食の否定
クラスに溶け込めずに浮いている女子がいた。
そいつは、学校の行事でグループで行動をしていると、いつのまにか後ろを付いて来ていた。
こちらが気味悪く思い離れるが、そいつはおどおどしながら付きまとってくる。
『自分がひとりではない』と周囲に見せたいのだと思う。
その様子は周囲に苛立ちを感じさせるもので、面と向かって「ついてくるな」と怒鳴られることもある。
そうされると今度は別のグループに付きまとい始める。
『ストーカー』や『コバンザメ』や『金魚のフン』などさまざまな言葉で揶揄されたが、最終的に『背後霊』というアダ名を付けることで落ち着いた。
ある日の昼食時――
栄養補助食品のブロックひとつと野菜ジュース一パックとで昼食を済ませて、私と友人は席を立った。
お昼休みにバレーボールをして遊ぶため、体育館の場所取りをするのだ。
教室を出ようと歩き出したとき、ふと、背後霊に目がとまった。
教室の端に隔離されているかのように、いつものように背後霊はひとりでお弁当を食べている。
その背後霊のお弁当の中身に目を止める。
カラフルでとても手の込んだかわいらしいお弁当だ。
背後霊は気味の悪い笑顔でそのお弁当を眺めている。
まるでそこに救いがあるかのように。
それが、私の気に障ったのだと思う。
私は歩く方向を変えて、背後霊へと近づいてゆく。
友人もいぶかしみつつも何も言わずに付いて来てくれる。
ふたりで背後霊の前に立ち、
「ねぇ、なんかごはん多くない?」
私の言葉に背後霊の動きが止まる。
友人は、私の意図が読めたらしく、話を合わせてくる。
「そういえばさぁ、炭水化物ってぇ――」
私と友人は、炭水化物・糖質・糖類を摂取することの危険性を過剰にあおるような会話をする。
そして、糖質制限の有用性を遠回しに勧める。
最終的に、完全な炭水化物断ちを絶賛してみせた。
会話に交じることもできず、ご飯に手を付けることもできず、背後霊はおどおどとしているだけだった。
その様子は私と友人をイラッとさせるものがあった。
最後に友人がトドメの一言を放つ。
「――そういうことを率先して出来る子と友達になりたいもんねぇー」
その言葉は、背後霊にとって半ば強制のようなものだっただろう。
振り返ることもなく、友人と私は廊下へと出てゆく。
教室から少し離れたところで、
「こんな感じ?」
「上等!」
小気味よいハイタッチの音が廊下に響いた。
次の日から、背後霊のお弁当からご飯がなくなった。
その分を、おかずや野菜で補っている。
見た目のかわいらしさも量も栄養も問題がなさそうに見える。
私と友人は、炭水化物がなくなったことを異常に褒め上げた。
背後霊は、困り気味の照れた表情を浮かべている。
予定通りだった。
「だけどねぇ、このミートボールは――」
今度は食肉の残酷さを高らかに語る。
牛、豚、鳥、魚、果てはジビエのものまで。
食肉という文化の一切を否定する言葉を並べあげた。
私たちの話は似非科学やオカルトを交えた怪しいものになっていたが、真剣な面持ちと死んだような目をしながら、背後霊は話に耳を傾けていた。
糖質を取らなくなったことで、まともな判断力を失っていたのだろう。
その後、背後霊の弁当箱には野菜しかなくなった。
「でもやっぱり野菜なら無農薬だよね。農薬って――」
と、友人がすかさず過度に誇張した農薬の害と無農薬野菜の素晴らしさを語り、
「だけどさぁ、無農薬野菜も結構――」
と、私が虫害被害野菜の危険性や植物毒を高らかに語る。
背後霊は、箸を持ったまま弁当箱の茹で野菜を見つめていた。
野菜も食べられない、となるとどうすればいいのかわからないのだろう。
そして、それ以上は何も言わず、私たちはその場を離れた。
――明日からが楽しみだ。
そんな視線を友人と交わした。
次の日から、背後霊はお弁当を食べなくなった。
机の上にお弁当箱を出しはするものの、一切手を付けずにお昼休みを終える。
そんなことが一週間以上続き、そのうちに背後霊は、そのアダ名にふさわしい容貌になり始めた。
まもなく、背後霊は学校に来なくなった。
それについて担任がなにか言っていた気がしたが、たぶん気のせいだろう。
クラスのみんなも、背後霊のことなど一週間と経たずに話にも出さなくなった。
ある真夜中――
眠っていると、何者かがそばに立つ嫌な気配を感じて目を覚ます。
目を向けると、背後霊が立っていた。
恨みがましい目でこちらを見ている。
最後に見たときよりも幽霊ぶりに磨きがかかったように思えた。
一瞬だけ驚きはしたが、恐怖はまったく感じなかった。
それ以上に、
――背後霊が幽霊になったのか。
退化なのか進化なのかを考えると思わず笑えて来てしまった。
眠気が薄れて、意識が冴えはじめる。
そうしてくると、変なところが気になり始める。
背後霊の服装は死装束ではなく、母親が選んだであろう私服姿だった。
「その格好で人前に出てくるとか正気?」
私は、わざとらしく大きなため息をついた。
「幽霊にしてもさぁ、その服のセンスはない、ない」
野暮ったいスカートにサイズの合わないシャツ、その両方とも柄物、というあまりにもダサい私服に突っこみをいれずに居られなかった。
「もっとさぁ――」
背後霊は両耳を塞いで、音も立てずに姿を消した。




