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どうせ死んでしまうなら  作者: 冬次 春
19/21

7話(1/5)

お久しぶりです。では七話よろしくお願いします。

 「レイちゃん、明日遊ばない?」


 「明日はちょっとほかの約束があって……」


 「オッケー、じゃあまた今度な」


 「うん。誘ってくれてありがとう」


 「んじゃ、また来週!」


 金曜日の放課後僕に優しさを振りかけたバスケ部のヅカは、そう言って僕の肩を叩くと器用にバスケットボールを人差し指の上で回転させながら教室を出て行った。

 あわただしい教室の中で一人読書を嗜む僕は、まだやはり変わり者のようだ。しかし、その変わり者が特性になりつつあることをこの頃感じ始めた。


 「ホント本好きだね、レイちゃん」


 「うん」


 「じゃあね、レイちゃん」


 「さよなら」


 それと似たようなキャッチボールをいくらか行うと、すっかり教室は静まり返った。部活動に入っていない僕は彼らの背中にいっぱいのエールを送り、また読書を再開する。最近これが僕の日課になって来た。

 しかし、今日に限っては再開することはできない。物語の時間をしおりを使って止め、黒板に一番近い三つの机を向かい合いになるようにくっ付ける。テトリスに出てきそうな形になった机たちを前に、意味のない迷いの時を数秒過ごした後に、そのうちの一つの席に腰を下ろした。


 何の気なしに筆箱から一本のシャープペンを取り出した僕は、それで机を軽くたたき即興で作り上げた意味のないリズムを奏でる。するとそれに対抗するかのように運動部の掛け声が、九月中旬の気持ち良い風に乗って教室に入って来る。勇ましいその声に少しの優越感を感じながらも、それが贅沢なことだということをすぐに理解してシャープペンのリズムを変化させる。


 「レイ君、お待たせ」


 日光で染めた茶色の髪のショートカットが素敵な女子陸上部の彼女は、このクラスの学級委員長であり僕の同じく文化祭実行委員長でもある。名前は原笑。名前とは裏腹にあまり笑うことはないのだが、笑った時には綺麗な笑窪を作り上げる。クラスではハラショウの愛称で親しまれている。僕も最近そう呼ばせてもらっている。

 

 「いえいえ」

 

 「早田先生はもう少ししたら来ると思うから机……って早っ!」


 「暇だったからそのぐらいはやっておこうと思って。こういう実行委員とかになったことないからこのぐらいしかやれることもなかったと言うのが事実なんですけど」


 「そっか、初めてか。まぁ私についてくれば何とかなるっしょ」


 筋肉質な右腕で資料の山を抱えているハラショウさんの姿を見ると、確かに安心感でいっぱいになった。 多分この人は良い母親になる。僕が言うのだから嘘はない。ハラショウさんの未来を勝手に想像して納得していると、当の本人は軽やかなステップで椅子に座り「疲れたー」と嘆きながら机に寝そべった。それを見て僕は再び根拠のない未来の彼女の姿をより一層濃くした。


 「ハラショウさんは大変だね」


 僕がそう言うとハラショウさんは体勢はそのままに首だけを動かし僕に焦点を合わせた。


 「だけど楽しいよー。私なんかやってないとダメなんだよね。暇だとどうやって生きればいいかわかんない。だから前までレイ君が毎日空気みたいに過ごしてるのを見てすごい不思議だった」


 「空気……」


 「まぁ今は見えるようになったから良かった」


 流石学級委員と言うようなハラショウさんのしゃべりに僕は完全に同意する。


 ヅカが空気だった僕をみえるようにしてくれたあの日から、僕は見違えるように変われた。

 登校時に自転車を漕ぐ足は何とも軽やかで、駐輪場で会ったクラスメイトに朝の挨拶を返す。そして、僕にはもうあの鬼門は見えなくなった。深呼吸の後に開いたドアのその先で浴びるたくさんの視線はまだまだ苦手だが、それを消し去ってくれるクラスメイトの挨拶に毎日助けられている。特に朝練を終えたヅカは人一倍大きな声を出しながら僕の目の前まで走ってきてくれる。そのせいで毎回数人のカバンを机から落下させてしまう。


 「おいヅカ! 落とすなよ」


 「わりぃ。でもしょうがないじゃんな? レイちゃん」


 「もっとゆっくりでいいよ」


 だいたいこのような流れで僕の学校生活が始まる。僕が席に着くとぐっちゃんとハタも合流して、他愛もない会話が始まる。他愛もないは言うものの言ってもそれは僕にとっては輝いていて、至極特別なことだ。

 

 しかし、僕は会話にはあまり参加することはしない。参加はせずにそれをBGMにして読書に励む。 これは彼らもちゃんと了承してくれている。だから僕の耳にイヤフォンが付く朝はもうないのだ。


 気が散るのではないかと言う人もいるだろう。そうゆう人にはぜひ体験してほしい。彼らの会話は邪魔にならないどころか、驚くほどにしっかり記憶に残る。よって、ぐっちゃんが最近新しいゲーム機を買ったことも知っている。何とも不思議なことなのだが、読書も今までより楽しい。まさに一石二鳥と言うわけだ。

 

 だが、早田先生が教室に入って来るとその時間は一瞬の出来事のように羽ばたき、また明日のこの時間へと飛んで行ってしまう。それが嬉しいことなのか悲しいことなのか、僕にはまだわからないことだ。

 いつも同じようで違うホームルームが終了すると、時刻は8時55分。一限目の五分前。僕は素早くスマートフォンを鞄から取り出す。するとジャストタイミングで小さな電子機器は震えだす。右手の親指に全操作を任せ、震えの正体へのもとへとたどり着く。


 

 

 差出人:春さん


 おはよう~! 今日も笑顔で頑張ろう! さぁ、一限だ!




 僕の真のエンジンはこのメールによってスイッチが入るのだ。


 


 

 


 

ご拝読ありがとうございました。近々ある賞に向けた短編作品を書こうと思うのでよかったら是非。

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