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どうせ死んでしまうなら  作者: 冬次 春
10/21

4話 (2/3)

前回からの続きです。どうぞ宜しくお願いします。

 

 彼女のせいで完全に計画は崩壊し、いつも以上に汗をかくことになってしまった。しかし、悪い気分ではなかった。

 この一週間は父と顔を合わせる機会が少なく、誰ともろくに話せていなかった。だから、今晩もし彼女が予定通り家に来てくれたなら、困らせてしまうだろう。許してくれるだろうか。


 紫のオーラを身にまとった高校の敷地内に入った僕は、お決まりの位置に自転車を止めた。もちろんカギはちゃんと二重ロックで。お決まりの位置が開いていたことで僕はクラスメイトを見直し、一方的で些細な感謝を送った。もちろん心の中で。


 しかし、学校そのもの、いやこの世界の仕掛けや運みたいなものには一生かかっても僕は感謝しないし、できないと思うのだ。僕にそう思わせたのは、それからの約三十分間の出来事であった。

 

 いつものこと僕は斜め下45度に視線を固め、廊下を颯爽と歩いた。途中、「あれ、あいつ母さん死んだ奴じゃね」というデリカシーのかけらもないバカヤロウの声が耳に入ったけれど、僕の脳みそは都合よくできているため、その出来事は一瞬で消去された。

 些細ではあったけれど、僕はこの日を境に自分を良き方向へと路線変更させることを決意してこの場所に来ていた。こんなことに負けしまうような、そんな緩い決意ではない。

 データの消去に一日の体力の十分の一を使ってしまい、やや疲れた僕は鬼門の前で足を止めた。

この門の向こう側にあるのは何だろうか。

 

人生においてあるものが変わったりなくなったりしたら、自然とその環境に自分が適応するようそれ以外のものも随時変えていく努力が必要になってくる。例えば、大切な人が死んでしまった時とか。


 しかし、僕にはその力が普通より劣っている。今の僕は自分にそれが足りてないことや、今すぐに手に入れられるものではないことを理解している。だから、それを克服するべく一歩を今踏み出す。僕が変わらければ周りも変わらない。間違いなく一番に変わるべきは僕自身である。

これが僕の最善なのだ。

 


 僕は背中に母の温かさを感じながら門を開けることを覚悟する。体の中では臓器たちが喧嘩した。心臓は重傷らしい。

 それでも、僕は一歩踏み込むことの大切さを理解し、それを選んだ。手の感覚は既に消えていた。


 鈍い音を立てながら僕に道を譲った鬼門はあの彼女とは違う意味で笑っていたに違いない。


 僕の青春の勇気とやらは、約三十人の息の合った冷たい視線と彼らが作り出した一瞬の静寂に負け、僕の左手を操って鬼門を閉めた。唇に触れた言葉は自ら食道に戻って行った。母は尻餅を搗きそうになる僕の背中を温かさで支えるが、それも空しく僕は冷たい床に尾てい骨を叩きつけた。僕の第一歩は地に足をつけることはなかった。

 たくさんの意味で痛かった。

教室の中は今まで以上にざわつき、笑い声は聞こえなくなってしまった。


 僕が持っていた理想はそんなにも高いものだったのだろうか? そんなにも難しいものだったのだろうか? そんなにも間違っていたのだろうか?


どうやら僕の最善は数秒で朽ちた。


 「そうか、バカヤロウは僕か」


 自然と体育座りになって腿に額を押し付ける僕を、教室に戻って来た元バカヤロウの肥塚は「何こいつ。気持ちわりぃ」とあからさまに僕を軽蔑して、手下の山口と畑下にもそう思うよう強要した。

 そして、二人も元バカヤロウに同調して僕に似たようなことを言った。それはそれは空気を吸って吐くかのように、何の躊躇もなく。

 僕は罵倒をノーガードで食らった挙句、さらに彼らから軽い物理攻撃を受けた。「起きてますか~?元気~?」という揶揄いに添えられた雑誌のような武器での頭への一撃は結構効いた。


 「ちょっとその辺にしときなよ」


 確か学級委員の女子のおかげで彼ら三人は鬼門を軽々潜ってどこかへ行った。絵にかいたような学級委員は僕に冷たい視線と空っぽの「大丈夫?」だけ言って、僕の返答を聞かずにそれを潜った。


