これ、とは手に持っている肉のことだ。その生き物がなんなのかは聞いていないが、こちらに向けないでほしい。
「これはゴブリンって名前らしいぞ?ヒトたちが昔にそう呼んでいた。私たちはグリフォン。それでこの姿はヒト、特に耳がこんな感じのをヒトと呼ぶらしい。この部分が長い長耳のヒトをエルク。獣の耳をしていたらヴィス。鱗持ちの子どもみたいに小さいのをドラン。長耳だけど羽があればフェアル。あとフェアルもドランぐらい小さいかな?…たぶんこれぐらい覚えておけばいいさ」
「なんでそのヒトの姿をしてるんだよ?獣耳のヴィスでもいいじゃないか」
同じ獣だからそっちの方が一部変えなくていいので楽ではないか?そう思ったから確認のためにもヒトに変身した理由を知りたいと思った。それに、どうやら父親もヒトっぽいし。
「色々聞きたがる子どもだこと。一番パーツがわかりやすいのがヒトとエルクだったってのもあるけどね」
「あるけど?」
「ヒトが一番縄張りが広くて、力を持っているようだからね、変化はなるべくヒトの姿で覚えた方が生きやすくていいよ」
「…そっか。じゃあその次に強いと思うのは?」
「その次はエルクだね。ヴィスは腕力は強いが魔力を扱うのが苦手でね。他の種族と争っては魔法の前に散っていく奴らさ」
「よく生き残ってるねそいつら…」
「魔力を扱うのが苦手な分、魔力に対する抵抗力が高いというよくわからない奴らでね。ヒトもエルクもヴィス相手に腕力で戦うのを避けてるけど、魔力でもそんなに楽には勝てないから均衡状態が続いてるよ。今日も明日もどっかでヴィスが戦ってるはずさ」
「ドランとフェアルは?ヒトとエルクもだけど別の奴らと戦わないの?」
「ドランとフェアルは争いごとを好まないから、ヴィスも戦いを挑んだ結果ずっと逃げ続けるような奴らを追いかけ回すより、挑めば戦ってくれる方を取ったのさ。ヒトとエルクだけど、エルクの方が魔力では勝ってるから、ヒトも簡単には手を出せないだけみたいだよ?」
「それって手を出せるなら戦う気があるの?」
「ヒトは自分たちが大陸の支配者だーって言っているからね。事実縄張りの大きさは一番広いし数も多い。大陸の支配者だといいたくなるのもわかるけど、腕力ではヴィスに負けて、魔法の力ではエルクに負けてるんだよねこれが」
ここの人間、いやヒトはだいぶ残念な性格のようだ。村にいるヒトはわからないけど、間違いなく上の方にいるやつらは他者を蹴落として笑っているタイプで頭が良さそうには思えない。なるべく近づかないようにしよう。でも料理とか食べたいな…いやダメだ!近づくと面倒ごとがやってきそうだ。
あとヴィスの方も血気盛んというか、戦闘大好きな種族らしい。こちらもあまりかかわりたくは無いかな。
「そういえばエルクは?他と争わないの?」
「エルクたちならこの森の外の方に住んでるから会おうと思えば会えるよ?会ってみたいかい?」
「いや会わなくてもいいけど、争いごとを嫌ってもいないんならどうしてヴィスと戦ってるのかと思って」
「それは簡単な話さ」
「え?」
「だってエルクは森の、この樹を神聖視しているからね。森で狩りや伐採をしていくヒトやヴィスに嫌気がさしてたのさ。そして話し合いの結果、ヒトは大人数では近づかなくなったが、狩猟が生活の基盤だったヴィスは一方的な命令に頭にきて今に至るっと」
「少人数ならヒトもこの森にいるの?」
「たまに見ることもあるけど、私を襲ってくるやつはほとんどいないから安心しなさい。奴らはこの森にある植物を取りに来ているだけなのだから」
本当に襲われたりしないのだろうか?まぁ近づかなければいいことだな。どうも最後に会った人間が、階段を突き落としていった奴だから信用できない俺がいる。
「情けないバカ息子だこと。ほらおいで」
そういって母親は俺を膝の上に乗せ頭からゆっくりと体にそって撫でていく。
「気持ちいいかい?なら寝ちまいな。その間に名前を考えてあげようかね」
ゆっくりと、優しく。でもしっかりと手の重さを感じながら撫でられる。その気持ち良さに抗えず、すぐに意識を手放してしまった。