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どうせ死んでしまうなら  作者: 冬次 春
17/21

6話 (2/3)

いらしてくださりありがとうございます。

今回この物語を初めて読むという人は数話戻ってから読むことをお勧めします。初めてではないという人もできれば振り返りながら読んでいただきたいです。

嬉しいわけじゃない。楽しいわけでも可笑しいわけでもない。しかし、僕の口角は上がって口からは途切れ気味の笑い声に近いものが出ている。


 「おーおーどーした、えーと名前……。そう! いいんちょー。変なことでも考えたか?」


 「あはは、はは、は」


 「実は結構な、、、だったりしてー」


 「あは、はは、はは」


 何とも一般的な想像力で僕の人格が創造されていることを感じつつも、慌ててバックの中からティッシュペーパーを探し出す自分に少しばかりの安心感を抱いている。

 どこかで感じたことのあるような生暖かい空気と同化した冷やかしや囁きをかわすように僕は赤く滲んだティッシュペーパーを鼻に当てながら教室を出た。


 何か変だ。


 朝のホームルームの開始を告げるチャイムに操られ、急いで各教室に戻ろうと走り出した生徒達の波に逆らいながらトイレに向かう。トイレに着くなり髪型の最終確認をハイスピードでしていたサッカー部員と鏡越しに目が合った。嵐通過後のような髪型を完成させた彼は、僕に「なんだよ」と威嚇した後に僕の主に顔周辺を見て足早に去っていてしまった。

 彼愛用の整髪料や香水の香りが漂う洗面所は僕の色で彩られた水道水に染まる。顔を上げて出会ったもう一人の僕は前髪が濡れていて、半袖のワイシャツの心臓のあたりには綺麗な丸が描かれている。

 いつの間にか腹痛は消え、息遣いも落ち着いて少し体が軽いように感じる。この無に近い時間を僕は何度か味わって来た。




 水道の蛇口を閉めて廊下に出る。誰もいない一直線上で目を閉じ、僕はゆっくりと深呼吸をする。少しの虚無感を握りしめて徐々に目を開けると、そこには記憶が作り上げた世界が広がる。


 扉の前で尻餅を搗く僕。ひどい顔を隠すように体育座りになった。そこにはあの三人組が近寄って来て、ちょっかいを出す。僕は固まって、抵抗もしない。

 そこから記憶の視点は僕ではなく三人組に合わせられた。先頭の肥塚が乱暴に扉を開けたことによって、大量の視線が集まる。すると肥塚は流石の量に怖気づいたのか、「わりぃ」と言いながら右手を前に出し謝った。左手を出さないのはプライドなのだろうか。三人組は視線が散っていくことを確認すると自席へと戻ろうと歩き出す。

 現実世界の僕はいったい何を見せられているのだろうと怪訝な顔になる。しかし、記憶の世界は続くようで僕の気持ちなどくみ取りもせずに進んで行く。

 それぞれ自席に着いた三人組は、席の距離が近いこともあって会話を始めた。話の舵を取るのはやはり肥塚で、山口と畑下はほぼイエスマン。


 「今週の土曜遊ぼうぜ」


 「いいよ」


 「俺もだいじょぶ」


 「どこ行くか」


 「おれんち来る? 実は模様替えしたんだ」


 「お!いいね。じゃあぐっちゃんさ、どっかで待ち合わせてヅカんち行こうよ」


 「オッケー」


 「あ、そうだ」


 土曜日の予定が決まったところで突然リーダー肥塚が席を立った。椅子の足が床に擦れる音が響き、また彼は大量の視線を浴びた。しかし、もしかしたらそれは狙い通りだったのかもしれない。


 「そこの~なんだっけ……髪の長い奴いるじゃん?休んでた奴」


 家来の二人をはじめとするクラスメイトの頭の上に一瞬のクエスチョンマークが浮かんだあと、すぐにびっくりマークへと変化した。それを確認したかのように彼は絶妙なタイミングで話を再開する。


 「今日から復活するみたい。そんで、なんか元気ねぇーみたいだから色々気遣ってやらない?」


 その言葉に教室は心肺停止になった。しかし、すぐさま教室は息を吹き返す。


 「いいんじゃない? なんか幽霊みたいで怖いけどね」


 学級委員長の笑い交じりの一言がきっかけとなり教室は賛成の声で破裂しそうになる。凄まじい意思の感染力を神様視点で眺め、首を傾げる僕の頬には冷たいものが流れている。けれど、まだ記憶の世界は終わらないため僕は目を閉じない。


 肥塚の優しさを称える声や、僕の謎めいた性格を解き明かそうとする声でできた教室に僕を心配した後の早田先生が入って来る。


 「おはよう諸君! 今日から渡邊が復活したぞ、みんな良かったな」


 「センセーそれ知ってる」


 そのやり取りに皆が笑みを浮かべる。その温かくまるで毛布にくるまれたような空間を壊すかのように記憶の中の僕が教室に入って来る。ほぼ真下を見て自席まで移動した僕が座ることを確認した早田先生は僕の事には触れずに朝のホームルームを開始する。一方の僕は窓の外の遠くを見て瞳を僅かに濡らしている。

 それを見たのだろう早田先生は少し躊躇いつつも記憶の中の僕に話を振ってくれる。しかし、僕は碌な返答もせずにただ周りが作りだす温暖な空気を壊す。

 少し短めなホームルームの終了を早田先生が告げると、教室は椅子と床の摩擦音でいっぱいになる。


 「センセー。ちょっと待って」


 教室を出ようとする早田先生を止めたのは肥塚だ。一枚の紙を手にしている彼は机や椅子を華麗に避け教卓にたどり着き、早田先生を手招きした。


 ここで記憶の世界は終わった。しかし、僕の視界はひどく滲んでいて現実に戻った心地がしない。確認できるものはいつの間にか強く握りしめられた二つの拳だけだった。記憶の世界は嘘をつかない。なぜならばそれは僕自身の記憶だから。僕の脳みそは都合よく出来ているが、核はしっかりしているようで時々大事なことを思いささせてくれる。そう、全ては現実にあったこと、僕が無理やり消去しようとした空気と化した記憶。

 

 全てが見えていて、全てを見通していて、全てを理解しているつもりだった。けれどそれは上手くいかない僕に対しての欺瞞で、激しい思い込みだった。

 上手くいかないからクラスメイトを蔑み、先生を訝しがり、それでもまだ無くならないストレスを春さんにぶつけて困らせて。終いには母と父のことを感じなくなっていた。

 僕は自ら作った一人ぼっちの世界で勝手に苦しんでいただけだった。何も難しいことはなかったのだ。


 真上にある天井のその向こうの空を想像して僕はもう一度深呼吸をした。

 


 


 



 


 

 

 

ご拝読頂きありがとうございました。またよろしくお願いします。

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