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どうせ死んでしまうなら  作者: 冬次 春
1/21

1話 (1/2)

 目の前にある原始人の展示物。細部まで細かく再現されているその原始人の目は、小学生の僕をやたらと凝視してくる。恐怖心にひどく苛まれた僕はとっさに母の後ろに隠れて、帰宅の意思を告げた。

 博物館に来てたったの十五分のことだったので、母は驚いた。


 「ティラノサウルス見なくていいの? 恐竜さんたち待ってるよ」


 元々自分で行きたいと言って来た博物館。図鑑で見ていた恐竜たちを見れると新聞で知って、母に行きたいと僕にしては珍しく駄々を捏ねた。すると母はわざわざ仕事を休んでくれのだ。

 母と出かけることは久々のことで、昨日の夜はうれしすぎて眠れず走れメロスを二回も読了してしまった。

 それほど楽しみにしていたはずなのに、今はそんな感情は一切なく、ただ恐怖だけを感じていた。


 駐車場に停めてあった車に乗るとやっと原始人の視線を感じなくなった。つい先程まではあいつが追いかけてくる気がして堪らなかったので、バックミラー越しにずっと後ろを見ていたのだ。安心した僕は隣を全力疾走しているガードレールを車窓から眺める。


 「お母さん。死んだらどうなるの? あの原始人みたいに固まっちゃうの?」


 信号で車を止めた母にそう聞いた。死ぬということに対して考えたことのなかった僕が真剣に抱いた疑問に、少し困った顔をした後笑顔になって母は答えた。


 「あの原始人は悪いことをしたから固まっちゃったの。

でもね、ちゃんといい子にしてると神様が背中に羽をつけてくれて、その羽でどこへでも自由にとんでいけるようになるのよ。

  ほら、夏君が行きたいって言ってた東京タワーにだっていけるわ」


 「それって天使ってやつ?」


 「そうそう。夏君は物知りだね。

  キュウリが食べられるようになったし、8歳なのに1人で留守番もできるんだからもう夏君は天使確

定かな~~」


 そう言いながら唇をかむ。嘘をつくときにでる母特有の癖だ。

 少し残念だったが恐怖はさっぱりと消え、とても素敵な嘘であったので、母の嘘に気づいてることは告げなかった。

 それにしても僕の母は本当に頭が良くて優しい。母以外にこんなに素敵な嘘をつける人がこの世にいるだろうか。

  

 「そっか。ありがとうお母さん」


 「どういたしまして。天使さん」


 安堵し隙を見せた母にまたもや僕は無邪気に質問を投げかける。


 「でもさ天使ってホントにいるの?」


 「夏君次第だね」

 

 八歳の僕にはまだまだ難しい問題に虚しさを感じた僕は「ふぅ~ん」で誤魔化す。そして自分の中で難問を分解していって、また母に投げかける。


 「じゃあさ、天国ってあるの?」

  

 僕的にはちょっと意地悪な質問をしたつもりだったんだけれど、母の顔は苦しんだり強張ったりはしなかった。母もこの幻想的死後問題に一度直面した過去があるのだろう。


 「ないよ」


 一番怖かったけど多分唯一安心できる回答であった。天使問題と矛盾してしまう点がいくつかあったけれど、それはいつか僕が母ぐらいの年になった時にわかる気がした。


 「あ! でもね、地獄はあるよ~。 」


 「なんで?」


 だんだん幻想的死後問題がどうでもよくなってきた僕を母はまだ頑張らせる。


 「地獄っていうのは悪いことをしてしまった人が行くとこだっていうのはご存知かい?」


 「イエス」


 母がしゃべり方を変化させたので、僕もちょっと変えてみる。


 「じゃあ問題! 悪いことをしない、またはしたことがない人間が地球にいるでしょうか?」


 話のムードが哲学的になっていくにつれて、何か良くない空気が車内を蝕む。それをどうにかしようと僕はワクチンを投与する。


 「いる」


 「ぶっぶー。ふせーかーい」


 ワクチン投与失敗。仕方がない、ここは一度蝕まれてみよう。


 「正解は「いない」でしたー」


 「なんか悲しいね」


 「そうね。でも、仕方ないもの」


 仕方がないがさすものがイメージできない僕はまたもや母を辞書代わりに使う。


 「何が仕方ないの?」


 母は先程の会話でこの話題に終止符を打つつもりだったらしく「えっ」っと驚いた後、頭の中のいろんな引き出しを開けたり閉めたりして答えを引っ張り出した。


 「そうだねー。例えば生きてるだけで人はたくさんのものを傷つけてしまうことかな」


 ますます深くなって哲学者の対談クラスにまで発展した話はついに引き返すという概念を失った。

 しかし、今回のみ僕は母とのイメージ共有に成功した。


 「食べ物だ!」


 「せーかーい。ちょっと難しい言い方すると食物連鎖だね。

  人は生きるためにいろんな生き物の命を奪って生活してる。もちろん人だけに限らず、さっき博物館にいた動物もそう」


  この世に悪人でない人はいない。寂しすぎる言葉だ。

  だがしかし、そう思わない人はお綺麗すぎるきれいごとでそれが見えていないに違いない。数秒前まで僕はそうだった。天国はそんな人が作り出してしまった楽園だ。

  

