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どうせ死んでしまうなら  作者: 冬次 春
16/21

6話(1/3)

5話の出来事から一日後のお話です。どうぞごゆっくり。


 「この間近くでコンビニ強盗あったじゃん?」


 「高校生が捕まえたやつ?」


 「そうそう」


 「その勇者、この学校にいるらしいよ」


 今朝勇者が駐輪場から教室の目の前までの道は、ほとんどこのような話持ちきりだった。気が付いた時には勇者は自然と息を殺し、なるべく空気と同化し存在感を極限まで下げた。なるべく廊下も壁際を歩き、誰かとすれ違う際には自然と顔が下を向いた。

 教室の目の前に来た時には勇者の背中は滝のようで、ひどいほどに息も切れていた。


 勇者は今ピンチである。それも相当な。


 ***


 僕(現勇者)は目立たない。この世に生まれ落ちてからの十六年間、僕と言う人間は目立つという経験をしたことがほとんどない。今では自分には必要のないものだと感じている。

 勉強、運動様々な種類の能力で人間を評価したとき、僕は高確率で「真ん中」になる。

 定期テストの点数は平均点から十点以上の差が出たことはないし、体力テストのようなものでも記録用紙の棒グラフが高くも低くもない位置で綺麗に平らになる。

 マイナスに捉えれば「平凡でつまらない人間」、プラスに捉えれば「マリオのようなオールラウンダー」。しかし、マリオのようにたくさんの人と交友関係を築く能力があるわけではないため、その例えはマリオに失礼になってしまうだろうか。

 これはもう僕にとっては自然なことで、この先永遠とそのままでいいとさえ思っていた。

 

 

 ところが、そんな僕でも僅かではあるものの「勇気」というものを秘めていたようで、ある日の事、コンビニ強盗から女の子(とあともう一人)を助けた。まるでマリオがピーチ姫を助けるかの如く。


 その行動は僕にしては珍しく平均点以上だったらしく、新聞などのメディアに取り上げられたりした。


 勿論個人情報は伏せて。


 注目というものをされたことのない僕にとって、それは恐怖であり求めてはいないことだった。ただただ平均の道を歩いてきた僕はこの道に慣れ、心地良さを感じている。よって僕は勇者が歩くレッドカーペットを歩かないことを決めた。それが僕が出した正解なのだ。


 しかし、その正解が只今崩壊寸前である。

 まだ勇者が僕だということは特定されてはいないものの、高校生の噂話の感染力と情報力は良くも悪くも強大なものの前では時間の問題かもしれない。 情報源がどこだったのかなんていうこと調べたところで人の頭から情報自体が消え去ることはない。多分もうぼく個人のちからではどうにもできないだろう。



 未来に大きな不安を感じたタイミングで、自分が教室に足を踏み入れていないことを確認した。

 先程までは勇者であることがばれることに怯えていた僕であったが、目の前に立ちはだかる鬼門を見た途端登校途中の自分に戻った。

 自転車のハンドルを握る手は震え、はっちゃける心臓の存在を体で感じていた数十分前の僕に勇者の面影はない。

 教室から聞こえてくる笑い声や奇声や椅子は倒れる音が僕を後退させ、普通に教室に入っていく者はこちらを不思議そうに見たあと、何かを理解した様子で視線を逸らす。

 遂には深呼吸をしても落ち着かない心と闘っているうちに天敵の三人が四つ先の教室から出てくるところが見えた。

 僕、廊下、天敵三人組。三つのキーワードの前で僕はただ絶望感を感じることしかできない。廊下を闊歩する彼らは僕を視界に捕らえ笑みを浮かべる。人生最悪の挟み撃ちだ。普通の人間なら経験することのない理解できない挟み撃ちなのかもしれない。もう絶体絶命、逃げ道なんてない。

 

 自分の情けさにどうしようもなさを感じて軽く視界が歪んだとき、ポケットに入れたスマートフォンが震えた。

 力ない右手でつかんだスマートフォンの画面を確認しすぐさまポケットにしまう。そんな何も生まれないようなひと時は、僕の呼吸を一瞬整えた。

 僕はこの時少し笑った記憶がある。

 

 

 立ちはだかる鬼門を軽々とスライドさせ、最短距離で席に向かう。昨日と同じような静寂と正確に心に突き刺さる視線の矢は確かに僕にダメージを与えた。しかし僕はできるだけ明朗快活を装った。

 イヤホンを耳にねじ込み音の情報源を断ち、本を広げ眼球を固定した。本の内容なんて全く入ってこなかったし、突然腹痛に襲われた。それでも僕は耐え続けた。

 腕時計を何度見ても長針は動くことはなく、時の動きを感じることが難しい。本を読んでいれば一瞬の十分も、この状況下では何時間にでもなるようだ。内容を関係なしに文章を読むことに専念しようとしても、文字が逃げる始末。さらには腹痛も絶頂を迎え、僕は机に突っ伏した。

 今を生きることよりも、これからのことが気になってしょうがない僕は不安に不安を重ねていく。ついには右耳につけたイヤホンからリラクゼーションミュージックが聞こえなくなった。そして、右肩には叩かれているような痛みが


 「ちょっと! 起きてくんない?」


 「はっ!」


 急に伝わって来た世界には、見たことがある女子が立っている。見たところによると彼女は僕に用があるようだ。


 「これ。実行委員の資料だから目通しといて」


 彼女は二、三枚のプリントを僕の机に置き去ろうとしたが、僕の顔指さして一言言った。


 「鼻血」


 その一言で教室の空気は一変した。僕を指さして笑う天敵三人組、口元を手で覆いながら上品に笑う女子たち、目の前で苦笑する学級委員。気が付くとそれは僕にも伝染して、笑った。


 

 

 


 


 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

ご拝読ありがとうございました。またきてくださいね!

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