 僕はまだ座ったままで、呆然と長い廊下を眺める。その廊下には時間の関係上誰もいなかった。教室から聞こえるものを遮ってただ傷だらけの長い床を見つめていた。

 僕を抜きにしたクラスメイトがいる教室をそばに感じつつも、僕はそれが信じられなくて仕方なかった。

 数分後。その一本道に鼻歌を歌った早田先生が現れ、僕を見たとたん速足で近づいてくる。


 「どうした渡邊。体調でも悪いのか?」


 高校生にもなって体調が悪いごときで廊下に座る人は少ないだろうに、なぜそんなことを聞くのだろうか。教師専用生徒対応マニュアルでもあるのだろうか。あるとしたら僕に作り直させてほしい。

  

 「いやちょっと色々あって」


 「そうか」


 これまでの約三十分の出来事は僕に悲しさを置き土産に残して、早田先生の一言でどこかへ飛んで行ってしまった。

 先生に悪気はないだろう。しかし、僕は先生に恐怖を感じた。細かく言えば、僕を見た先生に恐怖を感じた。

 

 早田 正樹という人間は明るく元気で優しくて怒らない。生徒にとっては良い先生だ。「都合の」良い先生。僕を立たせて教室に入った先生はもちろん「おはよう! 諸君」と笑いを誘う良い先生。「今日から渡邊が復帰したぞ、みんな良かったな」とも言った。良い先生だ。


 でも、廊下で僕を見た先生はそんなんじゃなかった。面白くもなければ優しくもなく、明るいなんて言葉はとても似合わなかった。

 彼は真顔だった。気持ちに色がなかった。声に音がなかった。握った手は体温が感じられなかった。まるで昔博物館で見たあの原始人みたいに


 窓際にある席に着いた僕は、母の見えない空を見つめる。空は僕の心情を表現することがうまい。ゆっくり気儘に泳いでいく雲を見ながら、心中で独り言に興じる。


 「人って怖いな。ほんとに怖い。

  今まで関わってきた人達が優し過ぎたのかもしれない。自分が恵まれていたことに気づかなかっただけかもしれない」

 

 声に出さない独り言は徐々に母へのメッセージに変わっていく。


 「お母さん僕は今日初めて死にたいって思ったよ。

  ほんの一瞬だったけどそう思ってしまったんだ。「しまった」っていうと悪いことみたいだけど、死ぬってほんとに悪いことなのかな。お母さんはどう思う?

  僕は人間が唯一平等になれる方法だと思うんだ。肉体的にも、精神的にも。死んでしまえば何にも感じないし、嬉しいとも悲しいとも思わない。死自体の価値は平等にはならないだろうけど」


 僕を心配したのだろうか。母は雲をよけて顔を出す。


 「お母さん僕はね。

  どうせ死んでしまうならお母さんとお父さんといっしょに……一緒に死にたかったよ。」


 悲しみは表情や行動に出ることはなかったけれど、心の中で暴れていた。雨は僕の心と完全にシンクロし、たくさんの人々に感情の共有を叫んだ。とても一人で抱えられるようなものではない。


 「渡邊! おい! 聞いてるか? わーたーなーべー」


 「あ。すみません。なんですか」


 僕を見ている彼らは楽しそうだ。多分人種自体が違うのだろう。彼らは原始人の進化形。

 僕は謎の生命体。


 「お前まだ夏休み明けテスト受けてないだろ? だから、今日は4時間目まで別室で受けることになってる。頑張ってな。クラス平均点上昇は君に懸ってる!」


 少し大きな原始人は僕を指さしそういった。仲間たちはそれを見て笑った。

 僕は小さく頷いて、初めてテストという人間価値判別方法に感謝した。この場から抜け出せる方法ならばどんな方法でも良かった。もしかしたらそこの窓から飛び降りたかもしれない。


 そんなこと言ったら、原始人たちは「何を言う!」と僕を蔑むだろう。きっと僕の気持ちなど理解できないのだろう。

 いや。理解できなくていい。しないでほしい。僕をわからないでほしい。


 そんなことを思う僕は、僕自身がわからない。 


  

 

 


 

 

拝読ありがとうございました。

よろしければご感想のほう書いていってください。とても励みになります。

次回は完全にこの続きから入るのでよろしければ是非!では、みなさんに幸あれ。

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