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どうせ死んでしまうなら  作者: 冬次 春
8/21

3話 (4/4)

一日ぶりに世話になった自分のベットから起き上がり、部屋着からチェックのシャツとジーパンに着替える。

 携帯電話の目覚まし時計より五分早く起きた僕は、二階にある自室から一階にある父と母の寝室に向かった。ノックをしても返事がないためまだ寝ているのだろう。

 そっとドアノブを押して中に入ると、とても清らかな顔をした父が寝息を立てながら眠っていた。


 「おはよー。お父さん起きて」


 そう言いながら肩を揺すると父はゆっくり時間をかけて目を開けた。重そうな体を操縦する姿はどこかかわいそうで、ここ三日の忙しさを物語っていた。


 「おはよう。着替えるからリビングで待っていてくれ」


 「了解」


 今度はドアノブを引いて部屋を出て、リビングへ。温めのコーヒーを淹れた二つのコップにそれぞれ二個ずつ氷を入れてテーブルに置き、いつもの席に座った。

 熱くないコーヒーを無意識に冷まそうとしてしまっていることに気づき、一人きりのリビングで恥ずかしくなり改めてコップを口に持ってゆく。



 「明日の朝にちょっと色々話をしたい。俺も休みだからじっくり話せる。

  だから、悪いけど少し早く起きてきてくれ」


 昨夜の晩に母のもとから帰宅した僕にそう伝えて、父は部屋に戻っていった。

 「ちょっと」と「色々」。対照的な言葉を一文の中に入れてしまうのは、しっかり者の父にしてはとても珍しいことだった。相当疲れていたのだと思う。

 話とは何だろうか。気になりすぎて昨日の夜は眠りに入るまでずっと考えていた。父の表情ががあまりいいものではなかったため、考えれば考えるほど根拠のない被害妄想が膨らんでいった。

 スマートフォンの時計が9時14分から9時15分に変わったとき、父がいつもの無表情でリビングに入って来た。入ってくるなり僕の向かい側の椅子に座り、当たり前のようにアイスコーヒーを口に入れる。僕と目が合うと「ふぅ」と息を吐いて俯く。その行為が僕をどれだけ不安にしていることか。

 

 「じゃあ、しゃべっていいか?」


 「どうぞ」


 思えばこのように向かい合って父と話をすることが今までになかったために、お互いに声が若干強張る。静寂という名の音の波に乗るように父が再び口を開く。


 「あのな、お母さんがいなくなっちゃっただろ?

  だから、あれだ。家事の分担をしようと思ってるんだけど、どうだ?」


 まるで、恋愛ドラマに出てくるツンデレキャラのようなしゃべり方で僕に同意を求めている姿は誰が見ても面白いだろう。

  

 「良いと思うよ。すごく」


 変な倒置法を使って父の意見を尊重してみると父は「そうか」と言って後、次の言動に困って最終的にコップを掴んだ。心の隅で、新しい母ができるのではないかというバカげた想像をしてしまっていた僕は安堵した。

 そして、父がコップを置いたときに今度は僕のほうから話を始めた。

 

 「じゃあ、忘れないように紙かなんかに書く?」


 自分では何気ないことを言ったつもりだったのだが、父の表情筋は突然柔らかくなった。疲れすぎて気でも狂ったのかと思った僕は父の容態が心配になり、顔を伺う。

 

 「やっぱりお母さんの子だな」


 父は僕の目を見てそう言うと、ゆっくりと椅子から立ち上がりキッチンのほうへ歩き出した。そして、ふと立ち止まると、僕を手招きした。

 父の考えていることに何の見当もつかない僕は、父と同じようにゆっくりと椅子から体重を預かる。


 「これ見れば言いたいことがわかるだろ」


 父が指さしたその先には、冷蔵庫がある。ただその冷蔵庫は普通の冷蔵庫ではなく、母が書いた何枚ものメモが張り付けられている。多分この家の人間でなければ一目で冷蔵庫とは認識できないだろう。

