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Welcome To The New World

「お兄ちゃん頑張って!」


そこは白い病室の中。ベッドの上で苦しげに短い呼吸を繰り返す男性の手を少女が握りながら叫んでいる。その周りでは、白衣を着た医者らしき人たちが慌しく機械をみたり、他の人に指示を出したりしている。


ベットの上の男性には、沢山の管が腕や首に取り付けられていた。


男性は病院でもう5年は過ごしている。徐々にやせ衰えていく様を近くで見てきた少女に医師たちはもしもこれ以上悪化するようならば、身体がもたないだろうと告げて数ヶ月。ついにその「もしも」がやってきてしまったのだ。


「ユズ…ごめんな……にいちゃん、ここまでみたいだ……」


男性はガラガラの声で一言声を出すのもつらいのだろう。ゴホゴホと何度も咳をしながら少女へと語りかける。彼らは兄弟であり。両親がすでになくなっている彼らにとっては互いが唯一の肉親と呼べる存在だ。


「私を一人にしないでよ…おにいちゃん」


少女は涙でにじむ視界で、必死に兄の眼を見ながら語りかける。だが悲しいことに、彼の瞳は大きく揺れ少女をはっきりと見えてはいないだろう。


「ごめんな…結局にいちゃんは…ユズを一人に…してしまうみたいだ…」

「おにいちゃんのうそつき!よくなって、また一緒に遊ぼうって、海や山を見て回ろうっていったじゃない」

「もっと…一緒に…いたかったなあ…」

「おにいちゃん?…ねえ、おにいちゃんってば。返事してよ…まだ、眠っちゃダメだよ……」


少女と話していた男性の腕から力が抜ける。それと同時に、機械が男性の異常をうるさいぐらいに教えてくる。少女と男性の会話が少しでも続くように祈っていた医師たちは、その音に彼の回復はなかったのだと、奇跡は起こらなかったのだと知った。奇跡が起きなかったのならば自分たちの出番だと男性に処置を施す。心臓が再び動けばまだ生きられる可能性がある。


だが無常にも、男性の心臓は再び動き出すことはなかった。




「というわけで、お前さんは死んだのじゃ」


薄っすらとだが、自分の最後を思い出した。名前は覚えていないが、確かに妹がいて、自分は彼女との約束を守れなかった。そんな後悔だけが胸に刻まれている気がする。

俺の目の前には、白いお爺さんがいた。そこまで歳というわけではないだろうが、白い髪、服、皺の多い顔はお爺さんというのがふさわしいだろう。そのお爺さんが俺の死ぬ前についての話をしてくれたのだ。


「5年という年月をお互いに励ましあい、親の代わりとなり一人の少女を助けたその善行が認められてな、お主には生まれ変わりという道が与えられることになった。よかったのう」


生まれ変わりの道って、それ以外だとどうなっていたんだろう?


「もし5年間、ただ惰眠をむさぼるような病院生活をしていたのなら、その心根をまず変えるためにいわゆる地獄とやらにいってもらうことになったじゃろうな」


なにそれ怖い。ゲームはしていたが、ちゃんと世の中にも目を向けたり、病院内でも勉強や近所づきあいをしていてよかった…。


「うむ、実に良い心がけじゃ。周りとの和を重んじる、自分の利だけを求めない心。そういったものはよい魂の輝きを放つのじゃ。逆に自分のことだけで精一杯になると、だんだん心は輝きを失い、黒くなる。こうなってしまっては一度魂を焼いてしまわないといけない。地獄でも輝きを失ったものを再び輝かせる方法はないのでの」


そうなった場合はどうなるんだ?


「全てを忘れてしまう。地獄でも輝きを戻せなかった魂は輪廻の環に入れない。一度魂についた全てを焼き払い真っ白に戻さなくてはな。その結果全てを忘れてしまい、前世のこともここのことも忘れてしまう。」


前世やここのことも忘れてしまう?じゃあ普通は憶えていられるのか?


「魂の記憶というやつは、浄化の火にくべられない限りは残るものじゃ。見たことがないはずの物への知識、闇への本能的な恐怖、生まれ変わりや地獄極楽。ああいったものは全部、火を通らずに次の生を受けたものが持つ魂の記憶じゃよ」


なるほど…そして俺は今回地獄も、その火とやらも受けずにそのまま転生に向かえると?そういうことでいいのか。


「そういうことじゃ。ただの、同じ世界でということはできぬようじゃ」


それはまたどうして?


