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どうせ死んでしまうなら  作者: 冬次 春
7/21

3話 (3/4)

久しぶりに見る夜空は僕の心を洗浄し、ただ綺麗という感情だけを生み出す。そんな僕を電灯が必死になって照らし、その他の感情を取り戻させる。

 彼女のお礼を受け取った僕は久しぶりに母のもとへと向かう。父も一緒にと思い電話をしたのだが、いろいろと忙しいようで、遅くならないようにということだけを僕に伝え、珍しく「バイバイ」という挨拶を使って一方的に通信を切断した。父を誘った理由が明確にあったわけではなかったため、別に気にしなかった。

 左右対称ポケットに手を入れて歩く僕を揶揄うかのように二輪車が楽々と追い越していく。あと4時間ほどで終わってしまう今日という一日に何かを残そうと人々は息を吸ったり吐いたりしていた。しかし、そんな人々の努力を馬鹿にしながら時間は容赦なく進んで行ってしまう。だから僕は時間という自分勝手な波に逆らうことをせず、ただただ流されていった。

 にぎやかな街の優劣を探った後に、僕は顔を引き攣らせながら霊園の入り口で足を止めた。


 開園時刻

  AM8:30~PM6:30


 僕の顔をため息が覆い尽くす。時間に身を任せるあまり、時間を見失っていたことを園内案内の看板に思い知らされた。

 気を落とした僕は何気なくあたりを見回し、改めて夜の霊園の怖さに驚く。生まれてからこの方「幽霊」というものを見たことがない。見たいかと聞かれれば見たいが、別に死ぬまでにやりたい10のことには入らない。

 家族が死亡した場合学校側の配慮、すなわち校則により、一週間の休みが与えられるため明日また来れば良いかと思い、開園時刻を頭に刻み後ろを振り返った。


 「どちら様かな?」


 突然の声に一瞬で冷や汗を体中に纏い、声の主の顔を把握する。立派な頭で法衣を身にまとったその男性は、この霊園の住職とみて間違いはないだろう。


 「渡邊と言います。母に会いに来たんですが、閉園時間を知らずに来てしまったので明日また来ます」


 「あー。先日の。私はここの住職を務めさせていただいています高木と申します」


 僕の中の住職のイメージにばっちりはまった声の調子はとても気持ち良かった。お互いにお辞儀をすると、住職が口を開く。


 「折角足を運んでいただいたのなら、少しお母さんにお顔を見せて行きませんか? 閉園時間は過ぎてしまっていますが、挨拶ぐらいなら大丈夫ですよ」


 「そうですか。そうゆうことならばお願いします」


 住職は仏さまを連想させるほほ笑みで頷くと、慣れた手つきで門のカギを開け、母のもとへと案内してくれた。


 「五分ほど時間いただいてもいいですか?」


 「はい。どうぞ」


 母の墓は丁度良いぐらいに照明があったていて、きれいだった。いざ前にすると何かすることも思いつかずただ無言で渡邊家の文字を眺め続ける。


「あ、お墓建てない?」


ちょうど一年前ぐらいに母の思い付きで建てたこのお墓。こんなにも早く入ってしまうことになるとは思ったこともなかった。

線香をあげるのではなく、手を合わせるのではなくしゃがんだままで息をする。母との思い出を振り返ってしまうと悲しみに浸ることしかできなくなることはわかっていたので意図的にそれはやめた。

 無心で母の前にいることに情けなさを感じながらも、今はこれしかできないことを実感してしまう。

 

 「息詰まってしまいましたか?」


 いつまでたっても無表情で無言の僕に住職が救いの手を差し伸べる。


 「はい。悲しみを超えてしまうとこうなってしまうんですかね」


 心にはないことを言って平常心を保つ。悲しみを超えるどころか今の僕は悲しみから逃げ回っている。


 「悲しいですか?」


 「わかりません」


 悲しいさ。でもそれを認めてしまったらダメな気がしてしょうがなかった。

 息遣いが荒くなっているのを自分で感じて、普通に近づけるためにコントロールしていると住職が僕の隣にしゃがみ僕の背中に大きな手をのせた。


 「悲しいときは不思議と他の感情を作ることが難しくなるのですよ。私は職業上何度もお葬式に立ち会って来たのですが、昨日まで他人であった方が亡くなってしまった事実を受け止めることだけはいまだにできないのです。しかし、渡邊さんの場合は他人ではなく人生で一番時間を共にしてきたお母さんが亡くなったわけです。悲しくないわけがないですよね」


 住職の言葉は、頑丈にしまっておいた感情を簡単に開放してしまった。しかし、まだ僕は嗚咽を必死に我慢していた。  

 それを見た住職は僕の後ろに回り、片手だけだった背中の手を両手に増やし柔らかくも力強い声で僕を温めた。


 「泣きたいときは泣いたらいいのです。

  絶対お母さんは幸せです。

  私が保証します」


 静寂に包まれていた霊園には僕の泣き声が響き渡り、雲で隠れていた月の光を導いた。きっと僕はこれから何年も泣くことがないだろう。そんな気がした。僕の後ろでは、住職が背中を優しくさすり続けながら、「逞しい泣き声だ」と呟いていた。


 天国にいる母は多分涙目で笑っているだろう。その前に天国にたどり着けたのだろうか。いやそもそも天国なんかあるのだろうか。なかったとしたら母はどこへ行ってしまったのだろうか。もう何か別の何かの生まれ変わっているかもしれない。僕だけでは答えが出せそうにない。

多分僕はこれからも母という存在にすがり続ける。母がこの世界に残していったものを拾い集めて幻想の母を作ろうとしてしまう。でもそれでいい。それでいいのだ。

 




  

 

 


 

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