怒り
洋は聖堂の医務室の椅子に腰掛けていた。医務室にはベッドが並んでおりカーテンで仕切られていた。その最奥にてシェインはシルヴィアの治療を受けているらしい。洋には魔術はさっぱりなので大人しく医務室の端でシェインの無事を祈っていた。シェインが助かるならガブリエルに土下座して足に頬擦りすることも辞さないとまで思い詰めていると、シルヴィアが洋の元まで歩いてきた。
「シェインは無事か!?」洋はシェインに尋ねた。
「できるだけの処置をしておきました。まだ意識は戻りませんが幸い毒はさほど強いものではなかったようですし、あの解毒剤のおかげか凄く回復も早いので、すぐに意識も戻ると思います。」
「そうか……よかったぁ……」洋は一気に脱力した。ゴライアスの身体は疲弊していないが、精神的には疲弊しきっていた。
「……それでそこの生皮を剥がれたバラバラ死体がケインズか?」洋は自分の座っている場所の正面に置かれている人のパーツを見据える。
「はい、そのようです。……流石にさっき会ったばかりの人の死体を見るのは少し堪えますね……」
「そうだな……」まあ、洋にとってはやはり物置部屋にあった死体と同じように気持ちが悪いから触りたくない程度でしかないのだが。
「それにしても、どうします?教会はもう、混乱しきって行動を起こしませんし……そもそも奴がどこに行ったかもわかりませんし……」
「シェインをこんな目に遭わせたんだ。必ず奴にはツケを払わせる。お前のアンデッドによる探知は出来ないのか?」
洋の心に再び凄まじい怒りが湧いてくる。この世界での生活で常に自分を慕ってくれていた少女を傷つけられたことは洋にかつて無いほどの怒りを洋に抱かせていた。長く共にいればゴライアスの精神でも仲間意識のような感情が浮かぶようだ。
「あの魔法は死体に負荷をかけすぎるので同じ死体に何度も使うことは出来ないんです。さっき死体は灰になっちゃいました」シルヴィアは首を振る。
「じゃあそこのケインズの死体ならどうだ?」
「これほど死体の損傷が酷いと低位のアンデッド化魔法ではアンデッドに出来ません。高位のアンデッド化魔法でアンデッドにしても先程の方法で追跡することは出来なくなります」
「むぅ……」
どうすることも出来ないということに洋は苛立つ。
「ですが、魔法を使わなくても追跡は出来ます」
「本当か!?」
「はい。イフリートを復活させるには強力な火属性のエネルギーが必要になるのですが、通常の魔物や人間の魔法では、まず足りません。なので火山や溶岩の流れている洞窟のような場所へ向かうはずです」
「……たしかこの教会の尖塔から見える火山の方へ飛び去ったな。奴はその火山にいる可能性が高いってことか?」確認するとシルヴィアは頷いた。
「この近辺の火山といえば、かつて七大英雄がイフリートを封じたヴィスベック火山しかありません。急げばイフリートの復活の前に追いつけると思います」
ヴィスベック火山はレーフィン教国の首都レーフィニルから向かって南にある活火山である。かつてイフリートがこの山を中心に自身の帝国を築き、魔物を率いて侵略を行い続けたという伝説はこの世界ではゴライアスの話と同様に常識レベルに知られているらしい。最終的にはイフリートはこの山で七大英雄達に宝玉に封じられて帝国は崩壊したらしいがイフリートの築いた帝国は当時としては最大の領地を持っていたらしく、世界中で当時の帝国の支配を受けていたと思われる遺跡が発見されている。
そんな数多くの遺跡の中、このヴィスベック火山の火口にある古城のみ遺跡調査が一切されていない。理由は簡単だ。強力なボルケーノドラゴンの群れが住み着いており、調査に向かった者達は一人残らずドラゴンの腹に収まったのだ。
ボルケーノドラゴンはドラゴンの中でもかなり強力な部類であり、Aランク冒険者レベルでなければ勝ち目がないため今日まで放置されてきたのだ。
災厄とまで呼ばれた怪物には等しく片手で薙ぎ払えるものでしかなかったようだが。
シェインを傷つけられたことでブチ切れてた洋はシルヴィアを連れて町を出たあと魔人化を解除しゴライアスの姿で全力疾走を行った。
そして本来ならばありえない速度でヴィスベック火山へとたどり着き、長年歴史家達を悩ませてきたボルケーノドラゴン達を一掃したのだ。
なお古城はゴライアスの体で入るには少し窮屈だったので再び魔人化を行っていた。
「うわぁ……あのボルケーノドラゴンが一瞬でただの骸に……」シルヴィアが呆然とボルケーノドラゴンの死体を眺めながら言う。
「何ぼさっとしてるんだ。早くあのクソ野郎八つ裂きにしに行くぞ」洋は立ちどまることなく先へ進む。
しばらく行くと大きな両開きの扉の前に辿りついた。
「おそらく……玉座の間ですね。気をつけてください。ボルケーノドラゴンの群れは普通、最も強い個体をリーダーとしています。これまでにあったボルケーノドラゴンは小型なものばかりでしたがこの先には群れのリーダーがいるかもしれません」シルヴィアが警告してくる。
「そう簡単に俺が負けるとは思えないけどなぁ……」と洋はかなり慢心をしている。1度ディラフィスに負けて殺されかけているのを忘れている辺りやはり根本的に馬鹿である。
そして洋は玉座の間の扉を勢いよく開いた。
何とか今月中にイフリート編は完結させたい……