「記憶が残っておる者にもそれなりの制限というものがつく。例えばお主の場合妹がおったじゃろう?兄弟の魂というのは引かれ合いやすい。そうなると御主達が再び会うことになる。だがそれは死者との会合じゃ。それは魂の穢れを起こしやすい。…妹を地獄に落としたくないじゃろ?」


その言い方はずるい気がするが、妹が地獄に行く可能性があるのなら俺は身を引こう。妹に会って約束が守れないなら同じ世界だろうと別の世界だろうと同じだと思う。


「助かるの。…そうじゃ、お主やり込みゲームが好きじゃったのう。どうせじゃから、次の生の目標の一つになるようにそういったものが見えるような物をやろう」


確かにやり込みゲームは好きだった、と思う。だいぶあやふやな記憶だが、病院での動けないときにはよくやっていた気がする。トロフィーとかそういったものをコンプリートするのが、自分はこのゲームをこれだけ楽しんだんだってわかるから好きだった……気がする。


「うむうむ。ならばほれ、ワシからのプレゼントじゃ」


そう言うとお爺さんは、横に手を振るが、何か変わった様子はない。


「そりゃそうじゃ、今は体がないのじゃからの。それに次に生まれ変わる場所の事を何も知らんのに見えてもつまらんじゃろ。ゲームをしていないのにトロフィーが揃ってるなんてつまらんからの」


そのトロフィーは絶対目指さないといけないのか?楽しみではあるが、縛られるのは嫌なんだけど。


「安心せい。いったじゃろ?目標の一つにでもしたらいいとな。つまり、別にやりたい事が出来たのならそちらを優先すれば良い。生まれ、そして死ぬまでに自分はこれだけの事をした。儂はそう思える一生の一助にでもなればと思っただけじゃよ」


その言葉は俺の胸に深く突き刺さった。今回の生で自分は死ぬまでに一体どんな事ができたのだろうか。妹との約束も守れず、迷惑をただかけ続けただけなのではないだろうかと。


「安心せい。お主が妹に助けられたように、彼女もまたお主に助けられておった。それはたしかじゃよ」


…ありがとうございます。


「なになに。迷える魂に前を向かせるのも仕事じゃて、気にすることはない。落ち着いてきたのなら次の生の話でもしようかの」


お願いします。


「まずはじめに言っておくかの。お主が人に生まれ変わりたいと言うのならば、なれると伝えておこうかの」


その言葉に思わず手に力がこもる。やはり、人間として生きていた感覚から、他の動物になると言うのは辛いものがある。特に虫になって人間に叩き潰されたり、無邪気な子どもに体をバラバラにされて死ぬなんてことになったらと思うと化けて出たくなる。


「そこまで嫌がるか?同じ生物なんじゃし気にせんでもよいと思うがのお。それにお主ほどの輝きのある魂なら、たとえ虫になってもなかなか殺されることの無い種類になりそうじゃが」


それでも今の価値観が残ってるなら、できれば遠慮したいです、本当に。


「まあよかろう。…では行くがよい」


そう言うと目の前に扉があらわれる。お爺さんがその扉を開けてくれると、目の前には白い、まるで病院の廊下のようなものが見える。あれ?行くって生まれ変わりじゃないのか?


「ここでは無理じゃよ。ここはあくまでその魂を見極める場所じゃ。イメージしやすいのはそうじゃのう。閻魔様の裁判所かの」


じゃあ、嘘ついてたら舌を引っこ抜いたりするのか?


「そんなことはせんわ。ここにたどり着いた魂に生前の記憶を見せ、わし等がその間に魂の輝きを見る。そしてその者の考えを聞き、次の生を伝えるだけじゃ」


じゃあ生まれ変わるには別の場所でまた話を聞くのか?


