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どうせ死んでしまうなら  作者: 冬次 春
14/21

5話 (3/4)

お久しぶりです!

 驚いて物語の途中に目印をつけること忘れていることにも気づかず、僕はキッチンのほうへと急いだ。スリッパが脱げるほどに。

 しかし、キッチンで起こっていた出来事は大した事件ではないようだった。床に落ちた二つの卵が僕にそれを教えてくれた。

 状況を把握し、ほっとした僕の頭から血液つきの包丁が自ら溶けてなくなっていったことを感じた僕は僕の存在を彼女に伝える。

 

 「大丈夫ですか?」


 制服姿でキッチンに立っている彼女に僕はできる限り「気にすることはない」というメッセージを声の調子に乗せて伝えようとしたが、結局は驚くほどにいつもの声の雰囲気になった。だからと言って、普段の僕の声に一々何かのメッセージが含まれているとは思えない。


 しかし、彼女はわずかなその雰囲気を感じ取ってくれたようで自分自身もいつもと同じ雰囲気を醸し出そうとしてくれる。


 「ごめんねー。卵が勝手に飛び跳ねちゃってさ」


 なんだよそれ。と思ったが、しっかりし過ぎてつまらない言い訳よりは十分意味があるとも思った。祖いて僕はその言い訳に免じて卵のかたずけを引き受けてあげることにした。


 「本当にごめんね。あきれないで」


 心から誤っていることが感じられたし、逆に「マジ」という言葉を使わない女子高生だということに好感が持てた。是非そのままでいてほしい。

 三つか四つに割れた卵の殻をティッシュペーパーで回収していると、斜め後ろの方から視線を感じたので何のためらいもなく振り返ってみると、当然そこにいたのは彼女で僕が振り返るなり躊躇しがちにしゃべり始めた。


 「あのね、その~卵が足りなくなってしまったんですが」


 「……あ。それなら冷蔵庫に」


 わずかな沈黙の間に生まれた「彼女はオムライスに卵をいくつ使うのか問題」は置いておいて、僕は冷蔵庫の中に待機していた卵六人兄弟が入ったパックをそのまま彼女に手渡した。因みにこの兄弟は元々八人兄弟で、そのうちの二人は今朝朝食に使われた。ごちそうさまでした。


 卵を受け取った彼女は「もう落としません!」と宣言して調理を再開する。それを見た僕も卵のかたずけを再開した。


 片付けが終わりきれいになった床を見て少しだけ上機嫌になった僕がキッチンから離れようとすると、僕の背中に「ありがとう」が飛んできた。律儀な僕は、彼女の方を向いて「おいしいオムライスをよろしくお願いします」と言おうと口を開いたのだが、彼女の制服を見て静止し、頭をフル回転させた。


そして、「少し待ってて」と彼女に対して初めてのタメ口を使うとリビングを飛び出し二回へ続く階段を駆け上がった。自室の隣の部屋のドアを勢いよく開けた僕は、一直線にクローゼットへと向かった。クローゼットを開けると、大好きなあの懐かしい匂いがしてこれだけでリラックスになる。たくさんある洋服の中から急いで一着を手に取ってクローゼットを閉めると、スムーズに部屋のドアも閉めて階段を滑り降りた。一階の床に足を着けた瞬間にスリッパをはいていなかったからだろうか、僕は豪快に尻餅を搗くと同時に鈍い声を出した。


 あまりの痛さに僕が床にうずくまっていると、リビングのドアが開いた。


 「どうしたの!?」


 優しい彼女はうずくまる僕を心配して僕の方に近寄ってきてくれたのだが、僕は這って意図的に距離を取った。彼女の行動そのものが悪いというわけではなく彼女の服、いや彼女は悪くないのだから志賀高の制服が悪い。なぜスカートなんだ。そのせいで僕は彼女の差し伸べた手を使わずに立つことになった。

 まるで僕が彼女を拒絶しているみたいではないか。好きかと聞かれると困ってしまうが割と感謝しているのだ。それを伝えるためと言ってはなんだが、今この一着を持ってきた。


 僕は腰を曲げていかにも変な体制で彼女にその一着を渡した。


 「制服が汚れていたので、これ着てください。オムライス楽しみにしています」


 彼女はそっと僕の手からエプロンを取ると、じっと見つめたまま固まった。やはり彼女は石像少女なのかもしれない。

 

 彼女に渡したエプロンは僕が自分の誕生日に感謝を込めて母に初めて送ったプレゼントだ。完全に僕の趣味が主体になっている柄は珍しいもので、童話などの本の絵がプリントされているもの。母は飛び上がる勢いで喜んで、中学二年生の僕の頭を撫でまわして世界で一つのヘアスタイルを作り上げてくれたことを覚えていた。だからちょっとは彼女も喜んでくれるのではないかと考えた僕であったが、彼女は目から雫一粒を落とした。

 それを隠すように片手で拭う彼女であったが、それが雫の量に追いかないようで諦めた。すると、いつもの可愛いというよりは綺麗な顔面をぐちゃぐちゃにして僕を見た。

どうやら彼女はメイクとやらをしていないようで、流れ落ちる雫たちは僕を吸い込みそうなくらいに透明だった。


 「うれしい」


 辛うじて言葉を繋ぎ合わせた彼女はついに声をあげて泣き始めた。そんな彼女を僕は励ますどころか少し笑いながら眺めた。

いつしかお尻の痛みは消え、僕は彼女の雫をひたすら数えていた。その数だけ彼女のことが分かるような気がしたのだ。しかし、あくまで分かる気がしただけで、本当に分かることはできなかった。


彼女は泣いたままエプロンを着ようと試みたが、どうしても泣くことに専念したいようだ。

 しょうがなく彼女に一歩近寄ってエプロンを着させてあげた。僕にしては相当大胆なことをしているという自覚はあったのだが、いつものようにいろいろなものが頭の中を走ることはなかった。この感覚は強盗から彼女を守った時と似ている。

 エプロンのサイズは彼女にぴったりで、とても似合っていた。僕はそれを変な意地で曲げずにまっすぐ伝えた。

 

 「とてもよく似合っています。オムライスがおいしかったらプレゼントしょう」


 僕の言葉に魔法とか催眠術はかかっていなかったと思うのだけど、彼女は一瞬で元通りになった。瞼はまだ赤かったけれど。


 「頑張る。約束だよ」


 勝手に僕の右手を使って指切りをした鼻声の彼女は、スキップする勢いの歩みでキッチンに向かう。僕は指切りをした右手の小指を眺めながら、ソファーに向かった。

張り切る彼女を横目にさぁ物語の続きへ! という意気込みでソファーに体重を預けた僕であったが、やっとここでしおりを挟み忘れていることに気が付き癖のようになってしまっているだいぶ大きなため息をして、項垂れた。





ご拝読ありがとうございました。また今度!

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