7話(3/5)
お久しぶりです。
「今のところ大した案はないです……けど」
最後の二文字が二人の視線を僕に集中させた。今視線を上げると頭の中が洗濯機のようにかき混ぜられてしまうような気がして、机の木目に視線を固めた。
急に視界が明るくなるのを感じた。そういえばもう半年ぐらい髪を切っていない。昔から床屋や美容院に行くことが嫌いだった。
髪型には自分なりのこだわりを持っている。今日はどうな感じにしましょう? と訊かれるや否や自分の持っているイメージを必死になって伝える。するとだいたい店員さんがちょっとお待ちいただけますか? とヘアカタログを持ってきてそこからまた数分僕の厳正なる審査が始まるのだ。
「去年、一年の時スタンプラリーをやったんですけどそれをもうちょっと試行錯誤したら結構面白くなるんじゃないかなとおもったりして……」
やはり後半になるにつれ自信がなくなって最後のほうは自分でも何を言ってるのかわからないぐらいだった。全身に力が入って両膝がくっつき合ってもう体全体が凝縮されてビー玉ぐらいの大きさになってしまうんじゃないかと思うくらいだ。
「あーやってたよね。一組だっけ。結構人はいってたし、いいかもよ」
心がゆっくり膨らんできて楽になる。認めてもらえていることを知ることはとても安心する。不安だったなら尚更効く。
「よかった」
「ふふっ」
「ははっ」
三種類の小さな笑い声がチャイムをかき消した。
***
春さん以外の女の人と歩いたのは本当に珍しかった。ハラショーさんと僕との間にある二台の自転車の音がリズムよく聴こえる。話を振ったほうがいいのか否や。別れの挨拶をしっかりと頭に用意したせいで容量が足りない。
校門の前で「また明日」なんて言って別れて帰った一番古い記憶は中学時代。記憶から取り出した過去の風景を今と組み合わせて懐古する。昔とは色々なことが変わっているようでそうでもない気もする。でも高校生になった気がやっとしてきた。
「レイ君ってさ、頭いいでしょ?」
ノールックで自転車を押しながら片手でスマートフォンを操作するハラショーさんが校門までの空白を埋めた。僕もそれに協力するべく話が終わらないよう答える。
「テストはいつも平均点と仲良くしてるよ」
スマホに向けられていた視線が急に僕のほうに向く。
「面白い表現するね。なんか将来すごくなりそう」
過去や未来やと意識を巡らせると頭が重く感じたけど、ハラショーさんは別にそんな真面目な答えは求めてないだろう。
「……どうかな」
少しの間の中で彼女の視線はすでにスマートフォンに向いていた。小さな機械を右手で器用に操作している。にやけたりため息をついてみたり。現代では当たり前のような光景だけどそれに意識を向けた途端危機感を感じた。校門にたどり着いたときその思いは言葉になった。
「あのさ」
僕が口を開いた時にはもう彼女と自転車は倒れかけていて、僕の体は動かないのにその瞬間の情報はしっかりと把握できて少しだけ先の未来も何となく予想できた。倒れた衝撃でなるベルの音、彼女の悲鳴。
「おっと」
僕の予想は五十点だった。ベルの音はなったけど、ハラショーさんの体は倒れる寸前ほぼ四五度で静止していて後ろには助けたと思われる人物の影があった。彼女の眼は驚きと疑問が混ざったようなそんな感じだった。
「危なかったでしたね。大丈夫でした?」
彼女の体が徐々に九十度に近づいていくと同時に聞こえたその声で彼女を助けたその人物が誰なのかすぐにわかった。
「おっす夏君」
「どうも」
タイミングのいい人だ。約束の場所は全く別の場所だったけどそんなことはどうでもいい。とにかく不思議な力を持つ人なのだ。
しかし助けられた当の本人は僕の顔と恩人の顔を交互に見て、最終的には「知り合い?」的なニュアンスの顔を僕に向けた。
「えっとね、僕の知り合い」
「どうも」
「どうも」
優しいどうもが二つ続いて僕はなんだか嬉しかった。
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