「いいや。そこを出て右に進めばよい。間違っても左には行くんじゃないぞ?そちらは魂の矯正場所じゃ」


それってつまり地獄なんじゃ…


「お主には関係ないからの。ただついた先では階段を登らなければいけないんじゃが、登る途中に足を踏み外すでないぞ?もし踏み外してしまうと、望んだ生物へと生まれることは叶わんからの」


わかった。それじゃあお世話になりました。ちょっと緊張はするが、ようは右に行って、階段で転ばないように1段1段気をつけて登ればいいわけだ。


「そう気負うでないわ。踏み外してもお主の魂なら、案外いい生をおくれるやもしれんぞ?」


…さすがに嬉しくないですよ。せっかく人になれると聞いて喜んでるのに、別の生き物にならないかと言われても。


「……そうか。まあ次の一生を楽しんできなさい」


ありがとうございます。…行ってきます。


「…!行ってらっしゃいじゃ」


ニコニコと笑顔を浮かべるお爺さんと別れて早速右の方へと通路を歩いて行く。

白い通路と左右に沢山ある扉。それらがまるで自分はまだ生きていて、病院の中を歩いているような、そんな雰囲気を感じさせる。


これは実は夢なんじゃないだろうか?


奥の方で左手側の扉が開く。出てきたのは少し年上の男だった。さらにその奥からお爺さんと同じようなゆったりとした白い服を着た女性も出てくる。


男達はこちらに近づいてくる。つまり前を歩いている彼は…


男の顔をあまり見ないように横を通り過ぎる。その直後、後ろから突き飛ばされた。


「…え?」

「きゃ?!」


突然のことに頭が追いつかず、そのまま横にいた白い服の女性にぶつかってしまう。


女性も突然のことに一瞬固まったが、すぐに男が逆側に走り出したのを見て、俺をどかして追いかけ始める。


「待ちなさい!そちらへ行ってもあなたに開けられる扉はありませんよ!」


男が逃げた先にも沢山の扉があるが、男が扉を開けようとしても、蹴破ろうとしても開くことはなかった。


いちいち確認するのも面倒だったのか、すぐに走り出して、急にそのまま見えなくなる。


「逃げられた…でも近くにいるはずだしばれる前に捕まえないと」


そう言って女性も走り出し、男が消えたあたりまで行くと女性も消えてしまう。


二人も消えた場所へ急いで俺も行ってみると、どうやら別の場所へと繋がる通路があるらしい。ただし通路は真っ暗闇で先が見えない。不思議なことだが、曲がるとこちらからは消えてみえるのだろう。


右に進めとは言われたけど、他でどう行けとは言われていないので、ここは横道なんて無視しよう。


しばらく歩くと他の扉とは雰囲気の違う、まるで輝いているように見える扉が見えてきた。直感だが、おそらくここが目的地なのだろう。吸い寄せられるように俺は扉に手をかけた。


抵抗なく扉は開いた。そしてその先は人が一人歩けるほどの階段と空間いっぱいの青空と光が、下には底の見えない暗闇が広がっていた。


踏み外さないように気をつけて、あの光を目指せばいいんだろう。


暗闇に引き込まれるような恐怖に負けないように一歩踏み出したとき


「どけ!」


後ろから再び突き飛ばされてしまう。


運の悪いことに体が前へと行こうとしたところでの後ろからの衝撃であり、押された前には足を置けるような地面もない。


俺は突き飛ばされた勢いで体が回転して、上を向いたまま背中から落ちて行く。視界の先では、先ほど逃げ出していた男が階段を登って行く姿が見える。


その姿は次第に変わり始めて、一度髭の目立つ海賊のような顔になった後、徐々に若返りながら階段を走り続けている。8歳ぐらいになったところで男の姿は消えてしまう。おそらく転生したのだろう。


男よりも随分長い時間がかかると思っていたのだが、視界に自分の手が入ってきて思わず凝視してしまう。そこにはライオンのような明るい黄色の毛皮に包まれた腕がみえたからだ。爪もとても固そうで鋭い。


どうやら次の体に変わりながら落ちて行くようだ。落ちてしまえば人間としては生まれられない。ただ虫にならなくてよかったと喜ぶべきか、弱肉強食の世界に飛び込まなくては行けないと悲しむべきか…。


そんな風に考えていたのだが、だんだんと眠気が襲ってきて考えがまとまらない。もうすぐ新しい生が始まるんだろうな…。できればあのお爺さんのくれた目標が、獣の姿でもできるやつだといいな……。


【Welcome To The New World!】

称号が追加されました。

メニューで自己ステータスを表示できるようになりました。

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