  死んでしまったらどうなるか。死後の世界はあるのか。それは悲しいけれど生きているうちは確実に分からないことで、予想はできても断言はできないに等しいことだ。


 しかし人はそれをうまく利用し、いろいろなことを正当化してしまっている。けれどそれは自然的なもので、自分たちの過ちをわかっているということだ。


 結局、「仕方ない」という人間のエゴで済ませるほかない。


 「じゃあ、僕も悪い人だ」


 「大丈夫。お母さんもそうだから」

  

 生きているうちに僕はどれだけの罪を犯し、どれだけそれに気づくことができるだろう。もしかしたら、今だって母を傷つけてしまっているかもしれない。


 「良い人は本当にいないの?」


 「いないんじゃないかなー。でも、良い人になれる方法はあるかもしれない」


 別に良い人になりたいわけでもなかったけれど、知っていても損はない。僕は母の横顔に向かって頷く。


 「え? お母さんは知らないよ。あくまであるかもしれないってだけだよ」


 「なーんだ」


 こんな話の終わり方をされると非常に気になる、けどこの辺で終わりにしておくほうが体にいい。それに、母が知らないことは誰も知らない。


 やっと話に区切りが付き、だいぶ家に近づいてきたその時母の携帯電話が暴れた。


 「夏君出てくれる?」


 「おっけー」


 折り畳み式の電子機器を小さな手で開けた僕はマニュアル道理の対応をする。


 「もしもし」


 「今どこにいるの」


 声を聴いた瞬間恐怖を感じた僕は、壊れる勢いで携帯電話を閉じた。そして、二言で母に今起こっている出来事を伝える。


 「お母さん! ……お父さん!!」


 道端で車を停めて母は笑い出す。つられて僕も。そして、母は携帯電話を手に取り電話を掛ける。


 「ごめんね、お父さん。今から迎えに行くから。怒らないで待っててね」


 僕と同様一方的に電波を遮断したのち、母は車をUターンさせる。


 「お父さん怒ってるかな?」


 「大丈夫。お父さんはお母さんには怒らないから」


 目の前で先程話した「悪いこと」を見せられたような気がしたけれど、母が言っていることは間違ってはない。父は母に弱いのだ。


 「でも、今日の夕飯はオムライスにしてあげよう」


 「そうだね」


 

今日この時から僕の夢は世界初の善人になる事になった。


  


  ***




 夏休み明け最初の登校の日はとても憂鬱で、謎の緊張感でいっぱいだった。そのせいだろうか、目覚めたのは、午前八時。このままでは遅刻だろう。

 転げ落ちる勢いで階段を駆け下りると、おはようも言わずに母におきまりの一言。


 「なんで起こしてくれなかったの。遅刻じゃん」


 「高校生でしょ? 自分で起きなさいよ」


 その通りです。そう心の中では思いながらも反抗期に突入しつつある僕は素直になれず、母の言葉を無視して朝食を食べ始めた。

 この夏休み何があっただろう。朝食を食べながら考えてみる。

 

宿題というボスは、苦戦しながらも最初の一週間で倒した。さすが僕といったところだろうか。そして、残った1か月は基本的に朝早くから図書館へ通っていた。

高校生になってから友達という存在ができなったので、寂しかったがそうするしかなかった。

 中学生まで普通の学生を演じ続けていたが、周りに合わせる自分の姿を客観視した時、気持ち悪い事この上なしと思った。リーダー格の人物を中心に生活を広げていきみんなで笑顔を保ち続け、気に入らない事があればそれ自体を無くしていく。それが普通の学生の日常だ。そう考えると僕は普通ではなかったのかもしれない。笑ってなかったし。


僕の持論は偏見に満ちているかもしれない。しかし、所詮人間の考えることなんて偏見と被害妄想の塊だろう。これも偏見なのだろうか。

そして、卒業を機にそれを辞め、本物を見つけることにした。


しかし、中学時代の自分がやたらと友という存在のハードルを上げていたために、そのような存在ができることはなくひとりぼっちになってしまった。言い訳をするなら、友達作りマニュアルは僕の中から破棄されてしまっていた。本当にわからない。


そもそも友達って何なのだろうか。それもわからない。誰か僕に救いの手を。

 そんな僕の不満を母はいつも綺麗に取り除いてくれた。小さい頃から見てきたくしゃっとした笑顔でお帰りと言われるとつい甘えてしまうのだ。

 

そんなことを考えているうちに朝食を食べ終えた僕は、歯磨きをしつつ制服に着替える。

三か月放置し、常時僕の視野を狭めていた前髪は洗顔時にびしょびしょに濡れた。おそらく頭髪検査に引っかかってしまうだろう。

 

時刻は八時二十分。高校までは自転車で急いでも30分はかかるため、もう遅刻同然だ。後悔というものの苦しさを改めて感じていると、いつものように母が見送りに来る。

しかし、朝とった行動のせいで気まずい僕は靴の踵を踏みながら急いで玄関を出ようとする。


「間に合うんですか?」


からかいの中に優しさが入った母の言葉は僕の足を止めた。


  「車出しましょうか?」


  「お願いします」


 ほらね? また甘えてしまった。

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