 事故の次の日に買うつもりであっただろう食材が書き留められているメモや母が大好きだったアーティストのCDの発売日、珍しいものでは僕が高校生になった日が記録された厚紙も張り付いていた。

 母は特技が「忘れること」と言っても過言ではないくらいの人だったため、昔から些細なことでもメモを取る癖があった。どうやらその癖は知らないうちに僕にも備わっていたようだ。

  

 「そうゆうことか」


 父の言いたいことがやっとわかった僕は、何とも複雑な気持ちになる。父と僕はそれぞれ何枚かのメモを手に取って母の記憶の中に入り込んでいき、その度に自分の中にある記憶と結びつける作業をしていく。

 気が付くと冷蔵庫は本来の姿を露わにし、父と僕は床に座ってメモを次々と読んでいた。そして、おそらく全て読んだそれらを二人でお菓子の空き箱にまとめて、その箱に「母 メモ」と父が刻んだ。

 

 「じゃあそろそろ本題に入りますか?」


 「そうだな」


 自然と同じ作業をすることに意思の疎通ができたことに少し感動を覚えながらも、本来の目的に戻ることにした。 三十分ほどの時を経て戻ってきた机の上には同じくらいの量のコーヒーが入ったコップが並んでいる。


   ***


 ノートとペンを持って階段を下りてきた僕に父は、


 「よし。じゃあまず仕事の分別をするか」


と言ってノートに仕事の種類を書いていく。僕は先程とは違い父の隣にある椅子に座る。

 ゴミ捨てから始まり掃除や洗濯、そして買い物を含めた食事の用意は僕の提案で一週間ごとの当番制にすることになった。

 

 「夏は何やりたい?」


 「とりあえず掃除がいいかな」


 自分から聞いたのにも拘らず、父は僕の答えを聞いて顔を顰める。父も掃除が良かったのだろう。

 親子だから仕方ない。意思がぶつかってしまった時は、あの世界的な戦いで勝敗を決めるしかない。


 「じゃんけんしますか」


 「そうだな」


 一気にお互いの顔が真剣になった。

 世界にはじゃんけんは実力だという人がいるというが、僕は確実に運だと思っていて、それと同時に世界一平等な能力で戦えるものだと思っている。中には専門的な知識を駆使して一瞬のうちに一手先を詠んで、次の手の形を決める負けず嫌いな人もいるかもしれない。しかし、スポーツなどの技術を伴う戦いよりは力の差がない。だから、言い訳というやつもしにくいのだ。そのため、こういった役割分担の場での「じゃんけん」はとても合理的だと思う。

 互いにリズムを合わせながらお決まりの掛け声を始める。


 「じゃんけん、ポイ!」


 父の大きなグーは大きく開きパーに変形し、父の手よりも一回り小さな僕の手はグーからチョキへと変形した。つまるところ僕の勝ちだ。


 「勝った~」


 僕の幼い勝利宣言に父はムッとした。しかし三秒くらいの間を挟んだ後、父と僕は声を出して笑い合った。父がこんなに笑っているのを見るのは片手で数えられるくらいしかない。もしかすると笑い合ったことは初めてかもしれない。

 リビングに思い切り笑い声を響かせていると、僕の髪の毛がゴツゴツした温かい何かにかき混ぜられた。そして、その温かさの持ち主は遠くを見ながらこう言った。


 「三人でがんばろうな」


 「うん」


 そう。「三人」で頑張るのだ。当たり前なことを当たり前だと思わないように必死に生きるのだ。母が突っ走り、僕と父がそれを支える。いつまでもこのフォーメーションは変わらない。まぁ少し、母は突っ走りすぎてしまったけれど。


 久しぶりに平穏な日常が戻って来たことを確信した僕のスマートフォンが自ら光る。


 差出人:久世 春


 こんにちは。春です。

 文化祭の日にちを伝えていなかったと思うので報告します。十月二日十時開場です。

 楽しみに待っています。では!



 三人で一緒に行ってもよいだろうか。いや、それはさすがに恥ずかしいか。

 

 


  

  



 

 

 

 

 

 

 

 

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