5話 (4/4)
お久しぶりです!
前回からの続きです!!どうぞー。
それを彼女に見せないようにあくびを付け加え、僕は本を取った。記憶を頼りにページを捲り、数分ぐらいで物語に再び足を踏み入れることに成功した。この作業は読書好きの人間ならよくあることではないだろうか? 器用な人ならページ数を記憶して読むくらい容易いことなのだろうが、僕は生憎その機能を持ち合わせていない。 神経衰弱はとても得意なんだけれど……。
物語を進めていくことで生まれる髪の摩擦音に癒されながら僕は笑ったり泣いたり怒ったりした。勿論表情には出さずに心の中で。
しかし、物語の最後に現れた嬉しさみたいなものだけは表情に出した。出したつもりはなかったのだが、音のない世界を映していたテレビに映った僕を見て気が付いた。
それにしても本はやっぱりいいものだ。
僕は本に関わる全ての人に感謝している。といっても本が僕の手に届くまでにどのくらいの人が関わっているかというのは皆無なのだが、恐らく結構な数なんだろう。
僕も将来はその一員になれたら幸せだと言えるだろう。そう、僕は意外とピュアなのだ。
将来の自分像を都合よく気持ちよく広げていき幸せを先取りして味わっていると、僕より二倍三倍ハイテンションな声が僕を元通りにした。
「できたーーー!!」
彼女は僕と目を合わせると、目力で「こっちに来い」と言った。確かに聞こえた。
彼女の命令通りにキッチンに行くと、想像以上に素晴らしい出来栄えのオムライスが家にある一番おしゃれな皿に装われていた。流石志賀高女子。
彼女を先に席に着かせて、配膳は僕が請け負った。彼女のように溢さないようにお盆に乗せて慎重に運ぶ。
オムライス、サラダ、オニオンスープ。もしかしてと思ってオニオンスープは一から作ったのかと聞くと、「インスタントのだよ。私を過大評価し過ぎ」と笑われた。
彼女の向かいの席に座り彼女にまず感謝を伝えようと口をわずかに開けると、先に彼女が「いっただっきまーす」とリズミカルに言ったので、感謝はひとまず引っ込めて僕も続いて挨拶をした。
「いただきます」
先に挨拶したはずの彼女はスプーンや箸を持つことなく、口をUに近い形にして僕の方を見ている。間接視野でそれを確認し、不思議に思いつつも僕は箸を持ちサラダに手を付けた。
すると彼女の顔はムッとした顔に変化した。もっとわかりやすく言うと軽く口の中に空気を溜めて膨らませた。
彼女の気持ちをいまいち理解できない僕が首の動きと表情の変化で「え、何?」と言うと、今度は彼女が溜息をした。
「オムライスから食べてよーー!!」
テーブルに身を乗り出して僕の目の前で彼女は怒った。全く喜怒哀楽の激しい人だなと思いつつも、彼女のお陰で少し彼女の理想としていたパターンが把握できた。早速僕はそちらに路線変更する。
箸を手放しスプーンに持ち替え最速でオムライスを口に運んだ。そしてテキトーなことを言わないようにじっくりと味わった。
「とってもおいしいです」
食べる前から分かっていたことだったのだが、やはり口にして一番最初に生まれた感想はこれだった。
「とても」ではなく「とっても」にした所が工夫点である。
「良かった!オムライス初めてだったんだよ」
才能を感じさせ過ぎる言葉に少々顔を引き攣らせながらも、それを驚きが上回った。
初めてでこの味はなかなか出せないよ思う。特に食に興味のない僕でさえも少し感動した。
しかし、料理好きだった母と比べると……。これは言わないでおこう。ここまでの僕の努力が無駄になる。
「そうだ。約束通りエプロンあげます」
「ホント?」
「僕は嘘を滅多につきません」
「イェーイ!!」
手を挙げて大胆に喜ぶ彼女を見てなんだか安心した僕は、オムライスを再び口に運ぶ。
少しすると彼女も僕の倍の速度で食べ始めた。少し引いてしまった。
両者黙々と食べていくうちにすべての皿が顔を見せた。そして不図生まれた静寂が気になったのか彼女が口を開いた。
「夏君って好きな女の子とかいるの?」
幸い僕が口に何も含んでいなかったことでテーブルが悲惨なことにはならなかったものの、僕はとてつもなく咳き込んだ。
それを見て笑っている彼女を少し睨むと彼女は「ごめんごめん」と安い謝罪をした。
「ちょっとストレートだったね。じゃあ、どんな人がいい?」
間髪入れずに先ほどと然程変わらない質問を投げかけてきた彼女に少し呆れつつ、僕はいたって真面目に答える。
「僕の女バージョンみたいな人がいいです。そうすれば確実に気が合う」
それを聞いた彼女は文字通り腹を抱えて笑った。人ってこんなに笑うんだと思うぐらいに豪快な笑いっぷりだった。それを見ていると怒りも薄れ、気付けば僕も負けないぐらい笑っていた。
不思議と笑い終わるタイミングが同時で、僕は恥ずかしくなって俯いた。
「こんなに笑ったの久しぶりーー」
「僕もです」
俯きながらそう答えると彼女が僕の方をしっかり見た気がした。
「夏君いい笑顔だったよー。すごかった。
いつもああやって笑ってていいのに。」
僕が顔をあげたときには彼女は食器を片付けていた。多分僕がやると言っても笑顔で「大丈夫。楽にしてて」とでも言われてしまうのだろう。僕の家なのに。
いつも笑っていればいい。誰のでもいえるようなその言葉は僕に少しの感動と勇気と不安を齎した。それともう一つ眠気。
夢の中に入るまで僕は背中に付けた秘密の目で台所に立つ彼女を眺めていた。
ほんのひと時の平穏がこのまま永遠に続けばいいと願う反面、明日の自分を想像して恐怖にかられ僕は夢の中へと逃げ込んだ。
***
目が覚めるとリビングは賑やかなで、視点によってソファーの上にいることが分かった。
数秒であたりを見回し、時計を見て飛び上がるように起き上がりもう一度あたりを見まわした。
するとテーブルの上に紙が置かれていた。近づいてみるとどこかで見たような字が広がっていた。
おはよー。
目が覚めたかい?時計を見て飛び上がったことでしょう。
夏君のことだからすぐ謝罪のメールとか送ってきそうだけど、全然大丈夫だからね。
テレビは起きたときに静寂だと寂しいかと思ってつけておきました。電気代は見逃してください。
今日はありがとね。すごく楽しかったしプレゼントも貰っちゃったし。また遊びましょう。
あ、そうだ。今度は私のうちに遊びに来てください。たくさん本を買って集めておきます。
あ、そうだ。今度一緒に本屋に行こうよ。好きな本とか教えて!楽しみにしてます。
最後に。今日から私と夏君は友達です。泣き顔を見合ったのがそこ証拠!たくさん頼ってね。
私はとても救われました。ありがとう。じゃあね。
はる
P.S
男の子って結構軽いんだね。おやすみ!
僕にしては珍しくポジティブに近い後悔をした。それはとても気持ちの良い後悔で少しだけ残念なもの。
それはこれからの僕を救ってくれそうなものと、僕をまた悲しませそうなもので表裏一体になっている。
今気づけた「表」に僕はどれだけしがみついていられるのだろうか。
政治家のマニフェストのよりもよっぽど信じられるものに僕は出会えたのかもしれない。
もっと早く彼女に会っておけばよかった。
ご拝読ありがとうございました!!




