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どうせ死んでしまうなら  作者: 冬次 春
5/21

3話 (1/4)

 一晩を病院で過ごし、僕は退院した。ただの気絶だったので、身体にこれといった怪我もなかった。看護婦の多田さんに見送られながら、父の車で病院を後にした。父は、特に僕を心配するのではなくほおっておいてくれた。それが悲しかったとかではなく、むしろ楽だった。

父の名前は(あきら )。いつも僕を空のように見守っていてくれているのだ。 

 

目的地は警察署。退院したばかりの僕に事情聴取。結構警察官は無慈悲なところがあることが多い気がするのは僕だけだろうか。しかし、病室に押しかけられるよりは良かった。

 

親子で公園の遊具の興じる姿、携帯電話越しに頭を下げるサラリーマンや憂鬱そうに下を向いて歩く金髪少年。車窓から見えるすべての景色が新鮮だった。

 どうでもいい世界。すなわち一か月前までは完全に見えていなかった世界が見え始めたことによって、自分がないものねだりをしていたことに気が付いた。

 母が亡くなったことは悲しいが、今は父との時間を母が与えてくれたとポジティブにとらえられている。

 

 「着いたよ」


心なしか最近父の口から出る言葉にものすごい優しさを感じる。気のせいだろうか。

 それにしても時間がたつのは早い。病院から警察署まで三キロほどあったはずだが、体感ではもっと短く感じた。ひょっとして人生もこんな風にあっという間に終わってしまうのだろうか。




   ***


 

 

 事情聴取の担当がすべてを見透かすような眼を持った警察官の方だったので、法に触れるようなことはしていないはずなのに自分自身に対して疑心暗鬼になった。

 

いつもは使わないぐらいに頭をフル回転させて警察官の頬を徐々に上げさせていった。昔から口だけは達者だと褒められていた僕だか、相手が相手なだけに少し手間取った。警察官という物はかっこよくて誠実で勇敢。そんなイメージは昔パトカーの中で寝ている警察官を見て喪失した。まぁ全ての警察官がそうであるはずがないとは思うのだが、警察官もずっと正しくはいられないのだろう。

 

約三十分間の事情聴取を終え父と警察署を出ると、そこにはあの時の石像少女と随分と若い母親らしき人が立っていた。名前はまだ知らない。

 

 「先日は本当にありがとうございました」


 言動、お辞儀のタイミング、そしてお辞儀の角度まで一致していることから僕は仲の良い親子なんだと悟った。

 

 「アタマヲオアゲクダサイ」


 17年間の人生の中で頭を下げられる経験があまりなかったので、片言になってしまった。父は綺麗な手で僕の肩をポンとすると、親子にごゆっくりと言わんばかりの会釈をして車に戻ってしまった。父なりの気づかいなんだろう。しかし、この場面ではそばにいてくれたほうが安心する。

 僕がタジタジしていると石像少女が一歩前に出た。


 「本当にありがとうございます。渡邊さんは私の命の恩人です」


 感謝してくれることは嬉しかった。しかし恥ずかしさが楽々とそれを上回った。本人は気づいていないだろうが、通行人が振り向くほどの声量である。

 どうにかして自分が話の舵を持とうと、疲れ切った頭で話題を探した。話の手掛かりを探していると、彼女の制服が目に入った。

 

 「感謝していただいて本当にうれしいです。

  ところで、その制服見たことがあるんですけど高校生さんですよね?」

 

 少し強引過ぎたかと思ったが、彼女の顔色に変化はないのでうまくいったようだ。でも高校生さんって。


 「はい。志賀高校の3年生です」


 年上だ。 ますます話しずらくなってしまった。それに、志賀高校は僕が通っている咲楽高校より偏差値が高く比較的頭の良い人間が集まる傾向にある。見えない格差に怯えた僕は自然とそれをなくそうとする。


 「渡邊さんも高校生でしたよね」

 

 「はい。咲楽の1年です。

  あのそんなに硬くならなくても大丈夫ですよ。自然な感じのほうが話しやすくないですか?」


 彼女は僕の提案にためらいながらも同意してくれた。それからは事件のことを話したり、彼女が強盗経験2度目だということに驚いたり。

 その頃恐らく彼女の母親である人は今度は父親に頭を下げていて、父は僕とは違って大人の対応をしていた。お礼の品を何度か断った後に受け取り両者頭を下げ合っている。少々の違和感を感じながらも雰囲気が僕を納得させる。


 「あ!」


 僕をいかり肩にさせたその声の主は、まるでそれが自分ではなかったかのような顔をして話を続けた。

 

 「看護婦さんに渡しておいた紙見てくれました?」


 「あ、はい。これですよね」


 僕は右のポケットから紙を取り出してもう一度読み返した。


 「お礼と言ってはなんなのですが、私にできることがあったら何でも言ってください。多分できること

は限られてしまいますが」

 

 急に言われても何も思いつかないが、何か言わなければいけないと焦る。ここは父を見習っておこうと遠慮の姿勢を準備したとき、自然と一つ頭の中で星のようにひかるものがあった。

 

 「名前、聞いてなかったですよね? 教えてください。それでお礼は十分です」


 彼女は気づいていなかったようで、また口を開けていた。そして、なぜか深呼吸をしたあと

 笑顔になった。


 「くぜ はるです。久しぶり! の「久」に素敵な世界の「世」で久世。はるは春一番の「春」です。

春っていい名前だな~って思いません?」


 とても面白くて素敵な自己紹介だ。僕は感動してそれからあることに気が付いて猛烈に驚いた。

 「春」 それはこの世にはもういない僕の母の名前でもある。

  彼女の自己紹介は、僕の傷ついた心をくすぐり見えない涙を通して悲しみを追い出してくれた。涙が出ているのに僕は笑っていた。嬉しかった。


 そして、一斉に生まれたわけのわからない感情をなんとか形にして放った。


 「良い名前ですね」






 


 



 

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